PCI実施前にP2Y12阻害薬を開始した方が良いのか?
■ 導入
経皮的冠動脈形成術(PCI)を受ける患者に対して、P2Y12阻害薬(クロピドグレル、プラスグレル、チカグレロルなど)をPCI前に投与すべきか否かは、長年議論されてきたテーマです。
特に、慢性冠症候群(CCS)や非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)の患者では、手技中の急性ステント血栓症(stent thrombosis)をどこまで防げるかが臨床上非常に重要です。
今回紹介する論文は、フランス全土のPCIデータ 5万3,898件(4万4,412人)を解析した大規模リアルワールド研究です。
結論として、PCI前のP2Y12阻害薬投与(プレトリートメント)は、ステント血栓症および1年後の主要心血管イベント(MACE)を減少させたことが明らかとなりました。
試験結果から明らかになったことは?
■ 研究概要(France PCI Registry, 2014–2020)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| デザイン | 観察研究(前向きレジストリ解析) |
| 解析対象 | 53,898件のPCI(44,412人) |
| 期間 | 2014–2020年 |
| 対象疾患 | 慢性冠症候群(CCS)/非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI) |
| 群分け | ・P2Y12阻害薬プレトリートメントあり:83.2% ・なし:16.8% |
| 主要評価項目 | 入院中の「確定ステント血栓症」 |
| 副次項目 | 1年後のMACE、全死亡、重大出血 |
■ 結果
◆ 主要評価項目:入院中ステント血栓症
プレトリートメント群は有意にステント血栓症が少なかった。
| 群 | 発生率 | OR (95%CI) |
|---|---|---|
| プレトリートメントあり | 0.1% | 0.35 (0.22–0.57) |
| なし | 0.4% | 参照 |
➡ 実臨床でまれとはいえ、差は明確。約65%のリスク低減。
◆ 1年後の臨床アウトカム
| 評価項目 | プレトリートメントあり | なし | OR (95%CI) |
|---|---|---|---|
| MACE | 6.6% | 7.8% | 0.83 (0.74–0.92) |
| 全死亡 | 4.6% | 6.0% | 0.71 (0.63–0.80) |
➡ 1年後のMACE・全死亡ともに有意に低下。
◆ 重大出血
重大出血(入院中)は 両群で差なし。
| 群 | 発生率 |
|---|---|
| プレトリートメントあり | 増加なし |
| なし | 参照 |
論文内では、「出血リスクは上昇しなかった」と明確に記載されている。
■ この研究が示す臨床的ポイント
1. 急性ステント血栓症の抑制に明確な効果
プレトリートメント群では、入院中ステント血栓症が0.1%と非常に低く、
OR 0.35という明確なリスク低減が示された。
早期ステント血栓症は致死率が高いため、この差は臨床的に大きい。
2. 1年後のMACEおよび全死亡を減少
MACE:OR 0.83
死亡:OR 0.71
死亡率が約30%低下している点は注目に値する。
3. 出血リスクの増加は認めず
P2Y12阻害薬の早期投与は、出血懸念から控えるべきという議論があるが、
本研究では「出血リスクの上昇なし」と結論づけている。
■ 研究の限界
- 本研究は観察研究であり、因果関係は断定できない。
- プレトリートメント群と非プレトリートメント群の背景因子の違いが影響している可能性がある。
- プレトリートメントを「選択した医師の判断」がバイアスとなる可能性。
- 登録レジストリのため、P2Y12阻害薬の種類、服薬時点の厳密性、アドヒアランスなど詳細情報は制限されている。
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■ まとめ
この大規模レジストリ研究は、以下の結論を提示している:
- PCI前のP2Y12阻害薬プレトリートメントにより、
- 入院中のステント血栓症が有意に減少
- 1年後のMACE・全死亡も低下
- 出血リスクの増加はみられなかった
特に、早期ステント血栓症のリスクを確実に減らしており、
選択的なプレトリートメントは依然として臨床的に重要な戦略である
と研究グループは結論付けています。
しかし、レジストリ研究であることから、あくあまでも相関関係が示されたにすぎません。また人種や地域性が影響している可能性もあります。
日本人を含めたアジア人でも同様の結果が得られるのか、更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 大規模実臨床コホートにおいて、P2Y12阻害剤による前治療は、入院中のステント血栓症の有意な減少と、重篤な出血リスクの増加なしに1年臨床転帰の改善と関連していた。
根拠となった試験の抄録
背景: 経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を受ける患者におけるP2Y12阻害薬療法の開始時期については依然として議論が続いている。本研究では、PCIを受けた慢性冠症候群および非ST上昇型心筋梗塞患者において、二重抗血小板療法(DAPT)前治療が早期ステント血栓症に及ぼす影響を解析した。
方法: 2014年から2020年までの「フランスPCI」レジストリにおける53,898件のPCI手技(患者44,412人)のデータを解析した。患者はP2Y12阻害薬前治療群(83.2%)と無前治療群(16.8%)に分けられた。
主要評価項目は、院内における確定的ステント血栓症の発症率とした。
結果: 前治療群は、入院中のステント血栓症の発生率を有意に低下させた(0.1% vs 0.4%、オッズ比[OR] 0.35、95%信頼区間[CI] 0.22-0.57)。1年後、前治療群は主要心血管イベント(6.6% vs 7.8%、オッズ比[OR] 0.83、95%信頼区間[CI] 0.74-0.92)および全死亡率(4.6% vs 6.0%、オッズ比[OR] 0.71、95%信頼区間[CI] 0.63-0.80)が低かった。注目すべきことに、前治療群では主要出血イベントの有意な増加は認められなかった。
結論: この大規模実臨床コホートにおいて、P2Y12阻害剤による前治療は、入院中のステント血栓症の有意な減少と、重篤な出血リスクの増加なしに1年臨床転帰の改善と関連していた。本研究の結果は、PCIを受ける患者の虚血転帰改善において、抗血小板薬前治療の選択的使用が依然として重要な役割を果たす可能性を示唆している。
引用文献
Impact of P2Y12 Inhibitors Pretreatment on Stent Thrombosis in Patients Undergoing Percutaneous Coronary Intervention: Insight France PCI Registry
Grégoire Rangé et al. PMID: 41173457 DOI: 10.1016/j.cjca.2025.10.027
Can J Cardiol. 2025 Oct 30:S0828-282X(25)01286-3. doi: 10.1016/j.cjca.2025.10.027. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41173457/

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