― 情報理論(surprisal)を用いた新しい片頭痛リスク評価モデル(JAMA Netw Open. 2025)
片頭痛のトリガーリストに代わる概念?
片頭痛を有する人にとって「何が発作の引き金(トリガー)なのか」を知ることは長年の課題です。睡眠不足、ストレス、天候、食事など、候補は無数にあり、しかも日によって影響が変わります。
こうした背景から、近年は固定的なトリガーリストでは限界があると指摘されてきました。
そこで今回は、情報理論の概念である 「surprisal(驚き度)」 を用いて、日常生活の “予測不能さ” そのものが片頭痛発作リスクと関連するかを検討した研究をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
◆背景
従来の片頭痛研究では、
- 特定の要因(チョコレート、天候、月経など)
- 自己申告による「思い当たるトリガー」
が主に評価されてきました。しかし、
- トリガーは個人差が大きい
- 同じ要因でも毎回発作を起こすとは限らない
という問題があります。
本研究はこの問題に対し、
「その人にとって、どれだけ“いつもと違う1日だったか”」
を数値化するという、新しい視点を導入しました。
◆研究概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究デザイン | 前向きコホート研究 |
| 実施期間 | 2021年4月〜2024年12月 |
| 対象 | 片頭痛患者109名 |
| 年齢中央値 | 35歳(IQR 26–46) |
| 性別 | 女性 93.5% |
| 観察方法 | 最大28日間、1日2回の電子日誌 |
| 評価対象 | 行動・感情・環境要因(睡眠、ストレス、天候など) |
| 主要評価項目 | トリガー曝露後12時間・24時間以内の頭痛発作 |
◆「surprisal(サプライザル)」とは何か?
surprisal とは、情報理論に基づく指標で、
「起こりにくい出来事が起きたときの驚きの大きさ」
を表します。
本研究では、
- 各参加者ごとに
- 過去の生活パターンから
- 「その日の出来事がどれだけ非典型的か」
を bit(情報量) として算出しました。
👉 重要な点
- トリガーを「固定の項目」で評価していない
- 個人内比較(within-person) に基づく指標である
◆試験結果
主要解析:surprisalと片頭痛発作リスク
| 評価時点 | オッズ比(OR) | 95%信頼区間 | p値 |
|---|---|---|---|
| 12時間以内 | 1.86 | 1.12–3.08 | 0.02 |
| 24時間以内 | 2.15 | 1.44–3.20 | <0.001 |
→ surprisalが高いほど、短時間以内の片頭痛リスクが上昇
ランダム効果モデル(個人差を考慮後)
| 評価時点 | 調整後OR | 95%信頼区間 | p値 |
|---|---|---|---|
| 12時間以内 | 1.56 | 1.01–2.40 | 0.04 |
| 24時間以内 | 1.88 | 1.27–2.79 | 0.002 |
→ 個人差を調整すると関連はやや弱まるが、統計学的に有意
補足結果のポイント
- 最近のsurprisal履歴が、現在のリスクに影響
- 12時間以内の発症では非線形(単純な直線関係ではない)挙動を示した
- 参加者間で、
- もともとの発作リスク
- surprisalとの関連の強さ
に大きな個人差が存在
試験の限界
本研究には以下の限界があります。
- 観察研究であり因果関係は証明できない
- surprisalが原因か、前駆症状の一部かは不明
- 対象者の大多数が女性(93.5%)
- 男性への一般化には注意が必要
- 自己記録(日誌)に依存
- 記録漏れ・主観的評価の影響を完全には排除できない
- 評価期間が最大28日間と比較的短い
- 長期的な再現性は未検証
- surprisalは複合指標
- どの要因が特に寄与したかは直接的に特定できない
臨床・セルフマネジメントへの示唆
- 「○○がトリガー」という固定的発想からの転換
- 生活の“乱れ”や“予測不能性”そのものに注目
- デジタル日誌・アプリと組み合わせることで、
- 個別化されたリスク予測
- 早期の予防行動
が可能になる可能性
コメント
◆まとめ
本研究は、
- 片頭痛のトリガーを
- 単一要因ではなく「日常の非典型性(surprisal)」として捉える
という新しい枠組みを提示しました。
✔ surprisalが高い日は、12〜24時間以内の片頭痛リスクが上昇
