― 19研究・約18万人を対象としたシステマティックレビュー・メタ解析(J Am Geriatr Soc. 2026)
はじめに
不眠症に対する薬物療法では、睡眠症状の改善だけでなく、翌朝の眠気、ふらつき、転倒、骨折などの有害事象にも注意する必要があります。特に高齢者では、転倒が骨折や身体機能の低下につながることもあるため、睡眠薬を選択する際の安全性評価は重要です。
近年、不眠症治療薬として使用されているのが、デュアルオレキシン受容体拮抗薬(Dual Orexin Receptor Antagonists:DORAs)です。DORAsは覚醒の維持に関与するオレキシンの働きを阻害する薬剤であり、従来の鎮静性睡眠薬とは異なる作用機序を持っています。
しかし、作用機序が異なることは、転倒や骨折の危険性が低いことを直接意味するわけではありません。
今回紹介する研究は、DORAsの使用と転倒・骨折との関連について検討した、19研究、183,595人を対象とするシステマティックレビュー・メタ解析です。
主な結果として、DORAsの使用による転倒・骨折リスクの統計学的に有意な増加は認められませんでした。
臨床疑問
成人の不眠症患者などにおいて、DORAsの使用は非使用と比較して、転倒または骨折の発生リスクを増加させるのか?
DORAsと転倒リスクとの関連は、RCTと観察研究で一致しているのか?
高齢者に対しても同じ結果を適用できるのか?
研究の背景
① 高齢者における転倒・骨折の問題
転倒は高齢者における主要な外傷原因の一つです。特に骨粗鬆症や筋力低下を伴う高齢者では、転倒が大腿骨近位部骨折などの重篤な外傷につながる可能性があります。睡眠薬は不眠症状の改善に役立つ一方、薬剤によっては鎮静、筋弛緩、注意力の低下、ふらつきなどが問題となります。
そのため、睡眠薬の有効性を評価する際には、転倒や骨折といった患者にとって重要なアウトカムも検討する必要があります。
② DORAsとは何か?
オレキシンは、脳内で覚醒状態の維持に関与する神経ペプチドです。DORAsはオレキシン受容体OX1RおよびOX2Rを阻害することで、覚醒を維持する神経活動を抑制し、睡眠を促します。日本で使用されている代表的な薬剤として、スボレキサント、レンボレキサント、ダリドレキサントなどがあります。
| 一般名(成分) | 商品名 | 発売年・時期 | 半減期(目安) | 運転に関する注意 |
|---|---|---|---|---|
| スボレキサント | ベルソムラ | 2014年11月 | 10〜13時間 | 運転等の操作禁止 |
| レンボレキサント | デエビゴ | 2020年7月 | 47〜51時間 | 運転等の操作禁止 |
| ダリドレキサント塩酸塩 | クービビック | 2024年12月 | 4〜9時間 | 運転等の操作禁止 |
| ボルノレキサント水和物 | ボルズィ | 2025年11月 | 約2時間(超短時間) | 条件付き(禁止ではない) |
従来のベンゾジアゼピン受容体作動薬とは作用機序が異なるため、転倒リスクの面で有利な可能性が考えられます。ただし、DORAsでも傾眠などの有害事象が生じ得るため、作用機序だけで安全性を判断することはできません。
③ なぜシステマティックレビューが必要なのか?
転倒や骨折は、不眠症治療薬の臨床試験において必ずしも主要評価項目ではありません。また、比較的短期間の試験では発生件数が少なく、個々の研究だけではリスクを十分な精度で推定できない可能性があります。
そこで本研究では、RCTと観察研究を系統的に収集し、DORAsの使用と転倒・骨折との関連を統合的に評価しています。
さらに、臨床的に意味のある効果を検出するために必要なイベント数を示す最適情報量(Optimal Information Size:OIS)も検討しています。
研究デザイン
本研究は、RCTと観察研究を対象としたシステマティックレビュー・メタ解析です。
PECO
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| P(対象) | 成人。臨床環境を問わずDORAsの使用者を含む研究 |
| E(曝露・介入) | DORAsの使用 |
| C(比較) | DORAsの非使用 |
| O(アウトカム) | 転倒および骨折の発生 |
| 研究デザイン | RCTおよび観察研究 |
| 効果指標 | オッズ比(OR)と95%信頼区間 |
ここで注意したいのは、比較対象が「DORAs非使用者」であり、必ずしもベンゾジアゼピン系睡眠薬やZ-drugsの使用者ではないことです。
したがって、この研究の統合結果をそのまま「DORAsは従来の睡眠薬より転倒リスクが低い」と解釈することはできません。
文献検索と統計解析
MEDLINE、EMBASE、CENTRALの3データベースについて、各データベースの収載開始時から2025年8月まで検索しています。文献のスクリーニング、全文評価、データ抽出は2人で実施されました。統計解析ではランダム効果モデルを用いてORを統合しています。また、十分な統計学的情報量が確保されているかを評価するため、OISを算出しています。

合計19研究。各研究の対象者数や個別薬剤の内訳は、提示された抄録からは確認できません。
試験結果から明らかになったことは?

