抑肝散はアルツハイマー病のBPSDを改善するか?

01_中枢神経系
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― 100人を対象としたプラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験(J Ethnopharmacol. 2026

臨床疑問

行動・心理症状(BPSD)を伴うアルツハイマー病患者において、抑肝散7.5g/日はプラセボと比較して、4週間後のBPSDを改善するか?

また、認知機能、日常生活動作、抑うつ症状に影響を与えるか?

研究の背景

アルツハイマー病では、認知機能低下だけでなく、興奮、不安、易怒性、睡眠障害などのBPSDが患者本人と介護者の双方に大きな負担を与えます。

BPSDには、以下のような認知機能以外の症状が含まれます。

  • 興奮、攻撃性
  • 不安
  • 易怒性
  • 妄想、幻覚
  • 睡眠障害
  • 抑うつ
  • 脱抑制
  • 異常行動 など

これらの症状は、患者の生活の質を低下させるだけでなく、介護者の負担、施設入所、医療・介護資源の利用にも影響します。

抑肝散は日本の伝統的な漢方処方で、神経過敏、興奮、不安、睡眠障害などに対して使用されてきました。認知症に伴うBPSDについても有用性が報告されていますが、過去の研究には非盲検試験、小規模試験、プラセボを用いない比較などが含まれ、効果と安全性に関するエビデンスは充分ではありませんでした。

そこで本研究では、BPSDを伴うアルツハイマー病患者を対象に、抑肝散と外観を一致させたプラセボを二重盲検下で比較しました。

PICO

項目内容
P:患者BPSDを伴うアルツハイマー病患者100人
I:介入抑肝散2.5gを1日3回、4週間投与(合計7.5g/日)
C:比較抑肝散と同一外観のプラセボ顆粒
O:主要評価項目ベースラインから4週までのNPIスコア変化量
O:副次評価項目MoCA、MMSE、ADCS-ADL、HAMD-17、LQSSQD

試験デザイン

項目内容
研究デザイン単施設、ランダム化、二重盲検、プラセボ対照試験
実施期間2023年7月~2024年5月
登録患者数100人
試験完了者89人
治療期間4週間
評価時点ベースライン、2週、4週、8週
抑肝散用量2.5g×1日3回
主要評価時点4週
試験登録ChiCTR2300069404

抄録からは、各群の割付人数、ランダム化方法、割付の隠蔽方法、主要解析がintention-to-treat解析だったかどうかは確認できません。

評価尺度

評価尺度主な評価内容
NPI妄想、幻覚、興奮、抑うつ、不安、易怒性などの神経精神症状
MoCA認知機能
MMSE全般的な認知機能
ADCS-ADLアルツハイマー病患者の日常生活動作
HAMD-17抑うつ症状
LQSSQD肝気鬱結・脾気虚に関連する伝統医学的症候

主要評価項目であるNPIは、一般にスコアが低下するほどBPSDが改善したことを示します。

試験結果から明らかになったことは?

主要評価項目

評価項目抑肝散群プラセボ群群間差
4週時点のNPIスコア変化ベースラインから低下ベースラインから低下または変化抑肝散群で低下が有意に大きい(p<0.05)

4週間後のNPIスコア低下は、抑肝散群でプラセボ群より有意に大きい結果でした。

したがって、抑肝散は4週間という短期間において、アルツハイマー病に伴うBPSDを改善する可能性が示されました。

ただし、抄録には次の数値が示されていません。

  • 各群のNPI平均変化量
  • 群間平均差
  • 95%信頼区間
  • 効果量
  • NPIの各下位項目の結果

このため、統計学的な差が患者や介護者にとって実感できる大きさだったかは判断できません。

副次評価項目

評価項目4週時点の結果解釈
ADCS-ADL改善傾向統計学的に明確な効果は示されていない
MMSE改善傾向認知機能改善は確立していない
MoCA有意な認知機能改善なし抑肝散の認知機能改善効果は示されなかった
HAMD-17有意な気分改善なし抑うつ症状への明確な効果は示されなかった
LQSSQD抄録では具体的結果の記載なし効果を判断できない

ADCS-ADLとMMSEでは改善傾向がみられましたが、4週時点で統計学的に有意な認知機能または気分の改善は確認されませんでした。

したがって、本研究で示された効果は、認知症そのものの進行抑制や認知機能改善ではなく、主としてBPSDの短期的な改善です。

有害事象と安全性

論文タイトルには「efficacy and safety」とありますが、提示された抄録の結果には、有害事象について具体的な記載がありません。

以下の情報も抄録からは確認できません。

  • 有害事象を経験した患者数
  • 重篤な有害事象
  • 有害事象による中止
  • 血液検査や電解質の変化
  • 抑肝散群とプラセボ群の有害事象比較
  • 11人の未完了理由

