― 世界医薬品安全性監視データベースVigiBaseを用いた不均衡解析(BMJ Open. 2024)
臨床疑問
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は、せん妄(delirium)のリスクを高めるのか?
また、PPIによる低ナトリウム血症(hyponatraemia)がせん妄発症に関与しているのか?
研究の背景
せん妄は、高齢者、入院患者、多剤併用患者に多くみられる重要な有害事象です。
せん妄の誘因としては、感染症、手術、脱水、電解質異常、薬剤などが知られています。
近年、PPI使用後に低ナトリウム血症、意識障害、せん妄が発現した症例報告が蓄積しており、PPIとせん妄との関連が議論されてきました。
しかし、「PPIそのものがせん妄を引き起こすのか」あるいは「PPI誘発性低ナトリウム血症を介して生じるのか」は明らかではありませんでした。
そこで本研究では、世界最大級の薬剤安全性データベースであるVigiBaseを用いて検討が行われました。
情報元:PubMed論文ページ
臨床研究の概要(PICO)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| P(対象) | VigiBase報告症例 |
| I(曝露) | PPI使用 |
| C(比較) | 他薬剤使用 |
| O(評価項目) | せん妄報告およびせん妄+低Na血症報告 |
試験デザイン
本研究は、VigiBase、薬剤安全性データベース解析です。解析対象期間は、1991年1月1日〜2022年2月9日でした。
研究は2段階で実施されました。まず、PPI関連せん妄症例の特徴を記述しました。次に、Reporting Odds Ratio(ROR)を用いて、PPIとせん妄、PPIと「せん妄+低Na血症」の不均衡解析が行われました。
試験結果から明らかになったことは?

PPI関連せん妄報告
PPI関与が疑われたせん妄報告は、2,395件確認されました。
報告が多かったPPI
主な薬剤は、以下の3つであった。
| 薬剤 | 特徴 |
|---|---|
| オメプラゾール | 最多報告群 |
| エソメプラゾール | 頻度高い |
| パントプラゾール | 頻度高い |
でした。
低Na血症を伴う症例は11%
興味深いことに、PPI関連せん妄報告のうち、低ナトリウム血症を伴っていたのは11%でした。
つまり、約9割では低Na血症が明示的には報告されていませんでした。
不均衡解析
解析対象となったPPI使用症例は、1,264,798件でした。その中に、19,081件のせん妄報告が含まれていました。
PPI単独とせん妄
最も重要な結果です。PPI使用とせん妄との関連について、有意なシグナルは認められませんでした。
| 評価項目 | ROR(95%CI) |
|---|---|
| せん妄 | 0.89(0.87–0.91) |
RORが1を超えておらず、不均衡シグナルは検出されませんでした。
PPI+低Na血症+せん妄
一方で、低ナトリウム血症を伴うせん妄では結果が異なりました。
| 評価項目 | ROR(95%CI) |
|---|---|
| 低Na血症+せん妄 | 1.53(1.41–1.65) |
有意なシグナルが検出されました。
この結果は何を意味するのか?
