― Perspective takingの有効性を25の実験で検証した研究から考える ―
私たちは日常的に
「相手の立場に立って考えなさい」
「相手の気持ちを想像すれば分かり合える」
と教えられてきました。
医療現場においても、患者視点・家族視点に立つことは、コミュニケーションの基本として重視されています。
しかし、
“相手の立場に立つ(perspective taking)ことは、本当に相手の考えや感情を正確に理解することにつながるのか?”
この素朴で重要な問いに、実験的に真正面から答えた研究は、実は多くありません。
今回ご紹介する論文は、この問いに対して25の実験を用いて体系的に検証した、非常に示唆的な研究です。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究の背景と目的
背景
- Perspective taking(他者の視点を想像すること)は
- 共感を高める
- 偏見を減らす
- 対人理解を深める
と広く信じられている
- しかし
- 「正確に相手を理解できるか(accuracy)」
- 「自分基準の思い込み(egocentrism)」
が混同されて評価されてきた
研究目的
- Perspective taking が、他者の思考・感情・態度を“より正確に”予測できるようにするのかを検証する
- 自信の増加や自己満足ではなく、客観的な正答率(accuracy)で評価する
◆研究デザインの概要
本研究は、25の独立した実験から構成されています。
主なタスク(正確性評価の例)
- 表情や姿勢から感情を推測する
- 作り笑顔か本物の笑顔かを見分ける
- 嘘をついているか真実を語っているかを判断する
- 配偶者の行動選好や消費者態度を予測する
◆群分け
- Perspective taking 群
→「相手の立場に立って考えるように」と指示 - 対照群
→ 特別な指示なし、あるいは客観的判断を促す指示
◆評価指標
- 他者の状態をどれだけ正確に当てられたか(accuracy)
- 判断に対する自信の程度
- 自己中心性(egocentrism)の低下有無
試験結果から得られた学びは?
① 正確性(accuracy)は向上しなかった
- Perspective takingによって、他者理解の正確性が一貫して向上する証拠は得られなかった
- 実験によっては
- 正確性が変わらない
- むしろ低下する
という結果も認められた
② 自信は高まることがあった
- Perspective taking 群では
- 判断に対する自信が高まる
という傾向が一部で観察された
- 判断に対する自信が高まる
- しかし
- 自信の増加 ≠ 正確性の向上
であり、過信のリスクが示唆された
- 自信の増加 ≠ 正確性の向上
③ 自己中心性(egocentrism)は減少した
- Perspective takingにより
- 「自分ならこう感じるはず」という自己投影は減少
- ただし
- その代わりに用いられた情報が、必ずしも正確ではなかった
④ 「直接聞く」ことは有効だった
- 最終実験では
- 実際に相手と会話し、相手の視点を “得る(getting perspective)”
→ 正確性は有意に向上
- 実際に相手と会話し、相手の視点を “得る(getting perspective)”
- 単なる想像(taking perspective)ではなく
- 新しい情報を得ることが、理解の正確性に不可欠であることが示された
重要な示唆:Taking perspective と Getting perspective の違い
本研究は、以下の点を明確に区別しています。
| 概念 | 内容 | 正確性への影響 |
|---|---|---|
| Taking perspective | 相手の立場を「想像」する | 一貫した向上なし |
| Getting perspective | 相手から直接話を聞く | 正確性が向上 |
他者理解を高めるには、想像ではなく情報が必要である
この結論は、医療・看護・薬剤師業務における
「患者理解」や「服薬指導」にも極めて重要な示唆を与えます。
試験の限界(Limitation)
本研究は非常に包括的ですが、以下の限界があります。
- 実験環境の限界
- 多くの課題は実験室的・短時間の判断課題
- 実際の長期的・複雑な人間関係を完全に反映しているとは限らない
- 対象集団の偏り
- 主に一般成人・学生サンプル
- 医療現場や高ストレス環境での対人理解とは条件が異なる可能性
- Perspective takingの定義が限定的
- 指示による短時間の「視点取得」を対象
- 長期的な共感訓練や専門的コミュニケーション教育の効果は評価していない
- 感情的関与の深さは評価外
- 感情的共鳴や関係性の構築といった側面は主要評価項目ではない
したがって、
「Perspective takingが常に無意味である」
と結論づけることはできず、適用範囲には注意が必要です。
医療・対人支援への示唆
本研究は、次のような実践的示唆を与えます。
- 「患者の立場に立つ」だけでは不十分
- 実際に患者の言葉を聞くことが理解の精度を高める
- 共感を重視するあまり
- 思い込みや過信が生じるリスクにも注意が必要
- 良質な対人理解には
- 想像よりも情報収集と対話が重要
コメント
◆まとめ
- Perspective takingは
- 自己中心性を減らす効果はある
- しかし 他者理解の正確性を一貫して高めるとは限らない
- 他者を正しく理解するには
- 想像ではなく、相手から直接情報を得ることが不可欠
- 「相手の立場に立つ」ことは
- 出発点であって、ゴールではない
相手の立場を「想像」することは素晴らしいことですが、必ずしも相手が考えていることや思っていることを正確に理解できるとは限りません。
単なる思い込みにならないように会話し、対話を通して他者を理解しようとする “姿勢” が肝要なのかもしれません。
そのためには、自己を俯瞰することが欠かせません。忘れないようにしたいところです。
続報に期待。

✅まとめ✅ 対人関係における正確性を高めるには、他者に関する既存の知識を活用するのではなく、新しい情報(相手のことをより知ることができる情報)を得ることが必要なようであった。
根拠となった試験の抄録
他者の視点に立つことは、対人理解を深めると広く考えられています。しかしながら、他者の思考、感情、態度、その他の精神状態を予測する際の視点取得が正確性を高めるかどうかを実際に検証した実験はごくわずかです。検証した実験は、一貫性のない結果をもたらすか、正確性と自己中心性を混同しています。本稿では、他者の視点に立つように指示されることで対人洞察力が高まるかどうかを検証した25の実験を報告する。これらの実験には、自己中心性と正確性を切り離す、表情や姿勢から他者の感情を予測する、偽りの笑顔と本物の笑顔を予測する、人が嘘をついているか真実を語っているかを予測する、配偶者の活動の好みや消費者の態度を予測するなど、幅広い正確性テストが含まれている。事前テスト参加者の大多数は、視点取得がこれらの課題における正確性を体系的に向上させると信じていたが、実際にそうであるという一貫した証拠は見つからなかった。むしろ、視点取得は全体的な正確性を低下させる一方で、時折、判断への自信を高めることもあった。視点の取得は自己中心的バイアスを軽減しましたが、代わりに使用された情報は体系的に正確性が向上したわけではありませんでした。最後の実験では、会話を通じて他者の視点を直接得ることで正確性が向上したのに対し、視点の取得は正確性を向上させないことが確認されました。対人関係における正確性を高めるには、他者に関する既存の知識を活用するのではなく、新しい情報を得ることが必要であるようです。したがって、他者の心を理解するには、単に相手の立場を想像するのではなく、相手の視点を取得しようとすることが必要になります。
引用文献
Perspective mistaking: Accurately understanding the mind of another requires getting perspective, not taking perspective
Tal Eyal et al. PMID: 29620401 DOI: 10.1037/pspa0000115
J Pers Soc Psychol. 2018 Apr;114(4):547-571. doi: 10.1037/pspa0000115.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29620401/

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