慢性腎臓病(CKD)に対するアパベタロンの効果はどのくらいか?
慢性腎臓病は、一般成人の少なくとも10%が罹患しており、心血管疾患の負担が大きく、臨床転帰が悪いことが知られています。慢性腎臓病の主な原因は2型糖尿病であり、地域によっては慢性腎臓病患者の半数が糖尿病を患っていると言われています(2020年の米国データ)。
糖尿病とCKDはともに、冠動脈疾患、脳血管疾患、うっ血性心不全、死亡のリスクを高めることに強く関連しています。CKDによる心血管リスクの増大は、糖尿病が原因であるか否かにかかわらず、異常な炎症、レニン・アンジオテンシン系の調節障害、脂質異常症、血小板の過剰反応、内皮機能障害、血管石灰化、血栓促進環境などと関連しています(PMID: 15385656)。また、CKD患者ではアルカリホスファターゼが一般的に上昇しており、心血管系疾患のリスクに寄与している可能性があります(PMID: 28502983)。
エピジェネティックモジュレーターは、遺伝子の転写を修飾する新しい薬理学的薬剤です。ブロモドメインおよびエクストラターミナル(BET)ドメインタンパク質は、エピジェネティックリーダーとして機能し、活性化したクロマチンと相互作用して、転写可能な遺伝子を含むDNAの領域を開きます。BETタンパク質は、ヒストン上のアセチル化されたリジン酸、転写因子、およびヒストン修飾因子と結合し、クロマチンと転写装置の間の分子足場を形成して、転写およびmRNAの産生を促進することによって、心血管疾患の様々なモデルにおける不適応な遺伝子発現に寄与します。したがって、BETタンパク質の阻害は、CKD患者を含む心血管疾患のリスクが高い人において、疾患に起因する細胞の再反応を変化させる可能性があります。
アパベタロンは、ブロモドメイン2に選択的に結合する経口BET阻害剤であり、抗炎症作用およびアルカリホスファターゼ低下作用を有しています。第3相試験であるBETonMACE(Effect of RVX000222 on Time to Major Adverse Cardio-Vascular Events in High-Risk T2DM Subjects With CAD)では、2型糖尿病でHDLコレステロールが低く、急性冠症候群を発症した患者を対象に、アパベタロンとプラセボの投与を比較しました。その結果、アパベタロン投与群では主要な心血管イベント(MACE)が減少しましたが、その効果は統計的に有意ではありませんでした。
そこで今回は、糖尿病、CKD及び急性冠症候群を有する集団におけるBETonMACE試験の事後解析結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
観察期間の中央値は27ヵ月(四分位範囲 20~32ヵ月)でした。慢性腎臓病(CKD)患者において、アパベタロンはプラセボと比較して、主要な心血管イベントの減少(13/124例(11%) vs. 35/164例(21%)、ハザード比 0.50、95%信頼区間 0.26~0.96)および心不全による入院の減少(3/124例(3%) vs. 14/164例(9%)、ハザード比 0.48、95%信頼区間 0.26~0.86)と関連していました。
非CKD群では、主要心血管系有害事象のハザード比は0.96(95%信頼区間 0.74~1.24)、心不全関連の入院は0.76(95%信頼区間 0.46~1.27)でした。治療効果に対するCKDの交互作用は、主要心血管系有害事象でP=0.03、心不全関連入院でP=0.12でした。
アパベタロン vs. プラセボ | eGFR<60 mL/min/1.73m2 | eGFR≥60 mL/min/1.73m2 | 交互作用のP値 |
主要評価項目 MACE | 0.50 (0.26〜0.96) | 0.96 (0.74〜1.24) | 0.03 |
複合イベント MACE+慢性心不全 | 0.48 (0.26〜0.88) | 0.91 (0.71〜1.17) | 0.03 |
アウトカムの構成要素 | |||
心血管死 | 0.47 (0.18〜1.24) | 1.02 (0.98〜1.60) | 0.12 |
非致死性心筋梗塞 | 0.59 (0.26〜1.33) | 0.89 (0.64〜1.24) | 0.26 |
非致死性脳卒中 | 0.57 (0.11〜2.97) | 1.36 (0.62〜2.96) | 0.20 |
慢性心不全による入院 | 0.25 (0.07〜0.92) | 0.76 (0.46〜1.27) | 0.12 |
CKD患者では、アパベタロン群とプラセボ群にかかわらず、有害事象の発生数は同程度であり(119例(73%) vs. 88例(71%))、重篤な有害事象はアパベタロン群で少ないことが示されました(29% vs. 43%、P=0.02)。
コメント
