― スペインで実施された多施設横断研究(HARIPA試験; Circ Cardiovasc Qual Outcomes. 2025)
臨床疑問(Clinical Question)
心血管疾患で入院した患者は、自身の将来の心血管リスクや治療・手技に伴う合併症リスクを、主治医と同程度に理解しているのでしょうか?
研究の背景
心血管疾患(Cardiovascular Disease:CVD)は、世界で最も多い死亡原因であり、再発予防には患者自身が疾患やリスクを正しく理解することが重要です。
患者が将来のリスクを理解していれば、服薬アドヒアランス、生活習慣改善、リハビリテーション参加、定期受診などの二次予防につながる可能性があります。
しかし実臨床では、医師は十分説明したと考えている、患者は理解したつもりになっているという認識のズレがしばしば問題となります。
そこで本研究(HARIPA:Heart Risk Perception and Communication Inpatient Study)では、患者と循環器医双方へのアンケートを用いて、将来リスク認識、手技合併症の説明、医師と患者の認識一致度を評価しました。
PICO
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| P(Patients) | 心血管疾患で入院した18歳以上の患者 |
| I(Intervention / Exposure) | 医師によるリスクコミュニケーション |
| C(Comparison) | 患者と医師の認識の比較 |
| O(Outcome) | リスク認識の一致度、合併症説明の理解度 |
※本研究は観察研究であり、厳密な介入研究ではありません。
試験デザイン
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究デザイン | 多施設横断研究 |
| 研究名 | HARIPA Study |
| 実施国 | スペイン |
| 施設数 | 28施設 |
| 登録期間 | 2022年10月〜2023年3月 |
| 対象 | 循環器入院患者 |
| 患者数 | 943例 |
| 平均年齢 | 68.2歳 |
| 女性 | 29.4% |
主な入院理由
| 疾患 | 割合 |
|---|---|
| 虚血性心疾患 | 41.3% |
| その他循環器疾患 | 58.7% |
評価項目
研究では、患者と医師が将来の心血管リスク、合併症リスクについて、それぞれ独立して回答しました。
一致度はκ(カッパ係数)*で評価されました。
*κ係数:複数の評価者(または2つの検査方法)による分類や診断の一致度を評価する統計指標。偶然の一致を排除して「真の一致度」を-1〜1の範囲で表し、1に近いほど一致度が高いことを示す。
試験結果から明らかになったことは?

診断の一致度
| 評価項目 | κ係数 |
|---|---|
| 入院診断 | 0.72 |
十分な一致(Substantial agreement)が認められました。
将来の心血管リスク認識
| 評価項目 | 結果 |
|---|---|
| 重み付きκ係数(Weighted κ) | 0.29 |
一致度は低い結果でした。
患者は、医師より将来リスクを低く見積もる傾向が認められました。
手技合併症リスクの説明
| 評価項目 | κ係数 |
|---|---|
| 手技合併症リスク説明 | 0.34 |
中等度以下の一致でした。
「充分に説明された」と感じた患者
| 項目 | 割合 |
|---|---|
| 充分に説明されたと感じた患者割合 | 76.9% |
約8割の患者は、説明を受けたと回答しました。
実際に合併症が起こった患者
208例が合併症を経験しました。
そのうち69.3%は「その合併症について事前説明を受けていなかった」と回答しました。
研究結果まとめ
| 評価項目 | 結果 |
|---|---|
| 診断理解 | 良好 |
| 将来リスク理解 | 不充分 |
| 合併症理解 | 不充分 |
| 患者は将来リスクを過小評価 | Yes |
著者らの結論
心血管診療では、患者と医師との間に将来リスク、手技合併症について大きな認識のギャップが存在しました。
患者個々に合わせたリスクコミュニケーションを行うことで、二次予防や健康アウトカム改善につながる可能性があります。
試験の限界(批判的吟味)
本研究は、患者と医師双方の視点からリスクコミュニケーションを評価した貴重な多施設研究ですが、いくつかの限界があります。
① 横断研究であり因果関係は示せない
本研究は入院中の一時点でアンケートを実施した横断研究です。そのため、リスク認識の差が服薬アドヒアランスや再発率などの臨床アウトカムにどのような影響を及ぼすかは評価できません。
② アンケート調査による回答バイアス
患者・医師とも自己記入式アンケートであり、記憶違いや社会的望ましさバイアス(「十分説明した」「理解した」と回答しやすい傾向)の影響を受ける可能性があります。
③ コミュニケーションの質そのものは評価していない
本研究では説明内容の「有無」や認識の一致度を評価していますが、説明時間、使用した資料、平易な言葉で説明したかなど、コミュニケーションの質や方法までは検証していません。
④ スペインの医療制度に基づく研究である
対象はスペイン28施設であり、文化的背景やインフォームド・コンセントの実施方法、医療制度が異なる国へ結果をそのまま一般化することはできません。
⑤ 合併症説明の評価は患者の記憶に依存する
