高齢の高血圧患者においても厳格な降圧療法が有用?その治療期間は?
血圧の管理に関する診療ガイドラインの推奨には矛盾がありますが、65歳以上の高血圧患者を対象とした4試験のメタ解析から、厳格な血圧管理によって心血管イベントのリスクを低減できることが示されました(PMID: 28153104)。このことは、すべての年齢層で収縮期血圧の低下が心血管疾患の予後改善につながることを示した別の2報のメタ解析でも支持されています(PMID: 34461040、PMID: 26724178)。
さらに最近、60~80歳の患者を対象としたSTEP(Strategy of Blood Pressure Intervention in the Elderly Hypertensive Patients)試験の結果、収縮期血圧を110~130mmHgに設定する集中治療が、130~150mmHgを目標とする標準治療に比べて心血管イベントのリスクを低減することが示されました(PMID: 34491661)。60歳以上の患者は通常、糖尿病、腎機能低下、左室肥大、高脂血症など、心血管リスクに非常に大きな不均質性を有しています。したがって、集中的な血圧管理を考える場合、臨床家は潜在的なリスク(例えば、急性腎障害、低血圧、失神、転倒、電解質異常)に対する有益性を個別に検討する必要があります(PMID: 30920928、PMID: 31825114)。
治療の害はすぐに生じますが、利益は時間とともに生じるため、この利益を得られるまでの時間差(time to benefit, TTB)を組み込んだ予防治療決定の個別化の枠組みが議論されており、余命が限られた患者は予防の潜在的害にさらされ、利益の可能性はほとんどないと主張されてきました(PMID: 24322396、PMID: 23749475)。
スタチン(PMID: 33196766)、乳がん、大腸がん検診(PMID: 25881903、PMID: 23299842)、ビスホスホネート療法(PMID: 34807231)のTTBを推定した研究は限られています。60歳以上の患者において、集中的な血圧コントロールが有効である可能性が高いケースとしての、患者余命がどれくらいであるかについては依然として明らかとなっていません。
そこで今回は、高齢の高血圧患者における血圧コントロール療法の個別化を支援するために、ランダム化比較試験から得られたエビデンスに基づき、参加者個人のデータを解析し、より厳格な血圧コントロールと標準的な血圧コントロールのTTBを明らかにした試験の結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
6試験(オリジナルデータ2試験、再構成データ4試験)、27,414名(平均年齢70歳、女性56.3%)が解析に含まれ増した。
収縮期血圧の目標値を140mmHg未満とした集中的な血圧治療は、MACEの21%減少と有意に関連していました(ハザード比 0.79、95%CI 0.71〜0.88;P<0.001)。
(集中的な血圧治療を行った患者) | 必要な期間 | 絶対リスク減少 ARR |
MACE 1件予防/患者500人 | 平均9.1ヵ月 (95%CI 4.0~20.6) | 0.002 |
MACE 1件予防/患者200人 | 平均19.1ヵ月 (95%CI 10.9 〜34.2) | 0.005 |
MACE 1件予防/患者100人 | 平均34.4ヵ月 (95%CI 22.7〜59.8) | 0.01 |
集中的な血圧治療を行った患者500人あたり1件のMACEを予防するには、平均で9.1(95%CI 4.0~20.6)ヵ月必要でした(絶対リスク減少 [ARR] 0.002)。同様に、200人(ARR 0.005)および100人(ARR 0.01)あたりの1件のMACEを回避するために、それぞれ19.1(95%CI 10.9 〜34.2)および34.4(95%CI 22.7〜59.8)ヵ月が見積もられました。
コメント
高齢の高血圧患者においても厳格な降圧療法が有用であることが、いくつかの試験により示されています。しかし、その有用性が示されるまでの治療期間については明らかとなっていません。
さて、本試験結果によれば、60歳以上の高血圧患者に対して、集中的な降圧治療は、余命3年以上の一部の成人には適しているようでしたが、1年未満の成人には適していない可能性があることが示唆されました。ただし、いずれの場合も絶対リスク減少は微々たるものです。
とはいえ、MACEリスクが高い患者においては、必要な期間は短くなり、絶対リスク減少は大きくなると考えられます。どのような患者において、より現あっ区な治療を行なった方が良いのかについて治療戦略の立案と考察が求められます。
✅まとめ✅ 60歳以上の高血圧患者に対して、集中的な降圧治療は、余命3年以上の一部の成人には適しているが、1年未満の成人には適していない可能性があることが示唆された。
根拠となった試験の抄録
試験の重要性:最近の診療ガイドラインでは、60歳以上の成人では収縮期血圧の目標を150mmHg未満、あるいは130mmHg未満とすることが推奨されている。しかし、集中的な血圧治療による害はすぐに発生し(例:失神、転倒)、心血管イベント減少の利益は時間の経過とともに出現する。したがって、特に余命の限られた人々にとっては、有益となる可能性の低い害を明確にする必要がある。
試験の目的:60歳以上の患者において、集中的な血圧治療から臨床的ベネフィットを得る可能性があるまでに必要な時間を推定すること。
試験デザイン、設定、参加者:この二次解析には、60歳以上の高血圧患者27,414例を対象とした公表済みのランダム化比較試験の患者個人データを含む。患者レベルの生存データは、元のデータが利用できない場合に再構築された。2021年10月15日までPubMedを検索し、公表された臨床試験を特定した。
曝露:集中的な血圧低下と標準的な血圧低下の比較
主要アウトカムと指標:心筋梗塞、脳卒中、心血管死亡など、各試験で定義された主要有害心血管イベント(MACE)は、どの試験でもほぼ同様であった。
結果:6試験(オリジナルデータ2試験、再構成データ4試験)、27,414名(平均年齢70歳、女性56.3%)が解析に含まれた。収縮期血圧の目標値を140mmHg未満とした集中的な血圧治療は、MACEの21%減少と有意に関連していた(ハザード比 0.79、95%CI 0.71〜0.88;P<0.001)。集中的な血圧治療を行った患者500人あたり1件のMACEを予防するには、平均で9.1(95%CI 4.0~20.6)ヵ月必要であった(絶対リスク減少 [ARR] 0.002)。同様に、200人(ARR 0.005)および100人(ARR 0.01)あたりの1件のMACEを回避するために、それぞれ19.1(95%CI 10.9 〜34.2)および34.4(95%CI 22.7〜59.8)ヵ月が見積もられた。
結論と関連性:本解析では、60歳以上の高血圧患者に対して、集中的な降圧治療は、余命3年以上の一部の成人には適しているが、1年未満の成人には適していない可能性があることが示唆された。
引用文献
Time to Clinical Benefit of Intensive Blood Pressure Lowering in Patients 60 Years and Older With Hypertension: A Secondary Analysis of Randomized Clinical Trials
Tao Chen et al. PMID: 35532917 PMCID: PMC9086939 DOI: 10.1001/jamainternmed.2022.1657
JAMA Intern Med. 2022 Jun 1;182(6):660-667. doi: 10.1001/jamainternmed.2022.1657.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35532917/
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