① DORAsの使用と転倒リスク

転倒リスクの統計学的に有意な増加は認められなかった。統合ORは0.76であり、点推定値だけを見れば、DORAs使用者の転倒オッズは非使用者より低い方向を示しています。しかし、95%信頼区間は0.56~1.04であり、帰無値である1.0を含んでいます。そのため、統計学的に有意な差は認められませんでした。
また、有意差がないことは、転倒リスクが同等であることや、転倒リスクの増加が存在しないことの証明ではありません。
95%信頼区間の上限が1.04であるため、大きなリスク増加は示唆されにくい結果ですが、この推定値をすべての高齢患者に適用できるとは限りません。
② RCTと観察研究では結果が異なる
本研究で特に注目されるのが、研究デザインによる結果の違いです。
| 解析対象 | 転倒のOR | 95%信頼区間 | 統計学的な解釈 |
|---|---|---|---|
| 全研究 | 0.76 | 0.56~1.04 | 有意差なし |
| RCT | 0.59 | 0.35~0.98 | 有意な低下 |
| 観察研究 | 0.88 | 0.59~1.31 | 有意差なし |
RCTの統合解析では、DORAsの使用により転倒オッズが約41%低いという結果でした。一方、観察研究ではOR 0.88であり、統計学的に有意な関連は認められませんでした。

抄録に記載されたORと95%信頼区間から作成。破線はOR=1.0を示す。
ただし、RCTで有意、観察研究で非有意という結果だけでは、両者の効果に統計学的に有意な差があるとは判断できません。研究デザイン間の差を検証するには、サブグループ間の交互作用検定などが必要ですが、その結果は抄録に記載されていません。
また、RCTの結果が有意であったとしても、転倒予防を主要目的として設計された試験ばかりとは限らず、転倒イベント数や観察期間の影響を受ける可能性があります。
③ DORAsの使用と骨折リスク

DORAsの使用と骨折リスクとの間に、統計学的に有意な関連は認められなかった。骨折の統合ORは1.05でした。点推定値は1.0をわずかに上回っていますが、95%信頼区間は0.94~1.18であり、統計学的に有意な関連は認められませんでした。ただし、95%信頼区間には最大で約18%のオッズ増加に相当する値も含まれています。そのため、骨折リスクの増加が完全に否定されたわけではありません。また、骨折は転倒だけでなく、骨密度、骨粗鬆症、身体機能、併用薬などの影響を受けます。
本研究の結果だけで、DORAsが骨折を予防する、あるいは骨折リスクがゼロであると判断することはできません。
④ 最適情報量(OIS)は満たされなかった
本研究では、OISを満たさなかったことが重要な限界として報告されています。OISとは、臨床的に意味のある効果を検出するために必要な情報量を指します。例えば、臨床的に重要な転倒リスクの増加が存在していたとしても、実際に観察された転倒件数が少なければ、統計学的に検出できない可能性があります。本研究では、転倒・骨折のイベント発生率が低く、十分な情報量が得られていませんでした。
したがって、19研究・約18万人という対象者数だけを見て、十分な検出力が確保されていたと判断することはできません。
なお、必要とされたOISの具体的な数値や実際のイベント総数は、抄録からは確認できません。
批判的吟味(研究の限界)
① OIS未達成による統計学的な不確実性
本研究の最大の限界は、転倒・骨折のイベント数が少なく、OISを満たしていなかったことです。転倒・骨折の統合解析で統計学的な有意差が認められなかったとしても、十分な検出力がなければ、実際に存在するリスク増加を見逃している可能性があります。
特に骨折のように発生頻度が低いアウトカムでは、長期間の観察や大規模な研究が必要です。
② 高齢者を対象としたデータが限定的
本研究の背景では高齢者の転倒が重要な問題として挙げられていますが、解析対象は成人全般です。著者らも、高齢者に関するデータが限定的であることを明確に指摘しています。転倒リスクは、年齢だけでなく、認知機能、筋力、歩行能力、併用薬、既往の転倒などによって大きく異なります。
そのため、今回の統合結果をフレイル高齢者、認知症患者、転倒歴のある患者などにそのまま適用することはできません。
③ RCTと観察研究を統合している
RCTと観察研究では、バイアスの種類や程度が異なります。RCTではランダム化によって既知・未知の交絡因子が群間で均衡することが期待されます。一方、観察研究では、薬剤を処方された理由や患者背景の違いによって、交絡が残る可能性があります。
