―「Hangry(空腹による怒り)」と感情の関係を調べた21日間の研究(PLoS One. 2022)
はじめに
「お腹が空くとイライラする」、「食事を抜くと怒りっぽくなる」といった経験はないでしょうか?
英語には、空腹を意味する Hungry と怒りを意味する Angry を組み合わせた、Hangry(ハングリー)という言葉があります。空腹によって怒りっぽくなる状態を表す俗語です。
この現象は日常的によく知られていますが、実際に空腹と怒りやイライラがどの程度関連するのかについては、十分に検証されてきませんでした。
今回紹介する研究は、中央ヨーロッパの成人64人を対象に、21日間にわたって日常生活の空腹感と感情を繰り返し記録した観察研究です。
臨床疑問
日常生活において、空腹感が強くなると、怒りやイライラなどの否定的な感情が強くなるのか?
こうした関連は年齢、性別、BMI、食行動、もともとの怒りやすさなどを考慮しても認められるのか?
研究の背景
空腹は、生理的なエネルギー不足や食事の必要性を知らせる感覚です。一方、怒りやイライラは、身体状態だけでなく、ストレス、周囲の環境、個人の心理的特性など、さまざまな要因の影響を受けます。
そのため、空腹時に怒りっぽくなったとしても、それが空腹そのものによるものなのか、あるいは疲労やストレスなどの別の要因によるものなのかを区別することは容易ではありません。また、研究室で一時的に空腹状態を作り出す実験だけでは、日常生活で生じる空腹感と感情の関係を十分に捉えられない可能性があります。
そこで本研究では、経験サンプリング法(Experience Sampling Method:ESM)を採用しました。これは、参加者に日常生活を送りながら、その時点の気分や体験を繰り返し報告してもらう方法です。
過去数週間を振り返って「空腹のときは怒りっぽかったか」と質問する方法と比べて、その時々の感情を把握しやすいという特徴があります。
研究デザイン
本研究は、中央ヨーロッパの参加者を対象とした、21日間の経験サンプリング法による縦断的観察研究です。
PECO
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| P(対象) | 中央ヨーロッパの成人64人 |
| E(曝露) | 日常生活における主観的な空腹感の強さ |
| C(比較) | 空腹感が比較的弱い時点 |
| O(アウトカム) | 怒り、イライラ、快感情、覚醒度 |
| 研究デザイン | 経験サンプリング法を用いた観察研究 |
調査方法
参加者はスマートフォンを利用し、21日間にわたって1日5回、その時点の空腹感や感情を報告しました。

原著によると、調査通知は午前8時、正午、午後6時の固定時刻に加え、午前と午後の時間帯にそれぞれ1回ずつランダムに送られました。
空腹感、怒り、イライラ、快感情、覚醒度は、いずれも0~100の尺度で評価されました。快感情は数値が高いほど快い状態、覚醒度は高いほど覚醒・活性化した状態を意味します。
統計解析
同じ参加者から繰り返し回答を得るため、各回答を独立した別人のデータとして扱うことはできません。そこで、本研究ではマルチレベル回帰分析を用いて、個人内の変動と個人間の違いを考慮しました。また、性別、年齢、BMI、食行動、特性的怒り(普段から怒りを感じやすい傾向)を調整しました。
この方法により、単に「怒りっぽい人ほど空腹を感じやすい」という個人間の違いだけでは説明できない、日常的な空腹感と感情の関係を検討しています。
参加者の背景
原著に記載された参加者の主な特徴は次のとおりです。
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 研究開始者 | 121人 |
| 最終調査まで完了した参加者 | 64人 |
| 平均年齢 | 29.9歳 |
| 年齢範囲 | 18~60歳 |
| 女性 | 81.3% |
| 平均BMI | 23.8 kg/m² |
| 主な参加国 | オーストリア、ドイツなど |
なお、研究開始者121人のうち、最終調査を完了したのは64人でした。したがって、脱落の影響についても考慮する必要があります。
試験結果から明らかになったことは?

