―病態別にみた日本人データベース研究の結果
ピロリ除菌に成功したら胃がんリスクはないのか?
ヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)感染は胃がんの主要な原因であり、日本では2013年から除菌治療が保険適用され、広く実施されるようになりました。しかし、除菌後でもすべての患者の胃がんリスクが同じわけではない可能性があります。
今回ご紹介する研究は、ピロリ感染による病態(胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍など)別に除菌後の胃がんリスクを比較した、日本の大規模レセプトデータベースを用いた後ろ向きコホート研究です。
試験結果から明らかになったことは?
【研究概要】
✅研究デザイン
後ろ向きコホート研究 JMDC Claims Database を使用(2013年2月21日~2023年8月31日)
✅対象者
2013年2月~2023年8月にH. pylori除菌治療(一次除菌)を受けた患者 同月または直前月にピロリ関連胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍のいずれかと診断された成人 計148,489人を解析対象とした。
✅除菌治療の定義
抗菌薬2剤+酸分泌抑制薬または3剤一包化製剤の処方
✅評価項目
主要評価項目:胃がんの新規発症
解析方法:Cox比例ハザードモデル+傾向スコア調整(マッチングによる交絡因子補正)
【試験結果の概要】
追跡期間中央値:3.8年
診断群 | 胃がん累積発症率(%) (95%信頼区間) | ハザード比(HR) (基準:十二指腸潰瘍) | P値 |
---|---|---|---|
ピロリ関連胃炎 | 0.44(0.39–0.48) | 2.03(1.31–3.13) | P=0.001 |
胃潰瘍 | 0.54(0.46–0.63) | 2.37(1.52–3.71) | P<0.001 |
十二指腸潰瘍 | 0.22(0.10–0.33) | 1(基準) | – |
胃・十二指腸潰瘍 | 0.26(0.08–0.50) | – | – |
✅結論✅
ピロリ関連胃炎および胃潰瘍の患者は、十二指腸潰瘍患者に比べて胃がんリスクが有意に高い 除菌成功後でも胃粘膜の萎縮(胃萎縮)が残っている患者では引き続き注意が必要
【考察】
✅臨床的意義
本研究は、日本の大規模保険データを活用して、ピロリ菌除菌後の「病態別」胃がんリスクを比較した初の実証研究です。
従来より、胃潰瘍や胃炎は胃粘膜の萎縮性変化を伴いやすく、がんの前段階とされることが知られていましたが、本研究では実際に十二指腸潰瘍と比べて2倍以上のリスクがあることが示されました。
除菌治療を行っても、患者背景によりリスクに差が残ることを明確に示した意義深い結果です。
✅試験の限界
- 内視鏡所見や胃粘膜萎縮の程度、組織学的評価が含まれていないため、病態の詳細な評価ができない。
- 除菌成功の有無がデータベースからは直接確認できない(処方情報ベース)。
- 生活習慣(喫煙、飲酒、食事、NSAIDs使用など)の情報が欠如しており、残余交絡の可能性がある。
- 除菌後の経過観察における内視鏡の受診状況やスクリーニングの違いが結果に影響した可能性もある。
✅今後の検討課題
- 胃がんハイリスク患者のスクリーニング戦略(除菌後も定期的な内視鏡など)の最適化が求められる。
- 胃粘膜萎縮の程度を評価できるバイオマーカー(例:ペプシノーゲン)と組み合わせる研究など。
- 除菌後の生活習慣改善(禁煙・減塩・抗酸化食品、体重の変化など)の影響評価試験の実施。
- 若年者や高齢者、性別ごとのサブグループ解析によるリスク評価の個別化も知りたいところです。
✅まとめ✅
H. pylori除菌後でも、胃炎や胃潰瘍の既往を持つ患者は十二指腸潰瘍より胃がんリスクが高いことが、日本の実臨床データから示されました。 除菌によりリスクは軽減しても、胃がんリスクがゼロになるわけではなく、個別リスク評価に基づくモニタリングが必要です。 今後は、粘膜変化・生活因子・定期検査の包括的マネジメントが求められます。
解析方法について、やや疑問が残ります。胃がんの累積発症率は1%を割っています。小さな差に目を向け、不安をあおりすぎるのは避けた方がよいのではないかと個人的には考えます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 日本の後向きコホート研究の結果、 H. pylori関連胃炎および胃潰瘍患者は、十二指腸潰瘍患者よりも胃癌発症リスクが高かったことから、H. pylori除菌療法後も胃萎縮が依然としてリスク因子であることが示唆される。
根拠となった論文の抄録
背景: ヘリコバクター・ピロリ感染は胃癌の重要な危険因子である。日本では、2013年からヘリコバクター・ピロリ感染関連胃炎に対する除菌療法が健康保険適用となった。しかしながら、胃癌は2023年の癌による死亡原因の第4位であった。本研究では、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍を有する患者、およびヘリコバクター・ピロリ除菌後の胃潰瘍および十二指腸潰瘍を有する患者における胃癌リスクの差異を調査することを目的とした。
方法: 本後ろ向きコホート研究では、2013年2月21日から2023年8月31日までのJMDC Claims Databaseを用いた。第一選択のH. pylori除菌療法を受け、初回除菌療法処方と同月または前月にH. pylori関連胃炎、胃潰瘍、または十二指腸潰瘍と診断された患者を対象とした。2種類の抗菌薬と酸分泌抑制剤、または3剤配合のブリスター包装製剤が処方された。主要評価項目は胃癌発症率とした。ハザード比(HR)の推定にはCox比例ハザード回帰分析を用いた。交絡因子の影響を最小化するために傾向スコア法を用いた。
結果: 受給者17,245,330人のうち、148,489人が対象となった。重み付けコホート(傾向マッチング後)では、H. pylori関連胃炎と十二指腸潰瘍のHR(後者を基準としたHR [95%信頼区間]:2.03 [1.31-3.13]; p=0.001)、および胃潰瘍と十二指腸潰瘍のHR(2.37 [1.52-3.71]; p<0.001)に統計的に有意差が認められた。追跡期間中央値(全体で3.8年)あたりの累積確率(95%信頼区間)は、H. pylori関連胃炎では0.44%(0.39-0.48)、胃潰瘍では0.54%(0.46-0.63)、十二指腸潰瘍では0.22%(0.10-0.33)、胃潰瘍と十二指腸潰瘍では0.26%(0.08-0.50)であった。
結論: H. pylori関連胃炎および胃潰瘍患者は、十二指腸潰瘍患者よりも胃癌発症リスクが高かったことから、H. pylori除菌療法後も胃萎縮が依然としてリスク因子であることが示唆される。高リスク患者においては、H. pylori除菌成功後も内視鏡検査などの慎重なモニタリングが必要である。
キーワード: クレームデータベース、十二指腸潰瘍、除菌療法、胃萎縮、胃癌、胃潰瘍、胃炎、ヘリコバクターピロリ
引用文献
Gastric cancer risk after Helicobacter pylori eradication in gastritis and peptic ulcer: a retrospective cohort study in Japan
Kentaro Sugano et al. PMID: 40596880 PMCID: PMC12211893 DOI: 10.1186/s12876-025-04034-3
BMC Gastroenterol.2025. PMID BMC Gastroenterol. 2025 Jul 1;25(1):463. doi: 10.1186/s12876-025-04034-3.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40596880/
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