したがって、抄録だけから「抑肝散は安全だった」、「プラセボと安全性に差がなかった」と結論づけることはできません。

研究の結論

抑肝散7.5g/日を4週間投与した群では、プラセボ群と比較してNPIスコアが有意に低下しました。

一方、認知機能、日常生活動作、気分に関する副次評価項目では一部に改善傾向がみられたものの、明確な効果は確認されませんでした。

著者らは、抑肝散がアルツハイマー病に伴うBPSDに対する補助療法となる可能性を示していますが、結果を確認するには、より大規模な研究が必要と結論づけています。

批判的吟味:研究の限界

1.単施設かつ小規模な試験

登録患者は100人、試験完了者は89人でした。

単施設の小規模試験では、偶然による結果の変動が大きく、施設固有の患者背景や治療環境が結果に影響する可能性があります。異なる地域・医療機関でも結果が再現されるかは不明です。

2.治療期間が4週間と短い

抑肝散の投与期間は4週間でした。

BPSDは長期的に変動し、自然に改善・悪化する場合もあります。そのため、4週間の改善が長期間持続するか、長期投与で同じ効果が得られるかは判断できません。

8週にも評価が行われていますが、抄録には8週時点の結果が示されていません。

3.具体的な効果量が不明

主要評価項目はp<0.05でしたが、NPI変化量、群間差、95%信頼区間が報告されていません。

p値だけでは、効果の大きさや精度は分かりません。統計学的有意差があっても、臨床的に意味のある改善とは限りません。

4.11人が試験を完了していない

100人のうち89人が試験を完了しており、11人、すなわち11%が完了していません。

脱落理由や群別の脱落者数が抄録には示されていないため、抑肝散群で有害事象や効果不十分による脱落が多かった可能性を除外できません。

また、解析が完了者のみで行われた場合、脱落バイアスによって効果が過大評価される可能性があります。

5.主要解析集団が不明

抄録からは、以下のいずれの解析が行われたか確認できません。

  • intention-to-treat解析
  • modified intention-to-treat解析
  • per-protocol解析
  • 完了例解析

ランダム化の利点を維持するには、原則として割り付けられた全患者を解析する必要があります。解析対象89人のみであれば、ランダム化後の除外が結果に影響した可能性があります。

6.BPSDは評価者や介護者の影響を受ける

NPIは、患者本人の検査だけでなく、介護者や情報提供者から得た情報をもとに評価されます。

二重盲検化はバイアスを軽減しますが、介護環境、介護者の期待、評価者の違いなどの影響を完全には排除できません。

7.漢方薬の盲検化が維持されたか不明

プラセボには「同一の顆粒」が用いられましたが、抑肝散には独特の味やにおいがあります。

外観だけでなく、味、におい、服用感まで十分に一致していたか、患者・介護者・評価者に割り付けを推測されなかったかは、抄録から確認できません。

8.副次評価項目が多い

MoCA、MMSE、ADCS-ADL、HAMD-17、LQSSQDなど複数の副次評価項目が設定されています。

複数の検定を行うほど、偶然に有意差や改善傾向が得られる可能性が高くなります。多重比較の調整方法は抄録には示されていません。

「改善傾向」は、統計学的な有効性が確認されたことを意味しません。

9.安全性を十分に評価できない

抄録には安全性に関する数値がなく、試験規模も小さく、投与期間は4週間です。

発生頻度の低い有害事象や長期投与による有害事象を検出するには、100人規模・4週間では不十分です。本研究から抑肝散の安全性が確立したとはいえません。

10.併用治療の影響が不明

アルツハイマー病治療薬、向精神薬、睡眠薬、非薬物療法などの併用状況は抄録に示されていません。

これらの治療が試験期間中に一定に保たれていたか、群間で均衡していたかによって、NPIの結果が影響を受ける可能性があります。

11.「補助療法」としての位置づけは予備的

著者らは抑肝散が補助療法となる可能性を示していますが、具体的にどの標準治療へ追加したのかは抄録だけでは判断できません。

また、既存治療への上乗せ効果を検証することを目的としたデザインだったかも明確ではありません。そのため、「標準治療への上乗せ効果が証明された」とまでは解釈できません。

