介護施設スタッフを対象としたシミュレーショントレーニングの効果とは?
認知症患者には、特有の緩和および終末期のニーズがあります。しかし、介護施設に入居している認知症患者にとって、質の高い緩和ケアや終末期ケアへのアクセスは、しばしば最適とは言えません。質の高いケアを提供するための知識と技術を身につけるために、認知症に特化した緩和ケアに関する介護施設スタッフのトレーニングが必要であることが認識されています。
そこで今回は、認知症患者の計画外の転院や入院中の死亡を減らすために、介護施設スタッフを対象としたシミュレーショントレーニング(IMPETUS-D)の有効性を評価したクラスターランダム化比較試験の結果をご紹介します。
本試験はナーシングホームを対象としたクラスターランダム化比較試験で、プロセス評価も同時に実施されました。試験対象は、オーストラリア3都市の24のナーシングホーム(介入12/対照12)に住む認知症患者1,304例、その家族、直接介護スタッフでした。
ランダム化はナーシングホーム(クラスター)単位で実施されました。介入ナーシングホームのスタッフはIMPETUS-Dトレーニングの介入を受け、対照ナーシングホームのスタッフは通常のトレーニングの機会を受けました。
主要評価項目は、認知症患者のうち、6ヵ月後の予定外の転院や院内死亡の割合が、介入ナーシングホームと対照ナーシングホームで20%減少することでした。
試験結果から明らかになったことは?
介入群 (12施設、n=608) | 対照群 (12施設、n=696) | オッズ比 (95%CI) | |
6ヵ月後の予定外の転院 | 128例 (21.1%) | 132例 (19.0%) | 1.14 (0.82〜1.59) p=0.44 |
12ヵ月後の予定外の転院 | 201例 (33.1%) | 206例 (29.6%) | 1.17 (0.84〜1.63) p=0.34 |
6ヵ月後の院内死亡 | 14例 (18.7%) | 14例 (17.7%) | 1.07 (0.39〜2.91) p=0.90 |
12ヵ月後の院内死亡 | 22例 (3.6%) | 28例 (4.0%) | 0.90 (0.44〜1.83) p=0.76 |
6ヵ月後の追跡調査において、介入群の認知症患者128例(21.1%)が計画外の転院や院内死亡を経験したのに対し、対照群では132例(19.0%)でした(オッズ比 1.14、95%CI 0.82〜1.59)。
研修介入へのスタッフの参加は最適レベルではなく、参加に対するいくつかの障壁が確認されました。
コメント
質の高いケアを提供するための知識と技術を身につけるために、認知症に特化した緩和ケアに関する介護施設スタッフのトレーニングが必要であることが認識されていますが、そのトレーニング効果の検証は充分ではありません。
さて、オーストラリアのナーシングホーム入居の認知症患者において、認知症に特化した緩和ケアスタッフの研修介入は、対照群と比較して、計画外の転院を経験した認知症患者の割合に差がありませんでした。また死亡リスクについても差がありませんでした。
ただし、試験の限界があることから、介入効果について結論づけることは困難です。研修を受けた103例のフォローアップ調査回答者のうち、61例(59%)はモジュールを修了することで認知症の入居者の世話をする自信がついたと同意し、12例(12%)は同意しないかわからない、30例(29%)は無回答でした。スタッフがトレーニングに参加しなかった理由としては、セッションに参加できなかった(25%)、トレーニングを知らなかった(17%)、オンラインでトレーニングにアクセスする技術的な問題があった(16%)、時間がなかった(15%)、などでした。
さらにスタッフの参加を妨げる主な要因の一つとして、IMPETUS-D プログラムの実施と同時に発生した競合する優先事項、 具体的には、全国高齢者ケア基準の導入と高齢者ケアの質と安全に関する王立委員会(国の高齢者ケア基準の大きな変更が導入)が挙げられます。スタッフは新基準の準備のための研修に参加することが求められ、多くのスタッフは新基準と王立委員会に関連した追加の管理業務があり、これらの活動によって時間と焦点が本試験から外れてしまったようです。
上記の他、組織や介護施設レベルの障壁もあり、リーダーシップの関わり方の変化、組織内のコミュニケーション、介入施設の50%における介護施設管理者と上級看護師の役割の交代(チームの安定性)、時間の制約とスケジュールの乱れなどが本試験の実施に影響を与えたとのことです。スタッフ(離職率と高い仕事量)、組織的または内的要因(時間不足、コミュニケーション、スケジュールの混乱)、トレーニング介入の特徴(技術的問題、その自発的性質、複雑さとデザインの質)に関連していることから、段階的なアプローチで実施するなど、より簡略化したバージョンを実施するなどの戦略(介入デザイン)が求められます。
続報に期待。
✅まとめ✅ 認知症に特化した緩和ケアスタッフの研修介入に関するこの研究では、計画外の転院を経験した認知症患者の割合に差はなかった。しかし、試験の限界があることから、介入効果について結論づけることは困難である。
次のページに根拠となった論文情報を掲載しています。
根拠となった試験の抄録
背景:認知症患者には、特有の緩和および終末期のニーズがある。しかし、介護施設に入居している認知症患者にとって、質の高い緩和ケアや終末期ケアへのアクセスは、しばしば最適とは言えない。質の高いケアを提供するための知識と技術を身につけるために、認知症に特化した緩和ケアに関する介護施設スタッフのトレーニングが必要であることが認識されている。
目的:主な目的は、認知症患者の計画外の転院や入院中の死亡を減らすために、介護施設スタッフを対象としたシミュレーショントレーニング(IMPETUS-D)の有効性を評価することであった。
試験デザイン:ナーシングホームを対象としたクラスターランダム化比較試験で、プロセス評価も同時に実施した。
