欧米におけるHIF-PH阻害薬の承認に必要な安全性試験とは?
主に米国と英国において、貧血治療薬の承認時には、有効性と安全性試験に加えて、重大かつ有害な心血管イベント(major adverse cardiovascular event, MACE)の発生について検証する必要があります。MACEとしては、主に「あらゆる原因による死亡(全死亡や総死亡とも表現される)」、「非致死的な心筋梗塞」、「非致死的な脳卒中」の複合が用いられます。つまり、これら3つの重篤なイベントの合計について、プラセボや対照薬と比較して、安全性に懸念がないか検証することが医薬品の規制機関当局から求められるということです。
これまでは、慢性腎臓病(CKD)や透析に伴う貧血の治療としては、赤血球増殖因子刺激製剤(ESA)による治療が中心でしたが、ESA治療において、ESA低反応性の症例が認められることや、血栓塞栓リスク、赤芽球癆リスクなどの報告があるため、貧血に対する新たな治療戦略が求められてきました。
そこで2019年に登場したのが、低酸素誘発因子(HIF)プロリルヒドロキシラーゼ(HIF-PH)阻害薬です。HIF-PH阻害薬はHIFを安定化させ、エリスロポエチンや赤血球の産生を刺激する薬剤です。HIF-PH阻害薬についても、米国及び英国では、有効性だけでなくMACEについても検証するための臨床試験の実施を求めています。これまでにHIF-PH阻害薬のMACE発生について検証した試験結果は論文化されていませんでした。
今回は、HIF-PH阻害薬の1つであるバダデュスタットの有効性・安全性、特にMACE発生について検証したPRO2TECT試験が論文化・公表されましたので、その結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
ESA未治療のNDD-CKD患者1,751例とESA治療を受けたNDD-CKD患者1,725例が、2つの試験でランダムに割り付けられました。
患者1,739例にバダデュスタットが投与され、1,732例にダルベポエチン アルファが投与されたプール解析では、MACE*のハザード比は1.17(95%信頼区間[CI] 1.01~1.36)であり、事前に規定した非劣性マージンである1.25を満たせませんでした。
24週目から36週目までのヘモグロビン濃度の変化におけるグループ間の平均差は、ESA未投与の患者を対象とした試験では0.05g/dL(95%CI -0.04~0.15)、ESA投与の患者を対象とした試験では-0.01g/dL(95%CI -0.09~0.07)であり、事前に規定した非劣性マージンである-0.75g/dLを満たしていました。
*あらゆる原因による死亡、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中の複合
コメント
HIF-PH阻害薬は日本をはじめ主にアジア圏で承認されています。一方、米国や英国では、心血管の安全性が検証されていないため承認されていません。
さて、本試験結果によれば、ヘモグロビン濃度の変化について、バダデュスタット(バフセオ®️)は既存治療薬であるダルベポエチン アルファに非劣性を示しましたが、MACEについては、非劣性を示せませんでした。むしろリスク増加が認められています。MACEのハザード比は1.17(95%CI 1.01~1.36)であるため、大きなリスク増加とはならないのではないかというのが個人的な印象です。追試を実施するか否かは不明ですが、現時点において、バダデュスタットはESAと比較して、心血管イベントのリスク増加があることから、CKDに伴う貧血治療のファーストラインにはならないと考えます。
どのような患者でバダデュスタットによる心血管リスクが増加するのかについて、検証していく必要があるのではないでしょうか。
✅まとめ✅ 保存期CKD患者において、バダデュスタットはダルベポエチン アルファと比較して、血液学的有効性に関する事前規定の非劣性基準を満たしたが、心血管系の安全性に関する事前規定の非劣性基準は満たしていなかった
根拠となった論文の抄録
背景:バダデュスタットは経口の低酸素誘発因子(HIF)プロリルヒドロキシラーゼ阻害薬であり、HIFを安定化させ、エリスロポエチンや赤血球の産生を刺激する薬剤の一種である。
方法:2つの第3相、ランダム化、非盲検、活性制御、非劣性試験においてヘモグロビン濃度が10g/dL未満のESA治療歴のない非透析依存性慢性腎臓病(NDD-CKD)患者、およびESA治療歴がありヘモグロビン濃度が8~11g/dL(米国)または9~12g/dL(その他の国)のNDD-CKD患者を対象に、バダデュスタットと赤血球造血刺激因子製剤(ESA)ダルベポエチン アルファを比較した。安全性の主要評価項目は、最初の主要有害心血管系イベント(MACE:あらゆる原因による死亡、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中の複合)であり、2つの試験でプールされた。安全性の副次評価項目には、拡張MACE(MACEに加え、心不全または血栓塞栓症による入院)が含まれた。各試験の主要および主要な副次的有効性評価項目は、24~36週目および40~52週目の2つの評価期間におけるベースラインからのヘモグロビン濃度の平均変化量であった。
結果は:ESA未治療のNDD-CKD患者1,751例とESA治療を受けたNDD-CKD患者1,725例が、2つの試験でランダムに割り付けられた。患者1,739例にバダデュスタットが投与され、1,732例にダルベポエチン アルファが投与されたプール解析では、MACEのハザード比は1.17(95%信頼区間[CI] 1.01~1.36)であり、事前に規定した非劣性マージンである1.25を満たさなかった。
24週目から36週目までのヘモグロビン濃度の変化におけるグループ間の平均差は、ESA未投与の患者を対象とした試験では0.05g/dL(95%CI -0.04~0.15)、ESA投与の患者を対象とした試験では-0.01g/dL(95%CI -0.09~0.07)であり、事前に規定した非劣性マージンである-0.75g/dLを満たしていた。
結論:NDD-CKD 患者において、バダデュスタットはダルベポエチン アルファと比較して、血液学的有効性に関する事前規定の非劣性基準を満たしたが、心血管系の安全性に関する事前規定の非劣性基準は満たしていなかった(試験提供:Akebia Therapeutics社および大塚製薬株式会社、PRO2TECTのClinicalTrials.gov番号:NCT02648347およびNCT02680574)。
引用文献
Vadadustat in Patients with Anemia and Non-Dialysis-Dependent CKD
Glenn M Chertow et al. PMID: 33913637 DOI: 10.1056/NEJMoa2035938
N Engl J Med. 2021 Apr 29;384(17):1589-1600. doi: 10.1056/NEJMoa2035938.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33913637/
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