① 空腹感が強いほど、怒りやイライラが強い
本研究の主要な結果は、日常生活において主観的な空腹感が強いときほど、怒りやイライラが強い傾向が認められたことです。
さらに、快感情については、空腹感が強いほど低い傾向が認められました。一方、覚醒度については、統計学的に明確な関連は認められませんでした。
| 感情の評価項目 | 空腹感との関連 | 統計学的な結果 |
|---|---|---|
| 怒り | 強いほど増加 | 有意な関連あり |
| イライラ | 強いほど増加 | 有意な関連あり |
| 快感情 | 強いほど低下 | 有意な関連あり |
| 覚醒度 | 明確な関連なし | 有意な関連なし |
原著の主解析に基づく結果。矢印は関連の方向を示し、因果関係を示すものではありません。つまり、空腹感は単に怒りだけではなく、全般的に不快な感情状態と関連していたと解釈できます。
② 個人の特性を調整しても関連は維持された
著者らは、性別、年齢、BMI、食行動、特性的怒りを統計学的に調整しました。その結果、空腹感と怒り、イライラ、快感情との関連は維持されました。また、個人内の空腹感の変動と、個人ごとの平均的な空腹感の両方が、否定的感情と関連していました。
これは、もともと空腹を感じやすい人だけでなく、同じ人でも、普段より空腹を強く感じている時点では、否定的な感情が強い傾向にあることを示しています。
③ 空腹感と感情の関連はどの程度強かったのか?
原著の考察では、空腹感に関連するモデルの説明力として、次の数値が報告されています。
| 感情 | 原著で報告された決定係数(R²) |
|---|---|
| イライラ | 0.56 |
| 怒り | 0.48 |
| 快感情 | 0.44 |
これらは、空腹感に関する変数だけでなく、他の共変量も含むマルチレベルモデルの説明力として解釈する必要があります。したがって「空腹が怒りの48%を引き起こす」、「空腹だけでイライラの56%を説明できる」などと解釈するのは不適切です。
なお、著者らは空腹感に関する2変数のみを含むモデルでも、イライラの説明力がR²=0.52だったと報告しています。
④ 空腹感と覚醒度の関係は明確ではなかった
研究開始時には、空腹感が強いほど覚醒度も高くなると予想されていました。しかし、主解析では明確な関連は認められませんでした。
ここでいう覚醒度は、意識障害の有無ではなく、眠気がある状態から活動的・興奮した状態までを表す心理学的な指標です。
つまり、空腹感が強いからといって、必ずしも全般的な興奮や活性化が強まるわけではないことが示唆されます。
批判的吟味(研究の限界)
① 観察研究であり、因果関係は証明できない
本研究の最大の限界は、空腹感を実験的に操作した研究ではないことです。空腹感が強いときに怒りやイライラが強かったとしても、空腹がそれらを直接引き起こしたとは断定できません。
例えば、ストレスが強い状況では、空腹感と怒りの両方が強くなる可能性があります。また、否定的な感情が食事行動や空腹感の認識に影響する可能性もあります。
今回の研究では、ある時点の空腹感が、その後の怒りを予測するかどうかという時間差の解析も十分には行われていません。
② 空腹感は自己申告であり、血糖値を測定していない
本研究で評価したのは、参加者が感じている主観的な空腹感です。血糖値、グレリンなどのホルモン、その他の生理学的指標は測定されていません。
したがって、本研究の結果から、低血糖や血糖値の低下が怒りを引き起こしたと結論することはできません。
特に、「空腹感」と「低血糖」は同義ではない点に注意が必要です。
③ 対象者数が少なく、参加者に偏りがある
研究を完了したのは64人で、女性が81.3%を占めていました。また、平均年齢は29.9歳でした。参加者は研究者らの社会的ネットワークを通じて募集されており、無作為に抽出された一般住民ではありません。
そのため、高齢者、小児、糖尿病患者、異なる文化圏の人々などにも同様の結果が当てはまるかは不明です。
④ 脱落によるバイアスの可能性
研究開始者121人に対し、最終調査を完了したのは64人でした。著者らは脱落者と完了者の背景を比較していますが、観察可能な背景に大きな差がなかったとしても、測定されていない心理的・生活習慣的な違いまで否定できるわけではありません。
回答負担の大きい研究であることから、継続しやすい参加者が残った可能性があります。
⑤ 怒りやイライラは単一項目で測定されている
怒りやイライラの評価には、それぞれ単一の質問項目が使用されました。日常生活で繰り返し評価するには簡便ですが、怒りの種類や程度、感情の複雑さを十分に捉えられない可能性があります。また、実際の攻撃行動や対人トラブルが測定されたわけではありません。
したがって、空腹時に他者への攻撃的行動が増えることまで示した研究ではありません。
⑥ 食事による改善効果は検証していない
本研究では、食事や間食を摂ることで怒りやイライラが軽減するかどうかは検証されていません。
