― CHOICEランダム化比較試験(JAMA Neurol. 2026)
臨床疑問
MCIと中等度~高度の難聴を併存する60歳以上の高齢者に補聴器を導入すると、聴覚ケア教育のみの場合と比較して、24か月以内の認知症レベルの認知機能障害への移行を抑制できるか?
研究の背景
難聴は認知機能低下と関連する修正可能なリスク因子として注目されています。しかし、難聴と認知機能低下との関連が示されることと、難聴を補聴器で治療すれば認知症を予防できることは同義ではありません。
実際、補聴器開始と認知症リスク低下との関連を示した観察研究は存在します。しかし、観察研究では健康行動、教育歴、社会経済状況、医療アクセスなどによる交絡を完全には除外できません。例えばtarget trial emulation(標的試験模倣研究)によるHealth and Retirement Studyでは、補聴器開始と認知症リスク低下との関連が報告されていますが、著者ら自身も介入研究によるさらなる検証が必要としています(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39572406/)。
そこでCHOICE試験では、すでにMCIと中等度~高度難聴を併存する高齢者を対象として、補聴器介入をランダム化して検証しました。
PICO
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| P(患者) | 60歳以上、MCI(CDR global score=0.5)かつ中等度~高度難聴 |
| I(介入) | 補聴器介入 353人 |
| C(比較) | 聴覚ケア教育 350人 |
| O(主要) | 24か月以内の認知症レベルの障害への移行(CDR global score ≥1) |
| 主な副次評価項目 | 認知機能改善(CDR=0)、CDR global/domain score |
| 研究デザイン | 多施設、並行群、オープンラベルRCT |
| 追跡期間 | 24か月 |
研究デザイン
研究は中国・上海における3つの三次医療機関の耳科外来、CHOICE cohortの3つの地域保健ステーションで実施されました。本研究は、2021年9月~2024年2月に研究が行われ、24か月追跡は2026年2月に終了しています。
60歳以上の21,908人が適格性を評価され、そのうちMCIと中等度~高度難聴を併存する703人が登録されました。試験参加者は1:1で補聴器介入353人:聴覚ケア教育350人にランダム化されました。
研究参加者の平均年齢は74.53±7.16歳で年齢範囲は60~96歳でした。女性250人(35.56%)、男性452人(64.44%)で、703人中610人(86.77%)が試験を完遂しました。
主要評価項目:MCIから認知症レベルへの移行
主要評価項目はCDR global score 0.5 → ≥1への移行です。
すなわち、本研究ではこれをMCIから認知症レベルの機能障害への移行として評価しました。
試験結果から明らかになったことは?

24か月後の結果は以下の通りでした。
| 補聴器介入 | 聴覚ケア教育 | |
|---|---|---|
| 認知症レベルの機能障害への移行率 | 3.09% (95%CI 1.62–5.74%) | 4.74% (95%CI 2.60–8.29%) |
群間差(RD)としてはRD −2.07%(95%CI −4.74 ~ 0.61%)、相対リスクはRR 0.59(95%CI 0.25~1.38)、P=0.23でした。
したがって、補聴器群では認知症レベルへの移行率が数値上低かったものの、統計学的に有意な低下は示されませんでした。
「RR 0.59=41%の認知症予防」としてはいけない
ここはこの論文を読む際に特に重要です。点推定値だけを見るとRR 0.59なので、「補聴器によって認知症への移行が41%減った」と言いたくなります。
しかし、95%CIは0.25~1.38と非常に広く1.0をまたいでいます。絶対差についてもRD −2.07%(95%CI −4.74 ~ +0.61%)です。
したがって本研究から「補聴器は認知症への進行を41%予防した」とはいえません。
正確には「認知症レベルへの移行は補聴器群で数値上少なかったが、統計学的に有意な差は示されなかった」となります。
一方、「認知機能改善」は大きく増加
興味深い結果が、事前規定された副次評価項目です。研究ではCDR=0になった場合を「認知機能改善(cognitive improvement)」と定義しています。
| 補聴器介入 | 聴覚ケア教育 | |
|---|---|---|
| CDR=0への改善 | 15.34% (95%CI 11.84–19.62%) | 2.36% (95%CI 0.99–5.22%) |
群間差はRD 12.00%(95%CI 8.79–15.21%)、相対リスクはRR 5.94(95%CI 2.46–14.37)でした。
つまり補聴器群では、24か月後にCDR 0と判定される割合が明らかに高くなっていました。これはかなり興味深い結果です。
ただし「補聴器によってMCIが治った」とまで解釈するのは早計です。
後述するように、CDRという評価方法とオープンラベル試験であることが、この結果の解釈に重要になります。
主要評価項目と副次評価項目が異なる方向を示した
本研究を単純化すると、次のようになります。
| 評価項目 | 結果 |
|---|---|
