インフルエンザの異常行動はオセルタミビルが原因なのか?2019年時点の報告

09_感染症
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― 10代への使用制限が解除されるまで(Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2019)

臨床疑問

インフルエンザ患者にみられる重度の異常行動は、オセルタミビル投与に特有の有害事象なのか?それともインフルエンザ自体でも発生する現象なのか?
また、10代だけオセルタミビルの使用を制限する科学的根拠はあるのか?


研究の背景――なぜ日本だけ大きな問題になったのか

2007年、日本ではインフルエンザ罹患中の10代患者が、オセルタミビル服用後に高所から転落する事例などが問題となりました。

これを受けて厚生労働省は2007年、10代の患者についてオセルタミビルの使用を原則として控える安全対策を講じました。

当時における重要な問題は インフルエンザ → 異常行動 なのか、オセルタミビル → 異常行動 なのか、あるいは インフルエンザ+薬剤+患者背景 → 異常行動 なのかを、個々の症例報告だけでは区別できないことでした。

そこで2007/2008シーズン以降、岡部信彦氏を研究代表者とする研究班による全国調査が継続されました。さらに国内外の疫学研究・非臨床研究が蓄積され、約10年後に安全対策の再評価が行われました。

研究デザイン

ここは通常の臨床研究とは違います。本論文は新規のRCT、コホート研究、症例対照研究そのものではありません。

2007/2008シーズン以降の全国調査や、2009年以降に公表された国内外の疫学研究・非臨床研究などをレビューし、厚生労働省における警告文改訂の科学的背景を整理した論文です。

項目内容
対象となる問題インフルエンザ患者に発生する異常行動
主な比較オセルタミビル使用、その他の抗インフルエンザ薬使用、抗インフルエンザ薬非使用
年齢比較10代 vs 10歳未満など
主なアウトカム重度の異常行動
情報源全国調査、国内外の疫学研究、非臨床研究など
目的オセルタミビル特異的・10代特異的な規制を維持する根拠があるかの再評価

試験結果から明らかになったことは?

結果① 異常行動はオセルタミビルだけで起きていたわけではない

最も重要な知見です。重度の異常行動はオセルタミビル使用患者だけではなく、その他の抗インフルエンザ薬使用患者、さらに抗インフルエンザ薬を使用していない患者からも報告されました。

全国調査を報告した別論文でも、2006/07~2012/13シーズンについて858例の重度異常行動が報告され、その発生パターンはインフルエンザ様疾患の流行曲線と類似していました。そして、使用薬剤・抗ウイルス薬の種類と異常行動との特異的な関連は明確ではありませんでした。

つまり「異常行動が起きた。その前にオセルタミビルを飲んでいた。したがってオセルタミビルが原因である」という時間的前後関係だけでは、因果関係を確定できないことになります。


結果② 約70%は発熱から2日以内に発生

本論文によれば、異常行動の約70%が発熱開始から2日以内に発生していました。これは因果関係を考えるうえで非常に重要です。

オセルタミビルは通常、インフルエンザ発症早期に開始されます。一方、異常行動も発熱後早期に集中します。

したがって、インフルエンザ発症 → 発熱 → 抗インフルエンザ薬開始 という時期と、異常行動が起こりやすい時期 が重なります。

このため「服薬後に異常行動が起こった」という時間関係だけでは、薬剤による影響とインフルエンザそのものの影響を分離することが難しいのです。


この問題をよく示すSCCS研究

この難しさは、オセルタミビルと異常行動をself-controlled case series(SCCS)で検討した研究にも現れています。

約1万人の18歳未満のインフルエンザ患者を母集団とする研究から、重度の異常行動を生じた28人を解析したところ、オセルタミビル初回投与からTmaxまでをeffect period(適用期間)とした解析では、M-H RR 29.1(95%CI 4.21–201)という非常に大きな関連が観察されました。

一見すると「オセルタミビルで異常行動が約30倍」と読めそうです。

しかし著者ら自身が、このeffect periodはインフルエンザ発症早期の高熱期と重なっており、インフルエンザの自然経過による影響を適切に制御できないと指摘しました。そのため、このSCCSデザインはこの因果関係を評価するには適切ではないと結論しています。

