クロザピンの血中濃度が増加するケースとは?
クロザピン(Clozapine, CLZ)は、治療抵抗性統合失調症(treatment-resistant schizophrenia, TRS)に対する最も有効な選択肢の一つですが、重大な有害事象や薬物相互作用(drug-drug interactions, DDI)に注意が必要です。特に、血中濃度が上昇すると過鎮静・発作・循環器系イベントなどのリスクが高まります。
今回ご紹介する論文は、レンボレキサント(Lemborexant: LEM)開始後にクロザピンのトラフ濃度が上昇し、過鎮静が出現した症例を報告したものです。さらに、併用による代謝阻害の機序を検討するため、CYP1A2/CYP3A4によるin vitro試験が行われています。
試験結果から明らかになったことは?
◆症例概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 患者 | 35歳男性、非喫煙、治療抵抗性統合失調症(TRS) |
| 治療薬 | クロザピン(CLZ)、NDMC(活性代謝物)を含む安定した治療 |
| 介入 | 不眠症治療のため レンボレキサント(LEM)内服開始 |
| 主な変化 | LEM開始後、CLZとNDMCの血中トラフ濃度(Ctrough)が大幅に上昇 |
| 臨床症状 | 眠気・倦怠感などの過鎮静症状 |
| 経過 | LEM中止後、CLZ濃度は正常範囲に戻る |
➡ 併用によりCLZの曝露量が増加したことが強く示唆されました。
◆in vitro試験:CYP阻害の機序
研究では、CLZの主要代謝である CYP1A2・CYP3A4 を用いて、LEMの代謝阻害作用を評価。
◆ 1. LEMの通常状態での阻害
- CYP1A2 / CYP3A4 どちらにも“弱い阻害作用”
- CLZ → NDMC / CNO への代謝は大きく阻害されない
◆ 2. 前処理(preincubation)条件での阻害
- LEMをCYP3A4とNADPHとともに前もってインキュベートすると、阻害効果が大幅に増強
- Time-dependent inhibition(時間依存的阻害)が示唆される
| 代謝物 | IC50(LEM前処理時) |
|---|---|
| CNO生成 | 2.8 μM |
| NDMC生成 | 4.1 μM |
➡ LEMはCYP3A4を時間依存的に強く阻害できることが示され、これがCLZ濃度上昇の原因と考えられます。
◆どのような機序でCLZ濃度が上がるのか?
クロザピンの代謝は主に以下の経路:
- CYP1A2 → NDMC
- CYP3A4 → CNO、NDMC
今回の研究で、CYP3A4を時間依存的に阻害するLEMの作用が示され、これにより
- CLZ代謝が遅延
- CLZおよびNDMC血中濃度が上昇
- 臨床的に過鎮静が出現
という流れが推測されます。
特に患者は非喫煙者であり、本来CYP1A2活性が高くない傾向もあるため、影響が顕著に出た可能性があります。
臨床的示唆:クロザピン+レンボレキサント併用に注意
レンボレキサントは従来、明確なCYP3A4阻害薬として認識されていませんが、今回の結果から以下の可能性が示唆されています:
◆ 併用によりCLZの血中濃度が上昇する
- 眠気・倦怠感・過鎮静
- 抗コリン作用の強化
- 重大な副作用(発作、心血管イベント)のリスク増加
◆ 増加は可逆的
- LEM中止でCLZ濃度は元に戻った
◆ 監視ポイント
- LEM開始後数日〜数週間での 臨床症状の変化
- クロザピン血中濃度(TDM) の測定
- 必要に応じてCLZ用量調整の検討
今後の課題
- 本研究は 単一症例+in vitro試験 であり、一般化にはさらなる臨床データが必要
- LEM以外のDORA(デュアルオレキシン受容体拮抗薬:スボレキサントなど)との比較検討
- 長期併用でのCYP3A4阻害の臨床的意義
- TDMガイドラインへの反映の必要性
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◆まとめ
今回の症例報告と基礎研究により、レンボレキサントは
”クロザピンの血中濃度を上昇させうる”
● 機序はCYP3A4の時間依存的阻害が有力