BET阻害薬は、がん治療に対する新しい薬剤であり、開発が進められています。その中でも新規の作用機序を有するブロモドメイン2に選択的に結合する経口BET阻害剤アパベタロンは、心血管疾患の様々なモデルにおける不適応な遺伝子発現に制御できる可能性があります。しかし、2型糖尿病でHDLコレステロールが低く、急性冠症候群を発症した患者を対象に実施されたBETonMACE試験では、プラセボに対する優越性が認められませんでした。糖尿病とCKDはともに、冠動脈疾患、脳血管疾患、うっ血性心不全、死亡のリスクを高めることに強く関連していることから、CKDを合併した集団における層別解析の結果が待たれていました。
さて、本試験結果によれば、糖尿病及び急性冠症候群を有し、かつCKDを合併する集団において、プラセボと比較して、MACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)の発生率を有意に低下させました。ただし、あくまでも仮説生成的な結果であることから、追試が求められます。
BETonMACE試験の結果も鑑みると、心血管リスクが高いCKD合併の糖尿病患者においては、標準治療へのアパベタロン追加により、利益が最大化するかもしれません。続報に期待。
✅まとめ✅ アパベタロンは、心血管疾患の負担が大きいCKDおよび2型糖尿病患者において、主要な心血管有害事象の発生率を低下させる可能性がある。
根拠となった試験の抄録
背景と目的:慢性腎臓病と2型糖尿病は、相互に影響し合って、主要な心血管イベント(心血管死、非致死性心筋梗塞、脳卒中)やうっ血性心不全のリスクを高めている。不適応なエピジェネティックな反応が心血管リスクの要因であり、ブロモドメインおよびエクストラターミナルドメイン転写システムの選択的なモジュレーターであるapabetalone(アパベタロン)による修正が可能であると考えられる。この疑問について、第3相試験であるBETonMACEの事前規定の解析で検討した。
試験デザイン、設定、参加者および測定:BETonMACEは、ベースラインでeGFR<60ml/min/1.73m2のCKD患者288例を含む、2型糖尿病と急性冠症候群の最近の発症を有する参加者 2,425例を対象に、主要有害心血管イベントおよび心不全による入院に対するアパベタロンとプラセボの効果を比較したイベントドリブン、ランダム化、二重盲検、プラセボ対照試験であった。
BETonMACEの主要評価項目は、最初の主要有害心血管イベントが発生するまでの時間で、副次的評価項目は心不全による入院までの時間だった。
結果:観察期間の中央値は27ヵ月(四分位範囲 20~32ヵ月)であった。慢性腎臓病患者において、アパベトロンはプラセボと比較して、主要な心血管イベントの減少(13/124例(11%) vs. 35/164例(21%)、ハザード比 0.50、95%信頼区間 0.26~0.96)および心不全による入院の減少(3/124例(3%) vs. 14/164例(9%)、ハザード比 0.48、95%信頼区間 0.26~0.86)と関連していた。非CKD群では、主要心血管系有害事象のハザード比は0.96(95%信頼区間 0.74~1.24)、心不全関連の入院は0.76(95%信頼区間 0.46~1.27)であった。
治療効果に対するCKDの相互作用は、主要心血管系有害事象でP=0.03、心不全関連入院でP=0.12であった。
CKD患者では、アパベタロン群とプラセボ群にかかわらず、有害事象の発生数は同程度であり(119例(73%) vs. 88例(71%))、重篤な有害事象はアパベタロン群で少なかった(29% vs. 43%、P=0.02)。
結論:アパベタロンは、心血管疾患の負担が大きいCKDおよび2型糖尿病患者において、主要な心血管有害事象の発生率を低下させる可能性がある。
Keywords: CKD stage 5; alkaline phosphatase; apabetalone; cardiovascular; chronic kidney disease; diabetes; diabetes mellitus; epigenetic pharmacotherapy; major adverse cardiovascular events.
引用文献
Effect of Apabetalone on Cardiovascular Events in Diabetes, CKD, and Recent Acute Coronary Syndrome: Results from the BETonMACE Randomized Controlled Trial – PubMed
Kamyar Kalantar-Zadeh et al. PMID: 33906908 DOI: 10.2215/CJN.16751020
Clin J Am Soc Nephrol. 2021 May 8;16(5):705-716. doi: 10.2215/CJN.16751020. Epub 2021 Apr 27.
— 続きを読む pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33906908/
コメント