これはまさに、confounding by disease course(疾患自然経過による交絡)と考えると理解しやすい問題です。


結果③ 治療群と非治療群で明確な差が認められなかった

今回の論文では、抗インフルエンザ薬による治療患者と非治療患者との間で、異常行動について差は認められなかったと整理されています。ここも表現には注意が必要です。

これは「抗インフルエンザ薬が異常行動を起こさないことが証明された」という意味ではありません。

観察研究で「差が検出されなかった」ことと、「因果的影響がゼロであることを証明した」ことは別だからです。

本論文自身も、薬剤と異常行動との潜在的な因果関係を除外することはできないと明記しています。


結果④ 「10代+オセルタミビル」が特別危険とは確認されなかった

2007年の規制では、オセルタミビル × 10代という組み合わせが特別扱いされました。しかし、その後のデータでは、オセルタミビルやその他の抗インフルエンザ薬を使用した患者について、10代と10歳未満で異常行動の頻度に明確な違いは認められませんでした。

つまり「10代だから特別」、「オセルタミビルだから特別」という2つの前提を支持する明確な疫学的根拠が得られなかったことになります。


ここまでの結果を整理すると

疑問得られた知見
オセルタミビル使用者だけに異常行動が起こる?いいえ。 他の抗インフルエンザ薬使用者、非使用者でも報告
異常行動はいつ多い?約70%が発熱後2日以内
抗インフルエンザ薬治療 vs 非治療明確な差は認められず
オセルタミビルだけ特別?特異的な関連を支持する明確な証拠なし
10代は10歳未満より特別?明確な頻度差なし
薬剤との因果関係を完全否定できる?できない
実務上の対応薬剤の種類にかかわらず、インフルエンザ患者の異常行動に注意

2018年、オセルタミビルだけの使用制限が解除

こうしたデータを踏まえて安全対策が再検討され、2018年に10代へのオセルタミビル使用を原則控えるという特有の制限が解除されました。

ただし「異常行動への警告そのものを削除した」わけではありません。むしろ考え方を、旧:オセルタミビルを服用した10代に特に注意 から 新:インフルエンザ患者では、抗インフルエンザ薬の種類や服用の有無にかかわらず異常行動に注意 へ変更した、と理解するのが適切です。

本論文では、各抗インフルエンザ薬の添付文書に「異常行動」について一貫した注意喚起を行うことになったと説明されています。


「オセルタミビルと異常行動は無関係」と結論してよいか?

そこまで言うことはできません。この論文はかなり慎重で「潜在的な因果関係を除外することは依然としてできない」としています。

したがって結論は「 × オセルタミビルが異常行動を起こすことが証明された」でも「 × オセルタミビルと異常行動は完全に無関係だと証明された」でもありません。

より正確には「オセルタミビルだけを異常行動の原因として特別扱いする疫学的根拠は明確ではなく、異常行動はインフルエンザそのものでも生じ得る。一方、抗インフルエンザ薬による寄与を完全に排除することもできない」という位置づけです。


批判的吟味(研究の限界)

1.これはシステマティックレビューやメタ解析ではない

最初に押さえておきたい点です。

本論文は、全国調査、国内外の疫学研究、非臨床研究などをもとに規制判断の経緯を整理した短い論文です。

したがって、PRISMAに基づく網羅的検索、明確な研究選択基準、バイアスリスク評価、メタ解析による統合効果量、GRADEによる確実性評価を行ったSR/MAではありません。

「過去10年間のエビデンスを定量的に統合して因果関係を否定した研究」と理解するのは不適切です。


2.異常行動と薬剤投与の時期が重なる――時間依存性交絡

このテーマ最大の問題です。

抗インフルエンザ薬は発症早期に投与されます。異常行動も発熱後2日以内に約70%が集中します。したがって、薬を飲んだ → その後異常行動が起きた という時間順序だけでは、薬剤によるものか、インフルエンザの自然経過によるものか区別できません。

前述したSCCS研究でも、非常に大きなRRが得られた一方、リスク期間と高熱期が重なるため因果推論が困難でした。


3.適応による交絡も考える必要がある

薬剤選択はランダムではありません。

例えば重症度、年齢、剤形選択の可否、医療機関の方針などによって、オセルタミビル、ザナミビル、ラニナミビル、ペラミビル、無治療の選択が異なる可能性があります。

したがって薬剤別の異常行動頻度を単純比較すると、患者背景やインフルエンザ重症度の違いを薬剤効果と誤認する可能性があります。

これは観察研究による薬剤安全性評価の典型的な問題です。


4.報告バイアスの影響を無視できない

2007年前後にはオセルタミビルと異常行動が社会的に大きく注目されました。その結果、「オセルタミビル服用後の異常行動」が他の状況より報告されやすくなった可能性があります。