| MCI→認知症レベル | RR 0.59(0.25–1.38) |
| MCI→CDR 0 | RR 5.94(2.46–14.37) |
| 研究関連有害事象 | なし |
つまり、悪化を防ぐ効果は主要評価項目では証明されなかった一方、改善方向への移行は副次評価項目で認められたという、一見すると少し複雑な結果です。
有害事象
抄録では、No study-related adverse events were reported(研究に関連する有害事象は報告されなかった)とされています。ただしこれは「補聴器には有害事象が一切ない」という意味ではありません。
あくまで本研究ではstudy-related adverse eventsが報告されなかったという結果です。
批判的吟味(研究の限界)
1.最大の問題は主要評価項目がnegativeだったこと
まず、この研究を評価するうえで最優先すべき結果は、認知症レベルへの移行 RR 0.59(95%CI 0.25–1.38)、P=0.23です。したがって研究全体を「補聴器が認知症を予防することをRCTで証明した」とまとめることはできません。
むしろ主要な結論は著者らの表現通り、24か月時点で認知症レベルの障害への移行を有意に減少させなかった結果です。
2.イベント率が低く、95%CIがかなり広い
認知症レベルへの移行率は補聴器群 3.09%、対照群 4.74%と、両群とも低率でした。そのためRRの95%CIは0.25~1.38と広くなっています。
これは「補聴器には効果がないことが証明された」という意味でもありません。かなり大きなリスク低下から、逆にリスク増加まで統計学的に両立・適合しています。
つまり、有意差がないことと同等性・無効性が証明されたことは別問題です。
3.追跡期間24か月は認知症予防を評価するには短い可能性
認知機能低下から認知症への移行は長期間にわたる過程です。今回の追跡期間は24か月です。したがって、補聴器介入による長期的な認知症発症への影響について、この研究だけで結論を出すことはできません。
特に主要イベントが少なかったことを考えると、より長期間の追跡で結果が変わる可能性があります。
4.オープンラベル試験である
本研究は非盲検ランダム化比較試験です。補聴器を装着する介入なので、参加者を完全に盲検化するのは現実的に困難です。しかし、参加者が自分の介入を認識していることで、社会参加、コミュニケーション、医療行動、認知課題への取り組み、自己評価などに影響する可能性があります。
したがって、薬剤の二重盲検プラセボ対照試験と同程度にperformance bias(パフォーマンスバイアス)を排除できるわけではありません。
5.「CDR=0への改善」の解釈には特に注意が必要
今回最も目を引く結果は 15.34% vs 2.36% というCDR 0への改善です。しかし、これは主要評価項目ではなく、事前規定された副次評価項目です。さらにCDRは、単純な血液検査や画像検査ではなく、認知・機能状態を臨床的に評価する尺度です。
難聴のある人では、そもそもコミュニケーションの改善そのものが認知評価のパフォーマンスに影響する可能性があります。
したがって「補聴器が神経変性を逆転させてMCIを改善した」とまでは、この結果から判断できません。
補聴器による実質的な認知・社会機能改善と、聴取能力が改善したことで認知状態をより正確に評価できるようになった可能性を完全に切り分けるのは難しい問題です。
この点は本研究を臨床的に解釈するうえでかなり重要です。
6.「CDR 1以上」と医学的な認知症診断は完全に同義ではない
本研究の主要評価項目は 認知症レベルの機能障害 = CDR global score ≥1 です。したがって「臨床的に診断された認知症の発症率」と完全に同じ意味として扱うべきではありません。
論文自身もdementia-level impairment(認知症レベルの機能障害)という表現を用いています。
7.対象集団の一般化可能性
対象者は上海における三次医療機関の耳科外来、CHOICE cohort地域保健ステーションから登録されています。さらに対象は「MCI(CDR 0.5)+中等度~高度難聴」をすでに有する60歳以上です。
したがって今回の結果を、認知機能正常者、軽度難聴、すでに認知症と診断された患者、若年者へそのまま一般化することはできません。
この研究の強み
一方、本研究には明確な強みがあります。まず、難聴と認知症の関係について観察研究だけではなく、703人を実際にランダム化した多施設RCTで検証しています。また対象を「MCI+中等度~高度難聴」という、補聴器介入による認知機能への影響を検討するうえで臨床的に興味深い集団に限定しています。
さらに主要評価項目を単なる認知テストの点数変化ではなく CDR 0.5 → ≥1への移行 とした点も重要です。610人(86.77%)が24か月試験を完遂していることも評価できます。
この研究から何が言えて、何が言えないか
| 解釈 | 妥当性 |
|---|---|
| 補聴器群では認知症レベルへの移行率が数値上低かった | ○ |
| 主要評価項目では統計学的有意差を認めなかった | ○ |
| 補聴器によって認知症を41%予防した | × |
| 補聴器には認知症予防効果がないと証明された | × |
| CDR 0への改善は補聴器群で多かった | ○ |
| 補聴器によってMCIが「治癒」した | × |
| 補聴器が神経変性を逆転させた | × |
| 長期的な認知症予防効果が証明された | × |
実臨床ではどう考えるか?
