― 医療安全調査機構が警鐘、急性腹症による死亡6例から考える(医療事故の再発防止に向けた警鐘レポートNo.7; 2026年10月)
腹痛や嘔吐が続く場合に注意すべきことは?
子どもの腹痛や嘔吐は、日常的によくみられる症状です。多くは胃腸炎や便秘などによるものですが、その中には緊急手術を必要とする病気が隠れていることがあります。
2026年10月、医療事故調査・支援センターを担う日本医療安全調査機構は「小児の急性腹症に関連した死亡」と題する警鐘レポートNo.7を公表しました。
この報告書では、腹痛や吐き気・嘔吐などを訴えて受診した幼児期から学童期の子どもが、腸管の絞扼などによる壊死や穿孔によって、外来受診から12~24時間で死亡した6例が報告されています。
重要なのは、単に重い病気を見逃さないという話ではありません。最初に胃腸炎や便秘症と診断されても、症状が続いたり、全身状態が変化したりした場合には、その診断を改めて検討する必要があるということです。
本記事では、警鐘レポートの内容を中心に、小児急性腹症の特徴、医療現場で起こりやすい判断の落とし穴、保護者が知っておきたい注意点を解説します。
「急性腹症」とは何か?
急性腹症とは、急に発症した腹痛などの腹部症状のうち、緊急の診断や治療が必要となる可能性のある病態を指す言葉です。特定の一つの病名ではありません。
子どもの腹痛では、感染性胃腸炎や便秘症などの比較的よくある病気に加えて、急性虫垂炎、腸重積症、腸閉塞なども鑑別する必要があります。
日本外科学会雑誌に掲載された小児急性腹症の解説でも、ありふれた腹痛の中から緊急性の高い疾患を見分ける難しさと、小児科医・小児外科医の連携の重要性が指摘されています。
特に危険なのが「絞扼性腸閉塞」
腸管のねじれや締め付けによって血流が障害される病態の模式的なイメージ図
出典元:drkishanav.com
腸閉塞は、腸の内容物が正常に通過できなくなる状態です。その中でも、腸がねじれたり締め付けられたりして血流まで障害されるものを、絞扼性腸閉塞と呼びます。血流が不足した状態が続くと、腸管の組織が壊死し、さらに腸に穴が開く「穿孔」に至ることがあります。こうした状態は生命に関わるため、迅速な評価と治療が必要です。
警鐘レポートで取り上げられた死亡事例も、腸管の絞扼や壊死、穿孔が重要な問題となっていました。
報告された死亡事例では何が起きていたのか?

警鐘レポートでは6例の死亡が報告されていますが、個別の経過が具体的に紹介されているのは2例です。
以下では、報告書の記載に沿って紹介します。
事例1:絞扼性腸閉塞による消化管穿孔が疑われた幼児

報告された死因:絞扼性腸閉塞による消化管穿孔の疑い
この事例で注目すべきなのは、腹痛や嘔吐が続いていたことに加えて、呼吸数が50回/分台に増加していた点です。
頻呼吸は発熱、痛み、脱水などでも生じますが、重篤な病態や循環不全の徴候である可能性もあります。腹部症状と併せて全身状態を再評価する必要があります。
事例2:メッケル憩室と絞扼性腸閉塞による腸管壊死