実際、日本の処方・報告動向を調べた研究では、2007年の行政措置後、10~19歳へのオセルタミビル処方と同年齢層からの異常行動報告が減少する一方、10歳未満のオセルタミビル関連報告やザナミビル関連報告が増加しました。

自発報告件数だけから薬剤固有のリスクを推定するのが難しい理由です。


5.「差がない」ことと「同じ」は違う

本論文では治療患者と非治療患者で差が認められなかったとされています。しかし、有意な差がない ≠ 同等性です。

特に稀な有害事象では、検出力不足によって真の小さなリスク増加を見逃す可能性があります。

したがって、この研究群から「抗インフルエンザ薬による異常行動リスクは完全にゼロ」とは言えません。


6.インフルエンザ自体の神経精神症状との区別が難しい

インフルエンザでは、薬剤を使用する前から異常行動が生じることがあります。

実際、22人の異常行動を伴う小児を調べた報告では、13人ではオセルタミビル開始前、9人では開始後に異常行動が出現していました。両群で臨床経過などに大きな違いは認められませんでした。

これはオセルタミビルが異常行動発生の必要条件ではないことを支持します。

ただし、この小規模研究だけで薬剤の寄与を否定できるわけでもありません。


この論文の強み

最大の強みは、規制を一度導入した後、そのまま固定化せず、約10年間に蓄積したデータによって再評価したことです。

2007年当時は、転落など重大な事例を受けて予防的な安全対策が採られました。

しかし、その後、全国規模の異常行動調査、薬剤別・年齢別の比較、非投与患者との比較、国内外の疫学研究、非臨床研究などを蓄積し、「オセルタミビル×10代だけを特別扱いすることが妥当か」を再検討しました。

これは薬剤安全対策が、一度警告したら永久にそのままではなく、新しいエビデンスによって規制内容そのものを更新するという医薬品安全性監視/規制科学の好例といえます。


その後のエビデンスはどうなったのか?

ここからは2019年の対象論文より後に公表された情報です。

2026年には、厚労省が収集した2006/07~2021/22シーズンの異常行動報告を解析した研究が公表されました。その研究でも、著者らはオセルタミビルだけがインフルエンザ患者の異常行動リスクを高めることを示す結果ではないと結論しています(PMID: 41862079)。これは2019年論文の規制判断と整合する方向の追加エビデンスです。

ただし、この2026年研究も観察データであり「オセルタミビルによる因果的リスクが完全にゼロ」と証明するものではありません。


薬剤師としてどう説明するか

患者・保護者から「タミフルを飲むと異常行動が起きるんですよね?」と聞かれた場合、「タミフルだけが原因とは考えられていません」だけでは少し足りません。

より正確には「異常行動はタミフルを服用した患者だけでなく、他のインフルエンザ薬を使った患者や、薬を使っていないインフルエンザ患者でも報告されています。そのため現在はタミフルだけを特別扱いするのではなく、インフルエンザそのものでも異常行動が起こり得ることを前提に注意する、という考え方になっています。ただし、薬剤が関与する可能性まで完全に否定されたわけではありません」という説明が、この論文のニュアンスをかなり正確に反映しています。

患者からすれば、薬剤が影響する可能性もあるのならば使いたくないと考えることもあるでしょう。

インフルエンザ感染症そのもの、あるいはインフルエンザ感染に伴う高熱により異常行動が引き起こされているとすれば、抗インフルエンザ薬と解熱剤を使用することでリスクを低減できる可能性もあります。この点については別の記事でご紹介します。