本研究では両者を統合するとともに研究デザイン別の解析も実施していますが、統合結果の解釈には慎重さが必要です。
④ 比較対象が必ずしも従来の睡眠薬ではない
本研究の比較は、DORAs使用者と非使用者です。
非使用者には、睡眠薬を使用していない人や、他の薬剤を使用している人などが含まれる可能性がありますが、具体的な比較群の内訳は抄録から確認できません。
したがって、今回の結果から、ベンゾジアゼピン系睡眠薬、Z-drugs、ラメルテオンなどとの直接的な安全性の優劣を結論することはできません。
⑤ 個別のDORAsについて評価できない
DORAsは同じ作用機序に分類されますが、薬剤ごとに薬物動態や用量などが異なります。本研究の抄録では、個別薬剤の転倒・骨折リスクは示されていません。したがって、スボレキサント、レンボレキサント、ダリドレキサントなどについて、どの薬剤が最も安全かを判断することはできません。
ちなみに本文には次のような記載があります;対象とした19件の研究のうち、10件は急性期医療現場で実施され、産業界から資金提供を受けたRCT(n=8827)であった。これらの試験は、北米、欧州、アジア、オーストラリア、オセアニアで実施された。対象となったRCTでは、レンボレキサント(n=2;用量5または10 mg)、ダリドレキサント(n=4;用量10、25、または50 mg)、スボレキサント(n=2;用量:15~40 mg)、filorexant フィロレキサント (n=1;用量:2.5、5、10、または20 mg)、およびalmorexant アルモレキサント(n=1;用量:25、50、100、および200 mg)を評価していた。RCT参加者の平均年齢は56.8(±13.3)歳であり、試験期間は3~54週間の範囲であった。すべてのRCTにおいて、転倒データは参加者の自己申告によって収集された。アルモレキサントを評価した1件のケース・クロスオーバーRCTは、方法論的な異質性のため、メタ解析から除外された。
つまり、日本で承認されていない製品の結果も含めた統合結果です。組み入れられた研究数は少ないですが、本結果の外的妥当性を評価する上で注意したい点です。
⑥ 追跡期間や曝露量による影響が不明
睡眠薬に関連する転倒リスクは、投与開始直後、用量変更後、長期間使用中などで異なる可能性があります。しかし、提示された抄録には、投与量別、投与期間別、服薬開始後の時期別の結果は記載されていません。
そのため、どのような使用条件で転倒・骨折リスクが高まる可能性があるかについては判断できません。
⑦ 絶対リスクが不明
本研究の主要結果はORで示されています。しかし、転倒・骨折の絶対発生率やイベント数は抄録に記載されていません。そのため、DORAsを使用した場合に転倒・骨折が何人増減するのかを推定することはできません。
また、ORはリスク比(RR)とは異なります。特にイベント発生率が高い場合、ORをそのまま相対リスクの変化率として解釈することは適切ではありません。
先行研究との比較
2024年にも、オレキシン受容体拮抗薬と転倒・骨折との関連を検討したメタ解析が報告されています。Panらの研究では、8研究、46,636人を対象に、転倒・骨折リスクが検討されました。
| 項目 | 2024年のメタ解析 | 今回の2026年のメタ解析 |
|---|---|---|
| 対象規模 | 8研究、46,636人 | 19研究、183,595人 |
| 転倒:RCT | OR 0.68(0.31~1.50) | OR 0.59(0.35~0.98) |
| 転倒:観察研究 | 調整OR 0.75(0.00~1.50) | OR 0.88(0.59~1.31) |
| 骨折 | 調整OR 1.01(0.82~1.20) | OR 1.05(0.94~1.18) |
研究の組み入れ基準、対象、解析方法は必ずしも一致していないため、両研究のORを直接比較してリスクが変化したと判断することはできません。2024年のメタ解析でも、オレキシン受容体拮抗薬による転倒・骨折リスクの統計学的に有意な増加は認められませんでした。
今回の研究は対象規模が拡大していますが、OIS未達成や高齢者のデータ不足という問題は残っています。
この点からも、研究対象者数の増加が、必ずしも十分な安全性の検証につながるとは限らないことが分かります。
臨床的意義:DORAsは高齢者にとって安全な睡眠薬なのか?
