日本におけるmultimorbidity(多併存疾患)と抑うつの関連性はどのくらいなのか?
個人に2つ以上の慢性疾患が同時に存在することと定義される「multimorbidity(多併存疾患)」に苦しむ患者数は、現在、特にプライマリーケアにおいて増加傾向にあります(PMID: 15928225)。日本で実施された調査によると、成人における多併存疾患の有病率は29.9%で、65歳以上の高齢者では62.8%にまで上昇しています(PMID: 29491441)。多併存疾患の患者に対する最善のケアを理解するためには、世界的な疾病負担に寄与する主要な疾患の一つであるうつ病を考慮する必要があります(PMID: 29531104)。
慢性的な身体疾患や症状は、一貫して抑うつ症状の増加傾向と関連しています(PMID: 19351294、PMID: 23603454)。これらの研究では、慢性的な健康状態の総数とうつ病との関連が検討されていますが、多併存疾患がうつ病の症状にどのように影響するかを充分に理解するには、このような指標は粗すぎるかもしれません(PMID: 28628766)。慢性的な健康状態の非ランダムな集積パターンは、抑うつ症状との関連性が異なる可能性があります。実際、これらの多併存疾患パターンは、多併存疾患の複雑な性質を理解し、多併存疾患患者のケアの質を向上させることを目的とする研究者や医療従事者から注目されています。最近の研究では、因子分析などの統計的アプローチを用いて、複雑な多併存疾患パターンを特定しています(PMID: 15928225、PMID: 21635787、PMID: 22393389、PMID: 26656028、PMID: 26371265)。
身体的な多併存疾患パターンが抑うつ症状と異なる関係にあるかどうかについては、これまで調査されていませんでした。そこで今回は、身体的多併存疾患の異なるパターンと抑うつ症状との関連性を検討した横断研究の結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
日本人一般集団における身体的多臓器不全のパターンの把握
疾患パターン | 健康状態 |
心血管・腎・代謝 (Cardiovascular-renal-metabolic, CRM) | 高血圧症、糖尿病、脂質異常症、脳卒中、心疾患、腎疾患 |
骨格・関節・消化 (Skeletal-articular-digestive, SAD) | 関節炎または関節リウマチ、腰部疾患、消化器系疾患 |
呼吸器・皮膚 (Respiratory-dermal, RDE) | 慢性呼吸器疾患、皮膚疾患 |
悪性消化器・泌尿器 (Malignant-digestive-urologic, MDU) | 悪性腫瘍、消化器系、泌尿器系疾患 |
疾患パターン | パターンスコアの最高四分位と最低四分位を比較した場合の 調整済ハザード比 aHR |
心血管・腎・代謝 (Cardiovascular-renal-metabolic, CRM) | aOR=1.31(95%CI 0.90~1.89) |
骨格・関節・消化 (Skeletal-articular-digestive, SAD) | aOR = 1.41(95%CI 1.01~1.98) |
呼吸器・皮膚 (Respiratory-dermal, RDE) | aHR = 1.68(95%CI 1.21~2.31) |
悪性消化器・泌尿器 (Malignant-digestive-urologic, MDU) | aOR = 1.41(95%CI 1.01~1.96) |
「心血管・腎・代謝(CRM)」、「骨格・関節・消化(SAD)」、「呼吸器・皮膚(RDE)」、「悪性消化器・泌尿器(MDU)」の4つの身体的多併存疾患パターンのうち、多変量ロジスティック回帰分析の結果、呼吸器・皮膚(RDE)パターンが最も強い抑うつ症状との関連性を示し、次いでSADとMDUパターンが続きました。一方、CRMパターンスコアは、抑うつ症状との有意な関連性は認められませんでした。
コメント
超高齢化社会に伴い、多併存疾患の罹患率の増加が報告されています。慢性的な身体疾患や症状は、一貫して抑うつ症状の増加傾向と関連していることも報告されています。
さて、本試験結果によれば、呼吸器・皮膚の併存疾患を有する患者では、抑うつ症状を発症するリスクが高い可能性が示されました。横断研究かつアンケートの自己申告であるため、誤分類バイアスと選択バイアスの可能性があります。
あくまでもパターンを把握する程度ではありますが、日本の研究結果として貴重な報告であると考えられます。
✅まとめ✅ 日本の横断研究において、呼吸器・皮膚の併存疾患を有する患者では、抑うつ症状を発症するリスクが高いかもしれない。
根拠となった試験の抄録
目的:身体的多併存疾患と抑うつ症状との関連については、多くの研究で検討されている。しかし、慢性的な身体疾患のパターンが抑うつ症状と比較的に異なる関連性を持つかどうかは、まだ明らかになっていない。本研究では、身体的多併存疾患パターンと抑うつ症状との関連を調べることを目的とした。
試験デザイン:本研究は、日本全国を対象とした横断的調査として計画された。
試験設定:日本人の一般サンプル。
参加者:日本の成人居住者を割当サンプリング*方式で抽出した。1つ以上の慢性的な健康状態を報告した1788人のデータを分析した。
*割当サンプリング(quota sampling):母集団をいくつかの群に分け、各群に何人かずつ標本を割り当てる方法。非確率サンプリング(統計的推測には利用できない)の一つ。
結果:「心血管・腎・代謝(CRM)」、「骨格・関節・消化(SAD)」、「呼吸器・皮膚(RDE)」、「悪性消化器・泌尿器(MDU)」の4つの身体的多併存疾患パターンのうち、多変量ロジスティック回帰分析の結果、RDEパターンが最も強い抑うつ症状との関連性(パターンスコアの最高四分位と最低四分位を比較した場合、aOR=1.68、95%CI 1.21~2.31)を示し、次いでSADとMDUパターンが続いた(SADパターンスコアの最高四分位と最低四分位を比較した場合、aOR=1.41、95%CI 1.01~1.98 、MDUパターンスコアの最高四分位と最低四分位を比較した場合、aOR=1.41、95%CI 1.01~1.96)。一方、CRMパターンスコアは、抑うつ症状との有意な関連性は認められなかった(パターンスコアの最高四分位と最低四分位を比較した場合、aOR=1.31、95%CI 0.90~1.89)。
結論:身体的多併存疾患のパターンは、抑うつ症状との関連性が異なる。これらのパターンの中でも、RDEパターンを持つ患者は、抑うつ症状を発症するリスクが高いと考えられる。
本研究により、慢性疾患のクラスターパターンは、多併存疾患患者の重要な転帰の一つである精神的健康状態と異なる関連性を持つため、多併存疾患の臨床管理に有用な指標であるという証拠が補強された。
キーワード:慢性疾患、うつ病、メンタルヘルス、多併存疾患
引用文献
Physical multimorbidity patterns and depressive symptoms: a nationwide cross-sectional study in Japan
Takuya Aoki et al. PMID: 32148733 PMCID: PMC7032897 DOI: 10.1136/fmch-2019-000234
Fam Med Community Health. 2020 Jan 5;8(1):e000234. doi: 10.1136/fmch-2019-000234. eCollection 2020.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32148733/
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【多併存疾患(Multimorbidity)の疫学と医療、研究、医学教育への影響(横断研究; Lancet 2012)】
【日本の乳幼児及び小児における母乳育児はアレルギー性疾患のリスクを低下できますか?(横断研究; Ryukyus Child Health Study; Pediatr Allergy Immunol. 2007)】
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