この研究から「認知症予防のために補聴器を装着すべきである」という強い推奨までは導けません。主要評価項目がネガティブであるためです。一方で、「補聴器を使っても認知機能には意味がない」と読むのも適切ではありません。
RR 0.59の95%CIは広く、24か月では認知症レベルへの移行イベント自体が少数でした。また、事前規定された副次評価項目ではCDR 0への改善が明確に多く認められています。
したがって現時点において「補聴器は難聴そのものを治療するために使用する。そのうえで、MCIを併存する高齢者の認知機能に追加的な利益をもたらす可能性は興味深いが、認知症予防効果についてはまだ確立していない」という整理が妥当でしょう。
まとめ
CHOICE試験では、MCIと中等度~高度難聴を併存する60歳以上703人を、補聴器介入353人と聴覚ケア教育350人にランダム化し、24か月追跡しました。主要評価項目である認知症レベルの障害(CDR ≥1)への移行は補聴器 3.09% vs 対照 4.74%、RD −2.07%(95%CI −4.74~0.61)、RR 0.59(95%CI 0.25–1.38)、P=0.23であり、有意な減少は示されませんでした。
一方、事前規定された副次評価項目であるCDR 0への改善は、15.34% vs 2.36%、RD 12.00%(95%CI 8.79–15.21)、RR 5.94(95%CI 2.46–14.37)と補聴器群で多く認められました。
したがって、この研究を一文でまとめるなら “MCIと中等度~高度難聴を併存する高齢者に対する補聴器介入は、24か月時点で認知症レベルの障害への移行を有意には減少させなかった。一方、CDR 0への改善は増加したが、副次評価項目であること、オープンラベル試験であること、聴取能力の改善自体が認知評価に影響し得ることから、「補聴器がMCIを改善・逆転させる」と結論するにはさらなる検証が必要である” でしょう。
特にこの論文は「主要評価項目はnegativeだが、非常に印象的な副次的評価項目を設定しているRCTをどう読むか」という批判的吟味の教材としても面白い研究です。
再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 非盲検ランダム化比較試験の結果、軽度認知障害と聴力低下を併発する高齢者を対象とした場合、補聴器介入は24ヶ月時点での認知症レベルの障害の発症率を有意に低下させなかった。
根拠となった試験の抄録
試験の重要性:聴力低下は認知機能低下の重要な修正可能な危険因子であるが、認知機能の安定化や改善に対する聴覚介入の有効性については、依然として議論が分かれている。
目的:聴力低下と軽度認知障害(MCI)を併発している高齢者を対象に、聴覚介入が認知症レベルの機能障害の発症率を低減できるかどうかを調査すること。
研究デザイン、実施場所、対象者:本多施設共同、並行群間、非盲検無作為化臨床試験は、2021年9月から2024年2月にかけて実施され、24か月の追跡調査は2026年2月に完了した。本研究は、中国・上海にある3つの三次耳鼻咽喉科外来および3つのCHOICEコホート地域保健ステーションで実施された。適格性を評価した60歳以上の成人21,908名のうち、MCI(臨床認知症評価尺度[CDR]総合スコア0.5)と中等度から重度の難聴を併存する703名の参加者が登録され、無作為割付された。これらのデータの解析は2026年2月から2026年7月にかけて行われた。
介入:参加者は1:1の割合で、補聴器介入群(n = 353)または聴覚ケア教育群(n = 350)に無作為に割り付けられた。
主要評価項目および測定指標:主要評価項目は、24ヶ月間にわたるMCIから認知症レベルの障害(CDR総合スコア1以上と定義)への移行率であった。事前に設定された主要な副次評価項目には、認知機能の改善率(CDR=0)およびCDR総合スコアと領域別スコアが含まれた。
結果:ランダム化された703名の患者(平均[標準偏差]年齢74.53[7.16]歳;範囲60~96歳;女性250名[35.56%]、男性452名[64.44%])のうち、610名(86.77%)が試験を完了した。主要評価項目において有意差は認められず、MCIから認知症レベルの障害への移行率は、介入群で3.09%(95%信頼区間 [CI]、1.62%~5.74%)、対照群で4.74%(95% CI、2.60%~8.29%)であった(リスク差 [RD]、 -2.07%;95%信頼区間、-4.74%~0.61%;相対リスク[RR]、0.59;95%信頼区間、0.25~1.38;P = 0.23)。一方、事前に設定された副次的解析では、聴覚介入により認知機能の改善率が上昇したことが示された(15.34%;95%信頼区間、11.84%~19.62% 対 2.36%;95%信頼区間、0.99%~5.22%; RD、12.00%;95%信頼区間、8.79%~15.21%;RR、5.94;95%信頼区間、2.46~14.37)。本研究に関連する有害事象は報告されなかった。
結論と意義:本研究において、軽度認知障害と聴力低下を併発する高齢者を対象とした場合、補聴器介入は24ヶ月時点での認知症レベルの障害の発症率を有意に低下させなかった。
臨床試験登録:中国臨床試験登録番号 ChiCTR2000036139
引用文献
Hearing Intervention for Older Adults With Mild Cognitive Impairment: The CHOICE Randomized Clinical Trial
Ying Chen et al. PMID: 42804222 PMCID: PMC13621310 DOI: 10.1001/jamaneurol.2026.3395
JAMA Neurol. 2026 Sep 28:e263395. doi: 10.1001/jamaneurol.2026.3395.Online ahead of print.
― 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42804222/

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