GLP-1受容体作動薬の安全性比較
2型糖尿病(T2D)治療では、体重減少・心血管アウトカム改善など多面的な効果が期待できる GLP-1受容体作動薬 が広く使われています。近年は チルゼパチド(GIP/GLP-1受容体作動薬) の登場もあり、処方選択の幅が一気に広がりました。
しかし、臨床の現場でしばしば懸念されるのが 消化管関連の有害事象(GIイベント)。
特に以下の重篤なイベントについては、薬剤間でリスクが異なる可能性が指摘されてきました:
- 急性膵炎
- 胆道疾患
- 腸閉塞
- 胃麻痺(gastroparesis)
- 重度の便秘
今回紹介する研究は、これらのリスクについてデュラグルチド(dulaglutide)・セマグルチド皮下注(semaglutide)・チルゼパチド(tirzepatide)を直接比較した最新の大規模研究です。
試験結果から明らかになったことは?
◆背景
GLP-1系薬剤は消化管運動や胆嚢収縮に影響を与えることがあり、近年は「胃麻痺(gastroparesis)との関連」が話題になっています。しかし、薬剤ごとのリスク差は明確ではありません。
そこで本研究では、実臨床データを用いた「新規使用者デザイン・アクティブコンパレータ比較」により、薬剤間のGIイベントリスクを精密に評価しています。
◆研究概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究デザイン | 新規使用者・アクティブコンパレータ・コホート研究 |
| 対象者 | 2019年1月〜2024年8月にデュラグルチド・セマグルチド皮下注・チルゼパチドを新規開始した成人T2D |
| 主要アウトカム | 以下の消化管イベントの複合 急性膵炎、胆道疾患、腸閉塞、胃麻痺、重度の便秘 |
| マッチング | 各比較ごとに1:1 で傾向スコアマッチング(PSM) |
| 比較 | ① セマグルチド vs デュラグルチド(65,238ペア) ② チルゼパチド vs デュラグルチド(20,893ペア) ③ チルゼパチド vs セマグルチド(46,620ペア) |
| アウトカム指標 | HR(ハザード比)と95%CI |
◆試験結果
◆主要アウトカム:重篤な消化管イベント(複合)
| 比較 | HR(95%CI) | 解釈 |
|---|---|---|
| セマグルチド vs デュラグルチド | 0.96(0.87–1.06) | 有意差なし |
| チルゼパチド vs デュラグルチド | 0.96(0.77–1.20) | 有意差なし |
| チルゼパチド vs セマグルチド | 1.07(0.90–1.26) | 有意差なし |
◆結論
著者らは以下のように述べています:
デュラグルチド、セマグルチド、チルゼパチドの消化管イベントリスクは、実臨床において同程度であると示唆される。
つまり、3剤間で重篤なGIイベントに明確な差は認められませんでした。
◆試験の限界
- 残余交絡の可能性(HbA1c、BMIなど)が完全には除去できない
- 観察研究であり、因果関係は証明できない
- イベントの定義は保険請求データ等を基にしており、診断精度に限界がある
- 用量差・漸増スケジュールの違いまでは考慮されていない可能性がある
◆臨床的示唆
本研究は、薬剤選択の際に以下の点を考える助けになります:
● 実臨床では、3剤とも “重篤なGIイベント” のリスクは大きく変わらない
重篤な副作用を理由に特定の薬剤を大きく避ける必要はない、という意味で安心材料になります。
● 選択のポイントは「効果」「体重減少」「週1製剤かどうか」などへ
- セマグルチド:高い血糖・体重減少効果
- チルゼパチド:GLP-1+GIP 作用でさらに強い効果が期待
- デュラグルチド:長い実績と心血管アウトカムデータ
消化管の重篤イベントだけで選択する時代ではなくなる可能性を示した研究といえます。
コメント
◆まとめ
本研究は、65,000ペアを超える大規模なリアルワールドデータを用いて、
- デュラグルチド
- セマグルチド皮下注
- チルゼパチド
の3者を直接比較しました。
結果:重篤な消化管イベントリスクに有意差はなし。
薬剤選択の際には、
「効果」、「体重減少」、「週1 vs 毎週投与」、「心血管アウトカム」
など、より患者に合った特性を重視することが妥当と考えられます。
薬剤間比較の研究は貴重であり、薬剤選択する上で重要な結果が示されました。
別件ではありますが、先発品の販売中止が発表されたりと、実臨床ではそもそもの選択肢が限られる可能性があります。
続報に期待。

✅まとめ✅ 人口ベースコホート研究の結果、デュラグルチド、セマグルチド、およびチルゼパチドは、成人2型糖尿病患者において同様の消化管安全性プロファイルを有することが示唆された。
根拠となった試験の抄録
背景: グルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬とチルゼパチドの胃腸に対する安全性の比較はまだ明らかではありません。
目的: 日常臨床診療における2型糖尿病(T2D)患者におけるデュラグルチド、皮下セマグルチド、チルゼパチドの重篤な胃腸有害事象のリスクを比較する。
試験デザイン: 新規ユーザー、アクティブ比較コホート研究。
試験設定: 人口ベースの研究。
試験参加者: 2019年1月1日から2024年8月30日までの間に、3つのペアワイズ比較に対応する3つのコホートでデュラグルチド、皮下セマグルチド、およびチルゼパチドの投与を開始した2型糖尿病の成人。
測定: 主要評価項目は、急性膵炎、胆道疾患、腸閉塞、胃不全麻痺、および重度の便秘の複合であった。副次評価項目は、主要評価項目の個々の構成要素であった。各比較において、患者は1:1の傾向スコアでマッチングされた。ハザード比(HR)と95%信頼区間(CI)を算出した。
結果: セマグルチド対デュラグルチドコホートでは65,238組のマッチドペア、チルゼパチド対デュラグルチドコホートでは20,893組、チルゼパチド対セマグルチドコホートでは46,620組のマッチドペアが存在した。消化器系イベントのHRは、セマグルチド対デュラグルチドコホートでは0.96(95%信頼区間0.87~1.06)、チルゼパチド対デュラグルチドコホートでは0.96(信頼区間0.77~1.20)、チルゼパチド対セマグルチドコホートでは1.07(信頼区間0.90~1.26)であった。
制限事項: 血糖コントロールとボディマス指数による残存交絡の可能性。
結論: これらの知見は、デュラグルチド、セマグルチド、およびチルゼパチドが、成人2型糖尿病患者において同様の消化管安全性プロファイルを有することを示唆している。本研究は、臨床医にこれらの薬剤のベネフィットとリスクを比較検討するためのエビデンスを提供する。
主な資金提供元: 国立糖尿病・消化器・腎臓病研究所
引用文献
Comparative Gastrointestinal Safety of Dulaglutide, Semaglutide, and Tirzepatide in Adults With Type 2 Diabetes
Salvatore Crisafulli et al. PMID: 41183330 DOI: 10.7326/ANNALS-25-01724
Ann Intern Med. 2025 Nov 4. doi: 10.7326/ANNALS-25-01724. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41183330/

コメント