ワクチン接種が認知症を防ぐ可能性とは?
神経親和性をもつヘルペスウイルス(とくに単純ヘルペスウイルスや帯状疱疹ウイルス)は、近年、認知症の発症リスクに関与する可能性が示唆されています。
一方で、ワクチンには本来の感染症予防以外にも、免疫系に対する“オフターゲット効果(副次的免疫効果)”があることも指摘されてきました。
本研究では、英国ウェールズにおける生ワクチン(Zostavax®)の接種制度を利用した自然実験の手法(回帰不連続デザイン)を用いて、帯状疱疹ワクチンが認知症発症に与える影響を検討しました。
試験結果から明らかになったことは?
試験デザイン
- 試験デザイン:自然実験(回帰不連続デザイン)
- データ:英国ウェールズの電子健康記録データ
- 対象:
- 1933年9月2日より前に生まれた者:接種不可能
- 1933年9月2日以降に生まれた者:接種可能
- 接種率の比較:
- 1週間早く生まれた群:接種率 0.01%
- 1週間遅く生まれた群:接種率 47.2%
主な結果
評価項目 | 結果 | 95%信頼区間 | P値 |
---|---|---|---|
新たな認知症診断のリスク低下(絶対リスク差) | -3.5ポイント | -7.1 ~ -0.6 | 0.019 |
相対リスク減少率 | 20.0% | 6.5 ~ 33.4 | - |
- 感度分析として、イングランドとウェールズ全体の死亡記録(死因:認知症)を用いた解析でも、同様の傾向が確認された。
- 女性でより強い予防効果が認められた。
コメント
本研究は、ワクチン接種の可否が生年月日で決まるという制度の「境界条件」を利用した自然実験(回帰不連続デザイン)であり、交絡やバイアスの影響を受けにくい因果推論が可能という点が大きな特徴です。
その結果、帯状疱疹ワクチン(生ワクチン)接種により認知症の新規診断リスクが有意に低下したことが示されました。従来の観察研究で示唆されていた関連性に対し、本研究はより因果的な証拠を提供するものとなっています。ただし、あくまでも相関関係が示されたにすぎません。
今後は、他の種類のワクチン(mRNA型、アジュバント型など)や、他地域・他人種集団での再検証が期待されます。また、作用機序(免疫系を介した神経炎症制御など)の解明も重要な課題となるでしょう。
続報に期待。

✅まとめ✅ 英国ウェールズで行われた回帰不連続デザインを用いた自然実験の結果、帯状疱疹ワクチンの接種と認知症発症リスク低下との関連性が示された。
根拠となった試験の抄録(日本語訳)
背景:神経親和性ヘルペスウイルスは認知症の発症に関与している可能性があり、ワクチン接種には標的以外の免疫学的効果がある可能性がある。本研究では、生ワクチンによる帯状疱疹ワクチン接種が認知症診断の発生に与える影響を明らかにすることを目的とした。
方法:英国ウェールズでは、生年月日によって帯状疱疹ワクチンの接種可否が決まる。1933年9月2日より前に生まれた者は接種対象外であり、その後に生まれた者は少なくとも1年間は接種対象となる。この制度を利用して、自然実験(回帰不連続デザイン)を実施した。電子健康記録データに基づき、接種可否境界前後の集団において、認知症診断の発生率を比較した。
結果:接種率は、対象外群(1週間早く生まれた者)で0.01%、対象群(1週間遅く生まれた者)で47.2%と大きく異なっていたが、他の背景因子に有意差はなかった。7年間の追跡期間において、認知症新規診断のリスクはワクチン接種により3.5ポイント低下(95%信頼区間 0.6~7.1、P=0.019)、相対的には20.0%(95%CI 6.5~33.4)の低下と推定された。この保護効果は女性でより強かった。また、イングランドおよびウェールズ全体の死亡記録(死因としての認知症)を用いた感度分析でも同様の結果が確認された。
結論:このユニークな自然実験を通じて、帯状疱疹ワクチンによる認知症予防または遅延効果が、従来の観察研究よりも交絡の影響が少ない形で実証された。
引用文献
Zoster vaccination and the risk of dementia: a natural experiment using a regression discontinuity design
Montero-Odasso M, Zullo AR, Gray T, et al. PMID: 40175543
Nature. 2024 Mar;627(7995):320-326. doi: 10.1038/s41586-024-07120-6.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40175543/
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