本研究の結果を単純化すると「PPIそのものがせん妄を起こすシグナルは確認されなかった」。一方で、「PPI関連低ナトリウム血症を伴う場合にはせん妄報告が多かった」ということになります。
著者らの考察
著者らは、PPIとせん妄を結びつける主要な機序として、低ナトリウム血症が関与している可能性を指摘しています。
つまり、以下のようにPPIが低ナトリウム血症を引き起こし、結果としてせん妄リスクが増加しているという機序です。PPIそのもののリスクというよりも、低ナトリウム血症を引き起こしやすい背景を有する患者において、PPI使用によりせん妄リスクが増加している可能性が示唆されたことになります。
PPI
↓
低Na血症
↓
せん妄
試験の限界(批判的吟味)
本研究は薬剤疫学的に興味深いものの、いくつか重要な限界があります。
まず、VigiBaseは自発報告データベースであり、実際の発症率やリスクは算出できません。
また、報告バイアスや知名度バイアス(notoriety bias, 報告バイアスの一種)の影響を受けます。
さらに、高齢者では、感染症、認知症、脱水、入院など多くのせん妄リスク因子が存在します。これらの交絡因子は十分調整されていません。
低Na血症が実際にせん妄発症前から存在していたのか、発症後に検出されたのかも不明です。加えて、RORは因果関係を示す指標ではなく、シグナル検出指標に過ぎません。PRRなどの他のシグナル解析指標の検討もないため、誤シグナルである可能性もあります。
本研究から分かること
本研究は、PPIとせん妄との関連を考える際には、単純に「PPI=せん妄リスク」と考えるのではなく、低ナトリウム血症という媒介因子に注目すべき可能性を示しています。
特に、高齢者で食欲低下、倦怠感、意識変容、転倒などが出現した場合には、血清Na測定が重要かもしれません。
まとめ
今回のVigiBase解析では、PPI使用とせん妄との間に、有意な不均衡シグナルは認められませんでした。
一方で、低ナトリウム血症を伴うせん妄では、有意なシグナルが検出されました。
本研究は、PPIとせん妄との関連を説明する主要な機序として、低Na血症が関与する可能性を支持する結果と言えます。
今後は、前向き研究による因果関係の検証が期待されます。
PPI(エソメプラゾール、ランソプラゾール、オメプラゾール、パントプラゾール、ラベプラゾール、デクスランソプラゾール、デクスラベプラゾール、ボノプラザン、テゴプラザン)としては、日本未承認の薬剤も含まれており、日本においても同様の結果が示されるのかについては不明です。
再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 世界医薬品安全性監視データベースVigiBaseを用いた不均衡解析の結果、 PPIの関与が疑われたせん妄の報告のほとんどには、低ナトリウム血症の併発は認められなかった。しかし、低ナトリウム血症を伴うせん妄の場合を除き、PPIによるせん妄の報告が他の薬剤と比較して著しく多いという兆候は認められなかった。
根拠となった試験の抄録
目的: プロトンポンプ阻害薬(PPI)への曝露は低ナトリウム血症を引き起こす可能性があり、これはせん妄の一般的な原因である。文献では、PPI曝露と低ナトリウム血症を伴わないせん妄との関連性が示唆されている。本研究では、せん妄の報告とPPI曝露との関連性を明らかにし、低ナトリウム血症の有無にかかわらず、PPIとせん妄との関連性を評価することを目的とした。
試験デザイン: 請求データの記述的分析および不均衡分析。
試験設定: 1991年1月1日から2022年2月9日までの世界医薬品安全性監視データベースVigiBase。
主要評価項目および副次評価項目: 第1部では、PPIの関与またはPPIと他の薬剤との相互作用が疑われるせん妄の報告について記述しました。第2部では、せん妄症例と非症例を用いて、PPI曝露とせん妄またはせん妄/低ナトリウム血症の併発との関連性について、報告オッズ比(ROR)による不均衡シグナルを評価しました。
結果: PPI曝露が疑われるせん妄の報告は2395件特定されました。オメプラゾール、エソメプラゾール、パントプラゾールが最も頻繁に報告されたPPIでした。報告の11%に低ナトリウム血症が見られました。不均衡分析には、PPIを使用している患者の有害薬物反応の報告1,264,798件が含まれ、そのうち19,081件がせん妄の報告でした。PPI使用とせん妄の関連性について不均衡シグナルは見つかりませんでした(ROR 0.89、95% CI 0.87~0.91)。PPI使用とせん妄/低ナトリウム血症の同時発生との関連性が検出されました(ROR 1.53、95% CI 1.41~1.65)。
結論: PPIの関与が疑われたせん妄の報告のほとんどには、低ナトリウム血症の併発は認められなかった。しかし、低ナトリウム血症を伴うせん妄の場合を除き、PPIによるせん妄の報告が他の薬剤と比較して著しく多いという兆候は認められなかった。低ナトリウム血症はPPI曝露とせん妄を結びつける主なメカニズムである可能性があり、この可能性については前向き研究でさらに検討する必要がある。
治験登録番号 : NCT05815550
キーワード: 有害事象;臨床薬理学;せん妄;せん妄と認知障害
引用文献
Association between exposure to proton pump inhibitors and delirium: a descriptive and disproportionality analysis of VigiBase
Alexandre Decros et al. PMID: 39414279 PMCID: PMC11487780 DOI: 10.1136/bmjopen-2023-081911
BMJ Open. 2024 Oct 16;14(10):e081911. doi: 10.1136/bmjopen-2023-081911.
― 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39414279/

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