レンボレキサントに切替えることで不眠症状が改善するのか?
オレキシンは、睡眠と覚醒のスイッチング機能を担う脳内の神経伝達物質です。発見当初は食欲を促進する物質と考えられていましたが、オレキシンの遺伝子欠損マウスでの検証結果から、食事量は減少するものの、睡眠発作を繰り返すことが明らかになりました。このことからオレキシン受容体を遮断する薬剤が睡眠薬になると考えられ、創薬が行われました。
レンボレキサントは、オレキシンの受容体OX1RおよびOX2Rの二重拮抗薬であり、不眠症に使用されています。
今回ご紹介するのは、ベンゾジアゼピン系薬剤、Z-ドラッグ(BZD)、スボレキサント、ラメルテオン、ミルタザピン、トラゾドン、抗精神病薬などの他の睡眠導入薬から、二重オレキシン受容体拮抗薬であるレンボレキサントに3ヵ月間切り替えた場合の有効性と安全性を検討するために実施された後向き研究の結果です。
本試験は、2020年12月から2022年2月までに堀越心療内科クリニックで治療を受けた患者61例の診療録から得られた臨床データ(Athens Insomnia Scale(AIS)、Epworth Sleepiness Scale(ESS)、Perceived Deficits Questionnaire-5(PDQ-5)など)を解析しました。
主要アウトカムは、3ヵ月後のAISスコアの平均変化でした。副次的アウトカムは、ESSスコアとPDQ-5スコアの3ヵ月にわたる平均変化であり、これらに加えてジアゼパム投与前と投与後の等価量も比較されました。
Athens Insomnia Scale(AIS):アテネ不眠尺度
アテネ不眠尺度は、世界保健機関(WHO)が中心になって設立した「睡眠と健康に関する世界プロジェクト」が作成した世界共通の不眠症の判定方法。8つの質問に対する回答を最大24点で数値化し、不眠重症度を測定する尺度。
1~3点:睡眠がとれています
4~5点:不眠症の疑いが少しあります
6点以上:不眠症の可能性が高いです
Epworth Sleepiness Scale(ESS):エプワース眠気尺度
エプワース眠気尺度は、現代の日常生活でよく行う活動において、”うとうとする” 可能性を測定する尺度で、1つの概念で構成されている。項目数は8項目でそれぞれの項目に対する回答は4段階の選択肢から成り、各項目の回答に対して0から3の点数が与えられる。最大24点で数値化。
5点未満:日中の眠気少ない
5~10点:日中の軽度の眠気あり
11点以上:日中の強い眠気あり
※11点以上だと睡眠時無呼吸症候群の疑いが強いと考えられます。
Perceived Deficits Questionnaire-5(PDQ-5)
主観的な認知機能障害を測定する質問紙。20項目から構成される自己記入式の評価尺度であり、総スコアと4つのサブスコア(注意力、回顧的記憶、将来的記憶、計画と組織化)が得られる。患者に過去4週間以内の認知機能を評価するよう指示する。各項目は、0(まったくない)〜5(ほぼ常に)までの5段階で評価される。サブスケールを組み合わせた結果、0~80の範囲の合計スコアが得られ、スコアが高いほど認知障害がより大きいことを示す。
試験結果から明らかになったことは?