合併症を経験した患者の約7割が「説明されていなかった」と回答しましたが、実際に説明がなかったのか、それとも説明内容を十分に記憶・理解できていなかったのかは区別できません。
⑥ κ係数の解釈には注意が必要
κ係数は一致度を評価する有用な指標ですが、回答の分布(有病率やカテゴリの偏り)の影響を受けます。そのため、κ値だけでコミュニケーションの質を単純に評価することはできません。
臨床への応用
本研究は、診断名は共有できていても「将来どの程度リスクがあるのか」という認識は患者と医師で大きく異なることを示しました。患者は将来の心血管リスクを過小評価する傾向があり、また合併症を経験した患者の多くが「事前に説明を受けていなかった」と感じていました。
この結果は「説明したこと」と「患者が理解・記憶したこと」は必ずしも一致しないことを示唆しています。実臨床では、一方向的な説明だけでなく、患者に内容を言い返してもらうTeach-back法や、図表・リスクチャートなどを用いた視覚的な説明を組み合わせることで、理解度の向上につながる可能性があります。
また、リスクコミュニケーションの改善は、服薬アドヒアランスや生活習慣改善といった二次予防にも影響する可能性があり、今後はコミュニケーション手法そのものを介入対象とした研究が期待されます。
まとめ
- スペイン28施設、943例を対象としたHARIPA Study
- 医師と患者で入院診断の認識は良好に一致した(κ=0.72)
- 将来の心血管リスクの認識一致度は低く(weighted κ=0.29)、患者はリスクを過小評価する傾向があった
- 手技合併症リスクに関する認識一致度も低かった(κ=0.34)
- 合併症を経験した患者の69.3%が「事前に説明を受けていなかった」と回答
- 横断研究であり因果関係は示せないものの、患者に合わせたリスクコミュニケーションの重要性を示した臨床的意義の大きい研究である。
他の国や地域でも同様の結果が示されるのか、再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ スペインで実施された横断研究の結果、心血管疾患治療におけるリスクコミュニケーション、特に将来のリスクや合併症に関するコミュニケーションに重大なギャップがあることを明らかにした。
根拠となった試験の抄録
背景: 効果的なリスクコミュニケーションは、世界的な死亡原因の第一位である心血管疾患の管理において不可欠です。患者と医師間の明確なコミュニケーションは、情報に基づいた意思決定を支援しますが、理解のギャップは依然として存在します。本研究では、心血管イベントによる入院中のリスクコミュニケーションの質を、患者と医師の視点から評価し、リスク認識の不一致および関連要因を特定することを目的としました。
方法: スペイン心臓病学会によるHARIPA研究 (入院患者における心臓リスク認識とコミュニケーション) は、2022年10月から2023年3月にかけてスペイン全土の28の病院で実施された多施設横断研究です。この研究には、構造化された質問票に回答できる18歳以上の連続した心臓病入院患者 (緊急または予定) が含まれました。参加医師も並行して質問票に回答しました。これらの質問票では、入院時の診断、将来の心血管リスクの認識、および潜在的な処置合併症に関するコミュニケーションが評価されました。回答間の一致は、カッパ係数 (順序変数に重み付け) を使用して評価され、人口統計学的および臨床的要因の影響 (95% 信頼区間付きオッズ比) を調べるために多変量ロジスティック回帰が使用されました。
結果: 943 人の患者 (平均年齢 68.2歳、女性 29.4%) が対象となりました。入院理由として最も多かったのは虚血性心疾患 (41.3%) でした。回答は、カッパ係数 0.72 で、実質的な一致を示しました。将来の心血管リスクに関する患者と医師の一致度は低く (加重κ: 0.29)、患者はしばしば自分のリスクを過小評価していました。また、処置に伴う潜在的な合併症の評価については、一致度は中程度でした (κ: 0.34)。患者の 76.9% は処置のリスクについて十分な説明を受けたと回答しましたが、合併症を経験した患者 (n=208) の 69.3% は、それについて警告を受けていなかったと回答しました。
結論: 本研究は、心血管疾患治療におけるリスクコミュニケーション、特に将来のリスクや合併症に関するコミュニケーションに重大なギャップがあることを明らかにしました。十分な情報を得た患者は予防療法を遵守する可能性が高いため、個々の患者の特性に合わせてコミュニケーション戦略を調整することで、理解を深め、認識を臨床現場の実態に合致させ、健康状態の改善につながる可能性があります。
キーワード: 心血管系;コミュニケーション;認識;危険因子
引用文献
Patient and Physician Perspectives on Cardiovascular Risk: A Multicenter Survey of Communication Gaps Among Hospitalized Patients in Spain
Juan Górriz-Magaña et al.
Circ Cardiovasc Qual Outcomes. 2025 Oct;18(10):e011837. doi: 10.1161/CIRCOUTCOMES.124.011837. Epub 2025 Sep 8.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40916807/

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