被験者と設定:オーストラリア3都市の24のナーシングホーム(介入12/対照12)に住む認知症患者1,304例、その家族、直接介護スタッフ。
方法:ランダム化はナーシングホーム(クラスター)単位で実施された。割り付け順序は、独立した統計学者がコンピューターで作成した割り付け順序を使用した。介入ナーシングホームのスタッフはIMPETUS-Dトレーニングの介入を受け、対照ナーシングホームのスタッフは通常のトレーニングの機会を受けた。
主要評価項目は、認知症患者のうち、6ヵ月後の予定外の転院や院内死亡の割合が、介入ナーシングホームと対照ナーシングホームで20%減少することであった。
◆介入プログラム:モジュールとトピック
- モジュール1では、認知症の自然な進行と、悪化が認知症によるものかせん妄によるものかを見分ける方法について説明する。
- モジュール2は、認知症が進行した人が人生の終わりに近づいたときのケアに焦点を当てる。
- モジュール3では、進行した認知症の人が一般的にケアハウスで最もよくケアされる理由を説明し、進行した認知症の人が忙しい病院環境で直面する課題について説明する。
- モジュール4では、ケアの目標(GOC)計画を紹介し、その人にとって何が重要かを見つけることが最善のケアを提供するために不可欠であることを強調する。
- モジュール5では、質の高いベストプラクティスのGOCプランに必要なものを説明している。
- モジュール6では、疼痛そのものと進行した認知症の人の疼痛を管理する際の課題について説明する。
- モジュール 7 では、食事や飲酒の減少を含む臨終期の認識と、終末期の食事や飲酒の減少が正常であることを家族が理解するための支援に焦点をあてている。
- モジュール8では、死期が近づいたときにその人にとって最も重要なことに焦点を当て、可能な限り快適な状態を維持する方法について説明する。また、終末期によく見られる症状である終末期の落ち着きのなさと、ケアスタッフがそれをどのように認識し、管理できるかを説明する。
- モジュール9では、終末期の呼吸の変化、死が近づくにつれて予想されること、家族をサポートする方法について取り上げる。また、入居者の死が近づくにつれて介護スタッフが抱く可能性のある懸念についても説明し、学習者の実体験を反映させた内容となっている。
- モジュール10では、入居者やその家族と、率直に、正直に、頻繁にコミュニケーションをとることの重要性を提起する。
- モジュール11では、介護の焦点を入居者から介護提供者に移す。介護者が死と死に関する自分自身の感情や、入居者が人生の終末を迎え、その後亡くなったときにその感情をどのように管理するかを考えるよう促している。
◆スタッフの募集とIMPETUS-Dトレーニングへの参加を促すために用いた戦略
- プロジェクト実施とデータ収集活動を支援するため、プロバイダーが雇用するプロジェクトナース・コンサルタントを各都市で採用した。
- ゼネラルマネージャー、看護師、PCWには、研究チームとプロバイダー幹部からプロジェクトについて知らせるメールが送られ、チラシは各ケアハウスのスタッフ用掲示板に貼られた。
- 研修(対面セッションまたはオンライン)に参加したスタッフには、時間分の報酬を支払った。
- 研究チームは各ケアホームで対面セッションを実施した。
- プロジェクトナース・コンサルタントと研究チームは、トレーニングのプロモーションのために介護施設を訪問し、スタッフと直接、個別、小グループ、またはスタッフミーティングで話をした。
- その他のインセンティブ:トレーニングに参加したスタッフの割合が最も高かった介護施設には、食品かご(food hamper)が贈られた。
結果:6ヵ月後の追跡調査において、介入群の認知症患者128例(21.1%)が計画外の転院や院内死亡を経験したのに対し、対照群では132例(19.0%)だった(オッズ比 1.14、95%CI 0.82〜1.59)。研修介入へのスタッフの参加は最適レベルではなく、参加に対するいくつかの障壁が確認された。
結論:認知症に特化した緩和ケアスタッフの研修介入に関するこの研究では、計画外の転院を経験した認知症患者の割合に差はなかった。介入の実施は困難であり、スタッフの実践や入居者の転帰を改善するための十分なスタッフカバーが得られなかったと考えられる。
試験登録:Australian New Zealand Clinical Trials Registry(ANZCTR): ACTRN12618002012257 . 2018年12月14日に登録。
キーワード:認知症、終末期ケア、ナーシングホーム、緩和ケア、スタッフトレーニング
引用文献
Evaluation of IMproving Palliative care Education and Training Using Simulation in Dementia (IMPETUS-D) a staff simulation training intervention to improve palliative care of people with advanced dementia living in nursing homes: a cluster randomised controlled trial
Joanne Tropea et al. PMID: 35164695 PMCID: PMC8845393 DOI: 10.1186/s12877-022-02809-x
BMC Geriatr. 2022 Feb 14;22(1):127. doi: 10.1186/s12877-022-02809-x.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35164695/
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