変更後1ヵ月 | 2ヵ月 | 3ヵ月 | |
平均AISスコア | -2.98±5.19 P<0.001 | -3.20±5.64 P<0.001 | -3.38±5.61 P<0.001 |
平均ESSスコア | -0.49±3.41 P=0.27 | 0.082±4.62 P=0.89 | -0.64±4.80 P=0.30 |
平均PDQ-5スコア | -1.17±2.47 P=0.004 | -1.05±2.97 P=0.029 | -0.64±4.80 P=0.30 |
総ジアゼパム相当量 | – | – | 11.3±20.6 P<0.001 |
平均AISスコアはレンボレキサントに変更後3ヵ月にわたって低下しました(1ヵ月:-2.98±5.19、P<0.001; 2ヵ月:-3.20±5.64、P<0.001; 3ヵ月:-3.38±5.61、P<0.001)。
平均ESSスコアはベースラインから1ヵ月(-0.49±3.41、P=0.27)、2ヵ月(0.082±4.62、P=0.89)、3ヵ月(-0.64±4.80、P=0.30)まで変化しませんでした。
平均PDQ-5スコアは、ベースラインから1ヵ月(-1.17±2.47、P=0.004)、2ヵ月(-1.05±2.97、P=0.029)、3ヵ月(-1.24±3.06、P=0.013)にわたって改善しました。
総ジアゼパム相当量も減少しました(ベースライン 14.0±20.2 vs. 3ヵ月 11.3±20.6、P<0.001)。
コメント
他の睡眠導入薬からオレキシン受容体拮抗薬であるレンボレキサントへの切替え効果については充分に検証されていません。
さて、日本の単施設の後向き解析の結果、他の催眠薬からレンボレキサントに切り替えることで、ベンゾジアゼピン系薬剤に関連するリスクを低減できる可能性が示されました。睡眠の質(AISスコア)について、他の睡眠薬からレンボレキサントに切替えることで、3ヵ月間に渡り有意にスコアの改善が認められています。
AISのMCIDについて、腰痛患者を対象とした試験では平均1.9であることが報告されています(PMID: 32126108)。したがって、本試験にそのまま外挿することは困難ですが、本試験で得られた値の方が大きいことは結果を判断する上で一つの判断材料になります。
試験規模が小さいこと、単施設の後向き解析であることから、より大規模な試験での再検証が求められます。
続報に期待。
✅まとめ✅ 他の催眠薬からレンボレキサントに切り替えることで、ベンゾジアゼピン系薬剤に関連するリスクを低減できる可能性が示された。
根拠となった試験の抄録
研究の目的:ベンゾジアゼピン系薬剤、Z-ドラッグ(BZD)、スボレキサント、ラメルテオン、ミルタザピン、トラゾドン、抗精神病薬などの他の催眠薬から、二重オレキシン受容体拮抗薬であるレンボレキサントに3ヵ月間切り替えた場合の有効性と安全性を検討するために、後方視的研究を行った。
方法:2020年12月から2022年2月までに堀越心療内科クリニックで治療を受けた患者61例の診療録から得られた臨床データ(Athens Insomnia Scale(AIS)、Epworth Sleepiness Scale(ESS)、Perceived Deficits Questionnaire-5(PDQ-5)など)を解析した。
主要アウトカムは、3ヵ月後のAISスコアの平均変化であった。副次的アウトカムは、ESSスコアとPDQ-5スコアの3ヵ月にわたる平均変化であった。また、ジアゼパム投与前と投与後の等価量も比較した。
結果:平均AISスコアはレンボレキサントに変更後3ヵ月にわたって低下した(1ヵ月:-2.98±5.19、P<0.001; 2ヵ月:-3.20±5.64、P<0.001; 3ヵ月:-3.38±5.61、P<0.001)。平均ESSスコアはベースラインから1ヵ月(-0.49±3.41、P=0.27)、2ヵ月(0.082±4.62、P=0.89)、3ヵ月(-0.64±4.80、P=0.30)まで変化しなかった。平均PDQ-5スコアは、ベースラインから1ヵ月(-1.17±2.47、P=0.004)、2ヵ月(-1.05±2.97、P=0.029)、3ヵ月(-1.24±3.06、P=0.013)に改善した。総ジアゼパム相当量も減少した(ベースライン 14.0±20.2 vs. 3ヵ月 11.3±20.6、P<0.001)。
結論:本研究により、他の催眠薬からレンボレキサントに切り替えることで、ベンゾジアゼピン系薬剤に関連するリスクを低減できる可能性が示された。
キーワード:ベンゾジアゼピン、レンボレキサント、オレキシン受容体拮抗薬、Z-ドラッグ
引用文献
Switching to lemborexant for the management of insomnia in mental disorders (the SLIM study)
Sho Horikoshi et al. PMID: 37243798 DOI: 10.5664/jcsm.10668
J Clin Sleep Med. 2023 May 30. doi: 10.5664/jcsm.10668. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37243798/
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