― fMRI研究での検証結果(PLoS One. 2013)
臨床疑問
ガムを噛むことは、急性ストレスによる心理的ストレス反応を軽減するのか?
また、その効果は脳内でどのように生じているのか?
研究の背景
ストレスは現代社会で非常に一般的な問題であり、不安、抑うつ、心血管疾患、睡眠障害など、多くの身体的・精神的健康問題と関連しています。
これまでの研究では、ストレス時の自律神経反応、ホルモン反応、脳活動変化については広く研究されてきました。
日常生活では、音楽を聴く、深呼吸する、ガムを噛むなど様々なストレス対処行動が行われています。
しかし、「人がどのようにストレスへ対処するのか」という “対処行動” の神経基盤については、当時ほとんど分かっていませんでした。
そこで本研究では「ガム咀嚼(gum chewing)がストレスを軽減するのか」について、脳科学的アプローチの観点からfMRIを用いて検証しました。
情報元:PubMed論文ページ
臨床研究の概要(PICO)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| P(対象) | 健常成人 |
| I(介入) | ガム咀嚼 |
| C(比較) | ガム咀嚼なし |
| O(評価項目) | ストレス評価および脳活動変化 |
試験デザイン
本研究は、fMRI実験研究です。被験者に対して、大音量ノイズ(acute stressor)を提示しました。
その際、ガムを噛む条件、ガムを噛まない条件を比較しました。
評価項目として、主観的ストレス評価、fMRIによる脳活動、脳領域間の機能的結合が測定されました。
ストレス刺激としての大音量ノイズ
本研究では、大音量ノイズが急性ストレス刺激として使用されました。
被験者は、ノイズ曝露後に「どの程度ストレスを感じたか」を評価しました。
試験結果から明らかになったことは?

主な結果
ノイズはストレスを増加させた
まず予想通り、大音量ノイズによって被験者のストレス感は増加しました。
つまり、ストレス誘発モデルとして機能していたことが確認されました。
ガムを噛むとストレス感は低下した
重要な結果として、ノイズ曝露中にガムを噛いている場合、被験者は有意に低いストレスを報告しました。
つまり、主観的ストレス反応が軽減したことになります。
ストレス時に活性化した脳領域
ノイズ刺激により、以下の脳領域が活性化しました。
1)上側頭溝 Superior Temporal Sulcus (STS)
左右両側
2)前部島皮質 Anterior insula (AI)
左前部島皮質
これらの領域の活動は、被験者が報告したストレス強度と正の相関を示しました。つまり、活動が強いほどストレスを強く感じていたということです。
ガム咀嚼でSTSとAIの活動が低下
ガムを噛んでいる条件では、ノイズによるSTS、AIの活性化が有意に低下しました。つまり、
ストレス関連脳活動が抑制されました。
脳内ネットワークにも変化
研究では、心理整理相互作用(psychophysiological interaction analysis, PPI)も実施されました。
その結果、通常はノイズによって増加するleft AI ↔ dACC(左前部島皮質-背側前帯状皮質)の機能的結合が、ガム咀嚼時には弱くなっていました。
dACCとは?
dACC(dorsal anterior cingulate cortex)は、ストレス評価、注意制御、情動処理に関与する重要な領域です。
つまり、ガム咀嚼はストレスネットワーク全体の活動を弱めている可能性があります。
DCM解析の結果
さらに著者らは、動的因果モデリング(Dynamic Causal Modeling, DCM)を用いて、脳領域間の情報伝達方向を解析しました。その結果、STS → Left AIへの情報伝達が、ガム咀嚼によって抑制されていました。
この結果は何を意味するのか?