報告された死因:メッケル憩室、絞扼性腸閉塞による腸管壊死
この事例では、初期段階から強い腹痛や顔色不良に加え、超音波検査で腸管拡張と腹水が認められていました。その後も症状が続き、腹部膨満が進行しています。
これらの経過は、初期診断にとらわれず、外科的な病態の可能性を繰り返し評価する重要性を示しています。
※上記は報告書に記載された経過の整理であり、個々の診療行為の適否や、特定の処置が死亡原因であったことを判定するものではありません。
警鐘レポートが指摘した3つの落とし穴
① 最初の診断名に引きずられてしまう
最初に胃腸炎や便秘症と診断すると、その後の症状も同じ病気で説明しようとすることがあります。これは認知心理学でいう「アンカリング(初期情報への固着)」や「診断の早期確定」に関連する問題として理解できます。
例えば、便がたまっている画像所見や、浣腸後に少量の排便があったという事実だけでは、重篤な腸閉塞を否定できません。
初期診断は、経過によって修正される可能性のある仮説として扱う必要があるとされています。
② 引き継ぎ情報だけで病状を判断してしまう
報告書では、伝聞による引き継ぎや報告だけでは、患者の状態を十分に把握できない場合があると指摘しています。
特に小児では、痛みの場所や程度をうまく説明できないことがあります。
そのため、医療者による直接の再診察に加え、呼吸数、脈拍数、意識状態、顔色、腹部所見などの変化を確認することが重要とされています。
③ 静かになったことを「改善」と誤認する
これは今回の報告書の中でも、特に印象的な指摘です。強い痛みで泣いていた子どもが、急に静かになったり、寝ているように見えたりすることがあります。もちろん、実際に症状が改善して眠っている場合もあります。
しかし、報告書では、痛みの訴えが減ったことが必ずしも病状の改善を意味しないと警告しています。
重篤な病態の進行によって反応が乏しくなっている可能性もあるため、呼吸、脈拍、意識状態などを含めて判断する必要があります。
なぜ血圧が正常でも安心できないのか?
報告書では、小児のショックが進行する際の徴候についても注意喚起しています。