ここで重要なのは「薬を飲まなければ異常行動は起こらない」と誤解させないことです。


この論文から学べる薬剤疫学上のポイント

この事例は、因果推論の教材としても非常に面白いものです。観察された時間関係は、

インフルエンザ発症
↓
発熱
↓
オセルタミビル開始
↓
異常行動

です。

これだけを見ると「服薬後に起きた」ように見えます。しかし実際には、

 インフルエンザ発症
  ↙︎      ↘︎
薬剤投与    異常行動

という共通原因の構造も考えられます。

さらに、重症度 → 薬剤選択、重症度 → 異常行動という適応による交絡も入り得ます。だからこそ「薬を飲んだ後に起こった」=「薬が原因」とは限りません。

一方、「インフルエンザでも起こる」=「薬剤は絶対に関係ない」とも限りません。この両方向の飛躍を避けることが、今回の論文を読むうえで最も重要です。

まとめ

Takeuchiらは、2007年に導入された10代へのオセルタミビル使用制限について、その後約10年間に蓄積した全国調査、疫学研究、非臨床研究などを踏まえて再評価しました。

重度の異常行動はオセルタミビル使用患者だけでなく、他の抗インフルエンザ薬使用患者や非使用患者でも認められ、約70%は発熱開始から2日以内に発生していました。また、抗インフルエンザ薬治療患者と非治療患者で明確な差は認められず、オセルタミビル等を使用した患者について10代と10歳未満の異常行動頻度にも明確な差は確認されませんでした。

これらを踏まえ、オセルタミビルだけを対象とした10代への使用制限は解除され、抗インフルエンザ薬全体で異常行動への注意を促す方向へ変更されました。

ただし、本論文は抗インフルエンザ薬と異常行動との因果関係を完全に否定したものではありません。

したがって一文でまとめるなら「インフルエンザに伴う重度の異常行動は、オセルタミビル服用者だけでなく他の抗インフルエンザ薬使用者や非使用者にも発生し、その多くは発症早期に集中する。蓄積された疫学的知見は『10代+オセルタミビル』だけを特別に制限する根拠を支持しなかったため、日本では2018年にこの特有の使用制限が解除された。一方、薬剤が異常行動に寄与する可能性そのものを完全に除外したわけではなく、薬剤の種類・服用の有無にかかわらず、インフルエンザ患者では異常行動への注意が必要である。」という理解が、2019年の対象論文の結論を過不足なく表しています。

引き続き追っていきたいテーマです。

続報に期待。

five oblong medication pills

✅まとめ✅ 日本の疫学調査の結果、オセルタミビルおよびその他の抗インフルエンザ薬を投与された患者において、10代と10歳未満の患者の間で異常行動の発生頻度に明確な違いは見られなかった。

根拠となった試験の抄録

目的:2007年、インフルエンザに罹患した日本の10代の若者2名がオセルタミビルを服用後に高層ビルから転落したことを受け、厚生労働省は10代の若者へのオセルタミビルの処方を控えるよう警告した。厚生労働省の薬事・食品衛生審議会小委員会では、過去10年間の抗インフルエンザ薬に関する研究や傾向に基づき、抗インフルエンザ薬の警告文の改訂について議論が行われた。

方法:岡部信彦博士が率いる研究グループは、2007/2008年のインフルエンザシーズン以降、全国規模の調査を実施した。また、2009年以降のインフルエンザ患者における異常行動に関する国内外の疫学研究および非臨床研究の結果をレビューした。

結果:あらゆる種類の抗インフルエンザ薬を服用しているインフルエンザ患者だけでなく、未治療の患者においても、重篤な異常行動が報告されている。抗インフルエンザ薬による治療の有無にかかわらず、患者には一定のリスクが存在するが、異常行動と抗インフルエンザ薬との間に潜在的な因果関係を完全に否定することは依然としてできない。異常行動の70%は発熱開始後2日以内に発生した。抗インフルエンザ薬を投与された患者と投与されなかった患者との間に差は認められなかった。オセルタミビルおよびその他の抗インフルエンザ薬を投与された患者において、10代と10歳未満の患者の間で異常行動の発生頻度に明確な違いは見られなかった。

結論:オセルタミビルにのみ適用されていた、10代への使用を禁じる特定の「ボックス警告」および使用制限は解除された。したがって、日本ではすべての抗インフルエンザ薬の添付文書に、異常行動が生じる可能性に関する一貫した警告が記載されている。

引用文献

Oseltamivir phosphate-Lifting the restriction on its use to treat teenagers with influenza in Japan
Satoshi Takeuchi et al. PMID: 30834626 DOI: 10.1002/pds.4721
Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2019 Apr;28(4):434-436. doi: 10.1002/pds.4721.Epub 2019 Mar 4.
― 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30834626/

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