● 併用時は過鎮静などの症状に注意
という重要な示唆が得られました。
クロザピンは治療域が狭く、わずかな曝露量の増加でも有害事象につながるため、不眠治療薬を追加する際は慎重なモニタリングが必要です。
レンボレキサント(商品名:デエビゴ)の添付文書(2024年12月改訂版)には、併用禁忌となる薬剤は記載されていません。一方、クロザピン(商品名:クロザリル)の添付文書(2024年10月改訂版)には、リスペリドンやアリピプラゾール、パリぺりドンなどが併用禁忌役として記載されています。クロザピンは副作用として血液障害を引き起こすことが知られており、上記の薬剤との併用で血中消失時間が長くなることが知られています。症例では過鎮静を中心に報告されていましたが、血中濃度が維持されることで、血液障害として無顆粒球症、抗コリン作用による尿閉・便秘等が引き起こされるリスクが増加します。
添付文書上は併用禁忌に該当しない組み合わせではありますが、作用機序から注意を要します。1症例でみられた事象であることから、更なる検証が求められるところではありますが、避けられるようであれば避けた方が無難でしょう。治療優先度としては、クロザピンの方が高いと考えられることから、レンボレキサントを他剤に変更した方が良さそうです。
続報に期待。

✅まとめ✅ 症例報告では、クロザピンとレンボレキサントの併用により、クロザピンへの曝露およびクロザピン関連の有害事象のリスクが増加する可能性が示唆された。
根拠となった試験の抄録
クロザピン(CLZ)は、無顆粒球症や薬物間相互作用(DDI)などの重篤な有害事象を回避するよう注意しながら、治療抵抗性統合失調症(TRS)に広く使用されている。本報告では、不眠症の治療にデュアルオレキシン受容体拮抗薬であるレンボレキサント(LEM)の経口投与を開始した後、CLZとその活性代謝物であるN-デスメチルクロザピン(NDMC)の定常状態血漿トラフ濃度(Cトラフ)が有意に上昇した35歳男性TRS患者の症例を報告する。患者はCLZのCトラフ値が高値を維持している間、眠気と疲労を伴う過鎮静を経験した。上昇したCLZ濃度はLEM投与中止後に正常範囲に戻ったことから、CLZとLEMの間に薬物動態学的DDIがあることが示唆される。考えられるメカニズムを解明するため、CYP1A2およびCYP3A4を介したCLZ代謝について、NDMCおよびクロザピンN-オキシド(CNO)の生成を測定するin vitroアッセイを実施した。先行研究と同様に、CLZを各酵素とインキュベートすると、両方の代謝物が生成された。LEMはCYP1A2およびCYP3A4を介したCLZ代謝に対して弱い阻害効果しか示さなかった。しかし、NADPH存在下でLEMをCYP3A4とプレインキュベートすると、CLZ代謝に対する阻害効果が著しく増強され、CNOおよびNDMC生成に対するIC50値はそれぞれ2.8 μMおよび4.1 μMであった。これは、LEMがCYP3A4の強力な時間依存的阻害剤として作用することを示唆している。総合すると、現在の研究の結果は、CLZとLEMの併用により、CLZへの曝露およびCLZ関連の有害事象のリスクが増加する可能性があることを示唆しています。
キーワード: CYP1A2、CYP3A4、DORA、クロザピン、レンボレキサント、スボレキサント、時間依存性阻害
引用文献
Effect of lemborexant on pharmacokinetics of clozapine: A potential drug-drug interaction mediated by time-dependent inhibition of CYP3A4
Kenya Watanabe et al. PMID: 37596710 DOI: 10.1111/bcp.15889
Br J Clin Pharmacol. 2024 Jan;90(1):354-359. doi: 10.1111/bcp.15889. Epub 2023 Sep 4.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37596710/

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