✔ 個人差は大きいが、関連は一貫して観察された
✔ デジタルヘルスとの親和性が高い概念
今後は、長期研究・介入研究を通じて、
「surprisalを下げる行動」が実際に発作予防につながるかが検討課題となります。
再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 本コホート研究において、サプライズ(普段起きないことが起きて驚く場合)は、短期的な片頭痛リスクと関連する可能性が示唆された。
根拠となった試験の抄録
試験の重要性: 片頭痛の誘因を特定することは、片頭痛患者にとって共通の目標ですが、誘因となる可能性のある要因の数が膨大で、その変動性も大きいため、依然として困難です。情報理論的驚き(すなわち、観察された曝露の確率の負の対数)によって定量化された測定システムは、将来の片頭痛発作の可能性のある幅広い誘因を評価する上で有用となる可能性があります。
目的: 驚きの頭痛発作と将来の頭痛発作との関連性を評価する。
デザイン、設定、および参加者: 2021 年 4 月から 2024 年 12 月にかけて実施されたこのコホート研究には、片頭痛の潜在的な誘因と誘因暴露後 12 時間および 24 時間以内の片頭痛発作について日誌への記入を完了した片頭痛患者 109 名が含まれていました (最大 28 日間、1 日 2 回)。
曝露: 日記項目は、片頭痛の潜在的な誘因となる行動、感情、環境への曝露を記録した。参加者の日々の経験の意外性を定量化するため、個人内経験確率分布を用いて、情報ビット単位で測定された総驚きスコアを計算し、各日の経験がどれほど非典型的であったかを反映させた。
主要評価項目および指標: 主要評価項目は、誘因曝露後12時間および24時間以内の頭痛発作の発現(0:発作なし、1:発作あり)とした。頭痛発作は、0~10の数値評価尺度(0は痛みなし、10は最も強い痛み)において0を超える痛みを自己申告した頭痛、および二次症状(例:光恐怖症および音恐怖症)のあらゆるパターンと定義した。ベースラインリスクにおける個人差と、予期せぬ関連の強さを定量化するために、級内相関係数および分散成分を算出した。
結果: 解析には合計109名の参加者が含まれた。参加者の年齢の中央値は35歳(26.0~46.0歳)で、大多数が女性(102名 [93.5%])であった。104名の参加者が完全な日記(5176件)を記録しており、5145日のうち1518日(29.5%)に頭痛を経験した。驚きの度合いが高いほど、12時間以内(オッズ比[OR] 1.86、95%信頼区間1.12~3.08、P = .02)および24時間以内(オッズ比2.15、95%信頼区間1.44~3.20、P < .001)の片頭痛リスク増加と有意に関連しており、オッズ比が高いほど、より長い間隔でより強い関連が観察されたことを示している。現在の驚きと片頭痛発症との関連は、最近の驚きの履歴によって緩和され、12時間後には非線形特性を示した。ランダム効果モデルでは個人間で大きなばらつきが見られ、調整後、総驚きと頭痛発作リスクとの関連は弱まった(12時間ではオッズ比1.56、95%信頼区間1.01-2.40、P = .04、24時間ではオッズ比1.88、95%信頼区間1.27-2.79、P = .002)。
結論と関連性: 本コホート研究において、サプライズ(驚き)は、短期的な片頭痛リスクと関連する誘因の予測不可能性に関する、新たな個別化指標を提供した。サプライズをデジタルツールに組み込むことで、個別化された予防戦略が改善され、静的な誘因リストを超えて、動的な状況認識型片頭痛自己管理モデルへと発展する可能性がある。
引用文献
Information-Theoretic Trigger Surprisal and Future Headache Activity
Dana P Turner et al. PMID: 41217751 PMCID: PMC12606372 DOI: 10.1001/jamanetworkopen.2025.42944
JAMA Netw Open. 2025 Nov 3;8(11):e2542944. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2025.42944.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41217751/

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