著者らは、ガム咀嚼によるストレス軽減機序として、2つの可能性を提唱しています。
① ストレス刺激の感覚処理を弱める
ガムを噛むことで、外部ストレス刺激の感覚処理が弱まる可能性があります。
② ストレス情報の伝播を抑える
ストレス関連情報が、STSからinsulaへ伝わる過程を抑制することで、脳内ストレスネットワーク全体の活動を低下させる可能性があります。
試験の限界(批判的吟味)
本研究は興味深い神経科学研究ですが、いくつかの限界があります。
まず、fMRI実験であり、実生活の慢性ストレス状況を再現したものではありません。
また、ストレス刺激は大音量ノイズのみであり、職場ストレスや対人ストレスなどへの一般化は困難です。
さらに、被験者数は大規模臨床試験と比較すると少なく、外的妥当性には限界があります。
加えて、本研究は脳活動を示したものであり、ガム咀嚼が長期的な精神疾患予防につながることを示した研究ではありません。
また、ガムの種類や味による影響も評価されていません。
実臨床への示唆
本研究は「ガムを噛むとストレスが減る気がする」という日常的経験に対し、神経科学的根拠を与えた研究と言えます。
ただし、本研究だけで「ストレス対策としてガムを推奨できる」とまでは言えません。
一方で、ガム咀嚼が少なくとも短期的なストレス反応を軽減する可能性は示唆されました。
まとめ
今回のfMRI研究では、大音量ノイズによる急性ストレス下で、ガム咀嚼は主観的ストレス感、STS活動、AI活動、ストレス関連脳ネットワーク結合を低下させました。
著者らは、ガム咀嚼が外部ストレス刺激の感覚処理、ストレス情報の脳内伝播を抑制することでストレスを軽減すると考察しています。
日常的な行動の神経科学的背景を示した興味深い研究と言えるでしょう。
ただし、本研究は健康成人24例の検証結果です。またノイズは人工的に生成されたものであり、実社会を反映できていない可能性があります。また、短期間の結果であることから、より長期的な効果が得られるのかは不明です。
再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ fMRI研究の結果、ガムを噛むことで外部ストレス要因の感覚処理が緩和され、脳のストレスネットワークにおけるストレス関連情報の伝播が抑制されることで、ストレスが軽減されることが示唆された。
根拠となった試験の抄録
ストレスは人間の生活に広く存在し、身体的および精神的健康の両方を脅かすため、ストレスへの対処は個人の生存と幸福にとって適応的な価値がある。神経系と生理系がストレス刺激にどのように反応するかについては広範な研究が行われているが、脳がこの刺激によって引き起こされるストレスにどのように動的に対処するかについては、比較的ほとんど知られていない。本研究では、一般的な対処行動であるガム咀嚼によってストレスがどのように軽減されるかを調査した。fMRI研究において、大きな音を急性ストレス因子として使用し、参加者にガムを咀嚼している状態と咀嚼していない状態でのストレス感を評価してもらった。参加者は一般的に、騒音を聞いているときはよりストレスを感じたが、同時にガムを咀嚼しているときはストレスを感じなかった。両側の上側頭溝(STS)と左前部島皮質(AI)は騒音によって活性化され、その活性化は自己申告によるストレス感と正の相関を示した。重要なことに、ガムを咀嚼することで、これらの領域における騒音誘発性の活性化が有意に減少した。心理生理学的相互作用(PPI)分析の結果、左島皮質(AI)と背側前帯状皮質(dACC)間の機能的結合は、ガムを噛んでいる時の方が噛んでいない時よりもノイズによって増加する程度が小さいことが示された。動的因果関係モデリング(DCM)では、ガムを噛むことで上側頭溝(STS)から左島皮質(AI)への結合が阻害されることが示された。これらの結果は、ガムを噛むことで外部ストレス要因の感覚処理が緩和され、脳のストレスネットワークにおけるストレス関連情報の伝播が抑制されることで、ストレスが軽減されることを示している。
引用文献
Gum chewing inhibits the sensory processing and the propagation of stress-related information in a brain network
Hongbo Yu et al. PMID: 23573184 PMCID: PMC3616056 DOI: 10.1371/journal.pone.0057111
PLoS One. 2013;8(4):e57111. doi: 10.1371/journal.pone.0057111. Epub 2013 Apr 3.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23573184/

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