子どもは、循環状態が悪化しても、一定の段階までは心拍数の増加などによって血圧を維持できることがあります。そのため、血圧低下が確認されるまで待つことは危険です。
呼吸数や脈拍数の増加、顔色の悪化、反応の低下といった変化を早期に捉えることが重要となります。
医療現場では何をすべきか?
警鐘レポートの提言と、関連する小児外科領域の文献を整理すると、対応の中心は次のようになります。
| 状況 | 考慮すべき対応 |
|---|---|
| 胃腸炎・便秘症と診断後も腹痛や嘔吐が続く | 診断を再評価し、腸管の絞扼・穿孔などを鑑別する |
| 浣腸や絶飲食などの対応後も改善しない | 同じ対応を繰り返すだけでなく、再診察する |
| 頻呼吸・頻脈などが出現 | 全身状態と循環状態を速やかに再評価する |
| 強い腹痛、腹部膨満、腹水などを認める | 外科的病態を考慮し、必要な画像検査や外科医への相談を検討する |
| 自施設での評価・治療が困難 | 高次医療機関への搬送を考慮する |
画像検査については、超音波検査やCT検査が選択肢になります。ただし、すべての腹痛患者にCT検査を実施すべきという意味ではありません。小児では放射線被曝にも配慮する必要があり、病態や施設の対応能力に応じて検査を選択します。
日本外科学会雑誌の解説では、小児急性虫垂炎の評価において、一定の条件下で超音波検査を第一選択とする考え方が紹介されています。また、緊急性が高い場合には、検査の完了に固執せず、小児外科医との連携や搬送を優先することの重要性が示されています。
保護者が知っておきたい、再受診を考慮する症状
この報告書は主として医療従事者に向けたものですが、保護者にとっても重要な内容を含んでいます。
特に、胃腸炎や便秘症と診断された後でも、次のような状態では速やかな再受診が必要です。
- 腹痛や嘔吐が続く、または悪化する
- 強い痛みを繰り返す、痛みで落ち着かない
- お腹が著しく張ってくる
- 顔色が悪い、ぐったりしている
- 呼吸が普段より速い、呼吸の様子がおかしい
- 機嫌や反応が普段と明らかに異なる
これらは、必ずしも重篤な病気を意味するものではありません。しかし、重篤な病態の可能性を考える必要がある徴候です。
呼びかけへの反応が乏しい、意識が低下している、呼吸に明らかな異常がある場合は、再受診を待つのではなく119番通報を含む緊急対応が必要です。
また、保護者が「いつもと違う」と感じる変化は重要な情報です。医療機関へ相談する際には、症状の開始時刻、嘔吐の回数、腹痛の変化、排便の状況、飲水の可否などを伝えると、病状の評価に役立ちます。
薬剤師・薬局スタッフにもできること
今回の警鐘レポートは医師や看護師を主な対象としていますが、薬局でも小児の腹痛や嘔吐について相談を受けることがあります。特に注意したいのは、胃腸炎や便秘症という診断名を聞いたことで、現在の症状も安全だと判断してしまうことです。
例えば、処方された整腸剤や便秘治療薬について相談された場合でも、腹痛が強くなっている、嘔吐が続いている、顔色が悪いといった情報があれば、服薬方法の説明だけで相談を終えないことが重要です。
また、下剤や浣腸の使用について相談を受けた際、強い腹痛や嘔吐、腹部膨満などがあれば、腸閉塞などの可能性を考慮し、安易な追加使用を勧めず、医師による評価につなげる必要があります。
薬剤師が急性腹症の確定診断を行うことはできません。しかし、患者の状態が変化していることを捉え、適切な受診につなげる役割は担えます。
この報告書をどう解釈すべきか――批判的な視点
今回の警鐘レポートは、死亡事例から再発防止策を検討した医療安全資料です。そのため、通常の疫学研究とは異なる点に注意が必要です。
① 6例という数字は、発生頻度を意味しない
報告された6例は、医療事故調査制度に基づいて集積された死亡事例です。全国で発生したすべての小児急性腹症の死亡を網羅していると確認された数字ではありません。また、腹痛や嘔吐で受診した小児患者の総数も示されていません。
したがって、6例という数字から死亡率や発生確率を計算することはできません。
② 12~24時間は、すべての小児急性腹症の進行速度ではない
報告された事例では、外来受診から12~24時間で死亡に至っています。しかし、すべての腸閉塞や急性腹症が同じ時間で進行するわけではありません。この時間は、今回報告された死亡事例の経過として理解する必要があります。
③ 提言は、すべての死亡を防げることを保証しない
医療安全調査機構自身も、提示した対策ですべての死亡を回避できるわけではなく、個々の患者の状況によっては対策の実施が困難な場合もあると明記しています。そのため、結果だけを見て、特定の医療者や処置に原因を求めることは適切ではありません。
重要なのは、診断の再評価、状態変化の把握、医療者間の連携など、再発防止につながる仕組みを検討することです。
まとめ:最初の診断よりも、その後の変化に目を向ける
今回の警鐘レポートから学ぶべきことは、子どもの腹痛や嘔吐を必要以上に恐れることではありません。胃腸炎や便秘症などの一般的な病気の中に、まれではあっても緊急対応を要する病態が存在すること、そして初期診断後も症状や全身状態の変化を見逃さないことが重要です。
特に、腹痛や嘔吐の持続、頻呼吸や頻脈、顔色の悪化、反応の低下などは、再評価を考える重要な手掛かりとなります。
「一度診断されたから大丈夫」ではなく、「今の状態はどうか」を繰り返し確認すること。この考え方は、小児医療に限らず、医療安全全般に共通する重要な原則といえるでしょう。
そして、親御さんの「いつもの様子と何か違う」という感覚は、決して侮れない重要な情報です。是非、かかりつけの医師に報告してください。

✅まとめ✅ 腹痛や吐き気・嘔吐などを訴えて受診した幼児期から学童期の子どもが、腸管の絞扼などによる壊死や穿孔によって、外来受診から12~24時間で死亡した6例が報告された。
※本記事では、死亡事例数、経過、再発防止策については医療安全調査機構の一次資料を優先した。一般的な疾患解説や医療者間の連携については、別途確認した学術文献を補足した。

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