したがって、空腹時に食事を摂ることが感情調節に有効である可能性は考えられますが、本研究だけでその介入効果を判断することはできません。
⑦ 研究計画は事前登録されていない
原著では、研究デザインと解析計画が事前登録されていなかったことが明記されています。また、複数の感情指標や解析方法が検討されているため、探索的な結果を含む可能性があります。
一方、著者らは負の二項分布を用いた追加解析や自己相関を考慮した解析も行っており、主要な関連の方向は概ね維持されていました。
この点は結果の頑健性を支持するものの、独立した集団での再現が望まれます。
臨床・日常生活への示唆
本研究は、空腹感が日常的な感情状態と関連することを示した研究として興味深いものです。例えば、仕事中や家庭内で普段よりイライラしていると感じた場合、その背景に空腹感があるかどうかを確認することは、自己理解の一助となるかもしれません。
ただし、怒りやイライラの原因を空腹だけに帰することは適切ではありません。睡眠不足、疲労、心理的ストレス、身体的な不調など、さまざまな要因が関係します。
また、食事を摂れば怒りが改善するという介入効果は、今回の研究では確認されていません。
医療の観点では、空腹感を伴う不快な感情と、低血糖に伴う症状を混同しないことも重要です。特に糖尿病治療中の患者で低血糖が疑われる場合には、心理的な問題として片付けず、適切な評価と対応が必要です。
まとめ
本研究は、中央ヨーロッパの成人64人を対象に、21日間で9,142件の回答を収集し、日常生活における空腹感と感情の関連を検討した観察研究です。主な結果は、空腹感が強いほど怒りやイライラが強く、快感情が低い傾向が認められたことです。これらの関連は、年齢、性別、BMI、食行動、特性的怒りを調整しても維持されました。一方、覚醒度との関連は明確ではありませんでした。
本研究は、日常生活における「Hangry」という現象を支持するエビデンスを提供していますが、空腹が怒りを引き起こすという因果関係や、食事による感情改善効果を証明したものではありません。
結論として、空腹感は怒りやイライラと関連する重要な身体的感覚の一つである可能性があります。しかし、その関係を正確に理解するには、心理的・環境的要因も考慮したさらなる研究が必要です。
なんとなく感じていたことが、研究で検証されていることに驚きました。一方で、研究デザインから因果関係を述べることはできません。あくまでも相関関係が示されたにすぎません。再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ サンプリング法による観察研究の結果、日常的な空腹感が負の感情と関連していることを示す証拠がえられた。「ハングリー(hangry)」という概念を裏付ける根拠となる可能性が示唆された。
根拠となった試験の抄録
「ハングリー(hangry)」という俗語(hunger on angry)は、空腹になると人が怒りっぽくなるという概念を指すものだが、空腹とネガティブな感情との関係がどの程度強固であるかを直接的に明らかにした研究はほとんどない。そこで本研究では、体験サンプリング法を用いて、日常的な空腹体験とネガティブな感情との関連性を検証した。中央ヨーロッパ出身の64名の参加者が、21日間の体験サンプリング段階を完了し、その間、1日5回の時点ごとに空腹感、怒り、イライラ、喜び、覚醒度を報告した(合計9,142件の回答)。結果によると、自己報告による空腹感のレベルが高いほど、怒りやイライラ感の程度が高くなり、喜びの程度が低くなることが示された。これらの知見は、参加者の性別、年齢、ボディマス指数(BMI)、食事行動、および気質的怒りを調整した後も有意なままであった。対照的に、覚醒度との関連性は有意ではなかった。これらの結果は、日常的な空腹感が負の感情と関連していることを示す証拠となり、「ハングリー(hangry)」という概念を裏付けるものである。
引用文献
Hangry in the field: An experience sampling study on the impact of hunger on anger, irritability, and affect
Viren Swami et al. PMID: 35793289 PMCID: PMC9258883 DOI: 10.1371/journal.pone.0269629
PLoS One. 2022 Jul 6;17(7):e0269629. doi: 10.1371/journal.pone.0269629.eCollection 2022.
― 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35793289/

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