12.抑肝散の製剤間差を考慮する必要がある

抄録には、生薬の組成、原料の規格、製造方法、抽出比、製剤メーカーなどの詳細が示されていません。

漢方・生薬製剤は、原料や製造規格によって成分量が異なる可能性があります。本研究の結果を、すべての抑肝散製剤にそのまま一般化できるとは限りません。

この研究から分かること・分からないこと

分かること分からないこと
4週間の抑肝散投与でNPIがプラセボより有意に低下したNPI改善の具体的な大きさ
BPSDに対する短期的効果が示唆された改善が患者・介護者に実感できる大きさか
認知機能や気分への明確な効果は示されなかった4週間を超えて効果が持続するか
89人が試験を完了した11人が完了しなかった理由
単施設二重盲検RCTである長期安全性やまれな有害事象
補助療法となる可能性がある標準治療への上乗せ効果が確立したか

実臨床への応用

本研究から、抑肝散はアルツハイマー病に伴うBPSDを短期的に改善する選択肢となる可能性があります。

ただし、認知機能を改善する薬、あるいはアルツハイマー病の進行を抑制する治療として示されたわけではありません。

臨床で検討する場合には、次の点を明確にする必要があります。

  • どのBPSDを治療対象とするのか
  • 痛み、感染症、便秘、睡眠環境などの身体・環境要因がないか
  • 非薬物療法が実施されているか
  • 併用薬がBPSDを悪化させていないか
  • 投与後に具体的な症状が改善しているか
  • 効果がなければ漫然と継続しない
  • 有害事象を継続的に確認する

まとめ

BPSDを伴うアルツハイマー病患者100人を対象とした単施設二重盲検RCTでは、抑肝散7.5g/日を4週間投与した群で、プラセボ群よりNPIスコアが有意に低下しました。

一方、認知機能、日常生活動作、気分について明確な改善は示されませんでした。また、抄録には効果量、95%信頼区間、有害事象、脱落理由が示されていません。

抑肝散はアルツハイマー病に伴うBPSDを4週間で改善する可能性がありますが、その効果の大きさ、持続性、安全性、認知機能への効果は未確立です。現段階では、短期的な補助療法の候補を示した小規模試験として解釈するのが妥当です。

漢方薬を対象とした臨床試験の中では、試験デザインが相対的に優れていると考えられますが、試験規模が小さく、短期間の検証結果です。再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。

続報に期待。

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✅まとめ✅ プラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験の結果、アルツハイマー型認知症患者における抑肝散の使用は、BPSD(行動・心理症状)軽減に効果的であり、補助療法としての可能性が示唆された。

根拠となった試験の抄録

民族薬理学上の関連性: 抑肝散(YKS)は、日本の伝統的な処方であり、興奮、不安、睡眠障害を緩和し、アルツハイマー病(AD)における認知症の行動・心理症状(BPSD)の緩和に効果がある可能性が示されています。しかし、その有効性と安全性に関するエビデンスは限られています。

研究の目的: 本論文では、プラセボと比較して、YKSがアルツハイマー病患者のBPSDおよび認知機能の管理に及ぼす効果を評価した。

材料と方法: これは、2023年7月から2024年5月にかけて実施された、単一施設、無作為化、二重盲検、プラセボ対照試験である。ADおよびBPSDを有する被験者100名が登録された。YKS群は4週間、1日3回2.5gのYKSを投与され、プラセボ群は同一の顆粒を投与された。評価はベースライン時、2週目、4週目、8週目に実施された。
主要評価項目は、ベースラインから4週目までの神経精神症状評価尺度(NPI)スコアの変化であった。副次評価項目には、モントリオール認知評価(MoCA)、ミニメンタルステート検査(MMSE)、アルツハイマー病共同研究-日常生活動作(ADCS-ADL)、ハミルトンうつ病評価尺度(HAMD-17)、肝気鬱結脾気虚(LQSSQD)が含まれた。

結果: 参加者100名のうち、89名が試験を完了した。NPIスコアの平均減少は、4週目においてプラセボ群よりもYKS群で有意に大きかった(P < 0.05)。YKSはADCS-ADLおよびMMSEスコアの改善傾向を示したが、4週目において認知機能や気分に有意な変化は認められなかった。

結論: 本剤はプラセボよりもアルツハイマー病患者のBPSD(行動・心理症状)軽減に効果的であり、補助療法としての可能性を示唆している。これらの結果を確定するには、より大規模な研究が必要である。

中国臨床試験登録番号: ChiCTR2300069404。

キーワード: アルツハイマー病、BPSD、NPI、ランダム化比較試験、抑肝散

引用文献

The efficacy and safety of Yokukansan for concomitant behavioral and psychological symptoms of Alzheimer’s disease: a randomized, double-blinded clinical trial
Man Yuan et al. PMID: 41956228 DOI: 10.1016/j.jep.2026.121644
J Ethnopharmacol. 2026 Jul 15:366:121644. doi: 10.1016/j.jep.2026.121644. Epub 2026 Apr 7.
― 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41956228/

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