今回の研究は、DORAsの使用が転倒・骨折リスクの明確な増加と関連していなかったことを示しています。この結果は、睡眠薬の選択肢としてDORAsを検討するうえで参考になります。しかし、DORAsが高齢者にとって最も安全な睡眠薬であることを証明したものではありません。
実際の臨床では、転倒歴、フレイル、認知機能、夜間頻尿、併用薬、翌朝の眠気などを考慮する必要があります。また、不眠症に対する非薬物療法の適応や、薬物療法を継続する必要性についても定期的に評価することが重要です。
本研究の結果を臨床に適用する場合、「DORAsは転倒・骨折リスクを高めないことが証明された」ではなく「現時点の統合データでは明確なリスク増加は確認されていないが、特に高齢者では不確実性が残る」と理解するのが適切です。
まとめ
本研究は、19研究、183,595人を対象に、DORAsの使用と転倒・骨折との関連を検討したシステマティックレビュー・メタ解析です。主な結果は次のとおりです。
| 評価項目 | OR(95%信頼区間) | 結果 |
|---|---|---|
| 転倒:全研究 | 0.76(0.56~1.04) | 有意差なし |
| 転倒:RCT | 0.59(0.35~0.98) | 有意な低下 |
| 転倒:観察研究 | 0.88(0.59~1.31) | 有意差なし |
| 骨折 | 1.05(0.94~1.18) | 有意差なし |
RCTでは転倒リスクの低下が示唆されましたが、観察研究では同様の関連は認められませんでした。また、骨折についても有意な関連は認められませんでした。ただし、転倒・骨折のイベント数が少なく、OISを満たしていなかったことに加え、高齢者を対象としたデータが限定的でした。
結論として、DORAsの使用による転倒・骨折リスクの明確な増加は認められませんでした。しかし、転倒・骨折リスクの増加が完全に否定されたわけではなく、従来の睡眠薬より安全であると断定することもできません。
今後は、特に高齢者を対象とした、十分なイベント数と追跡期間を確保した研究が必要です。
再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ システマティックレビュー・メタ解析の結果、デュアルオレキシン受容体拮抗薬は成人の転倒や骨折のリスクを増加させないようである。これらの知見は、DORAが従来の不眠症治療薬に代わるより安全な選択肢である可能性を示唆しているが、イベント発生率が低く、OISの基準を満たしていないこと、および高齢者に関するデータが限られていることから、解釈には慎重を要する。
根拠となった試験の抄録
背景:転倒は高齢者の外傷の主な原因である。鎮静催眠薬の使用は既知の危険因子であるが、不眠症に対するその使用は依然として一般的である。デュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA)は、不眠症治療薬として開発された、より安全性が高い可能性のある新しい薬剤群である。我々は、DORAが転倒および骨折に及ぼす影響を評価するため、システマティックレビューおよびメタ解析を実施した。
方法:MEDLINE、EMBASE、CENTRALを創刊から2025年8月まで検索し、DORA使用者および非使用者の転倒および骨折を報告した研究を抽出した。あらゆる臨床設定においてDORAを使用している参加者について、転倒および/または骨折に関するデータを報告したランダム化比較試験(RCT)または観察研究を対象とした。文献のスクリーニング、全文のレビュー、およびデータ抽出は2名で重複して実施した。ランダム効果モデルを用いたメタ解析を実施した。主要評価項目は、DORA使用者と非使用者を比較した際の、成人における転倒および骨折の発生率または発生頻度とした。また、臨床的に有意な効果を検出するために必要な最小事象数である最適情報サイズ(OIS)も算出した。
結果:19件の研究(RCT 10件、観察研究 9件、参加者 183,595名)が選定基準を満たした。全研究を通じて、DORAの使用は非使用と比較して転倒リスクを増加させなかった(オッズ比 0.76、95% 信頼区間 0.56-1.04)。RCTのデータでは転倒リスクの低下(オッズ比 0.59、95% 信頼区間 0.35-0.98)が示唆されたが、観察研究ではそのような傾向は認められなかった(オッズ比 0.88、95% 信頼区間 0.59-1.31)。DORAと骨折との間には関連性は認められなかった(OR 1.05、95% CI 0.94-1.18)。
結論:DORAは成人の転倒や骨折のリスクを増加させないようである。これらの知見は、DORAが従来の不眠症治療薬に代わるより安全な選択肢である可能性を示唆しているが、イベント発生率が低く、OISの基準を満たしていないこと、および高齢者に関するデータが限られていることから、解釈には慎重を要する。これらの知見を検証し、特に高齢者におけるDORAと転倒および骨折との関係をより詳細に解明するためには、さらなる研究が必要である。
キーワード:デュアルオレキシン受容体拮抗薬;転倒;骨折;高齢者
引用文献
Use of Dual Orexin Receptor Antagonists for Insomnia and the Risk of Falls and Fractures: A Systematic Review and Meta-Analysis
Arianna Paolone et al. PMID: 42799573 DOI: 10.1111/jgs.70745
J Am Geriatr Soc. 2026 Sep 26. doi: 10.1111/jgs.70745.Online ahead of print.
― 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42799573/

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