日本人大規模コホート研究(BMJ Open. 2022)
― 日本人大規模コホート研究から考える ”Ikigai” の効果
「生きがい(Ikigai)」という概念は、日本独自の文化的背景をもつ心理・社会的要因です。
近年、この主観的な人生の目的意識が、心血管疾患(CVD)などの健康アウトカムと関連する可能性が疫学研究で示されてきました。
今回ご紹介するのは、日本人一般住民を対象とした前向き大規模コホート研究で、
生きがいの程度と心血管死亡リスクとの関連、さらに就業状況による違いを検討した研究です。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究デザイン | 前向きコホート研究 |
| 対象 | 日本国内45自治体在住の40~79歳 |
| 参加者数 | 男性29,517人、女性41,984人 |
| ベースライン | 1988~1990年 |
| 除外条件 | 心血管疾患・がん既往あり |
| 追跡期間 | 中央値19.1年 |
| 主要評価項目 | 心血管疾患(CVD)死亡 |
本研究は、CVDおよびがん既往のない住民を対象としており、
生活・心理要因が将来的な死亡リスクに与える影響を評価する設計となっています。
◆生きがい(Ikigai)の評価方法
- 自記式質問票を用いて評価
- 「生きがいがあるか」という主観的回答を低・中・高の3段階に分類
- 精神疾患の診断や心理尺度による厳密な評価ではない点に注意が必要
◆試験結果①:全体としての心血管死亡リスク
- 追跡期間中にCVD死亡4,680例を確認
- 男性2,393例
- 女性2,287例
- 生きがいが高い群ほどCVD死亡リスクが低下
- この関連は男性でより強い傾向
◆試験結果②:就業状況別の解析
本研究の特徴は、就業状況で層別解析を行った点にあります。
🔹 無職者(unemployed)のみで有意な関連を認めた
無職男性
| 生きがいレベル | 多変量調整HR(95%CI) |
|---|---|
| 低 | 1.00(基準) |
| 中 | 0.74(0.57–0.97) |
| 高 | 0.69(0.52–0.93) |
| 傾向検定 | P<0.044 |
無職女性
| 生きがいレベル | 多変量調整HR(95%CI) |
|---|---|
| 低 | 1.00(基準) |
| 中 | 0.78(0.64–0.95) |
| 高 | 0.77(0.61–0.97) |
| 傾向検定 | P=0.039 |
⇒ 生きがいが高いほどCVD死亡リスクが低下
⇒ 男女ともに一貫した傾向
🔹 就業者では関連なし
- 正社員
- パート・自営業
- 主婦(家事従事者)
これら就業者群では、生きがいとCVD死亡との関連は認められませんでした。
◆早期死亡を除外した感度解析
- ベースラインから5年以内の死亡例を除外
- それでも無職者における逆相関は維持
- 逆因果(重病→生きがい低下)の影響は一定程度排除されたと考えられる
この結果は何を意味するのか?(結果の解釈)
本研究結果から言えるのは、以下の点です:
- 無職者では
→ 生きがいが社会的役割・精神的支柱として重要 - 就業者では
→ 仕事そのものが目的意識や社会的つながりを補完している可能性 - 生きがいは
→ 行動(生活習慣)
→ 心理状態(抑うつ・ストレス)
→ 社会的孤立
などを介してCVDリスクに影響する可能性
ただし、これらは仮説的解釈であり、因果関係を直接示すものではありません。
試験の限界
本研究には、以下の重要な限界があります。
① 観察研究であり因果関係は示せない
- 生きがいがCVD死亡を減らしたのか
- 健康な人ほど生きがいを感じやすいのか
→ 因果の方向は断定不可
② 生きがいの評価が主観的・単一時点
- ベースラインのみ評価
- 追跡中の変化は考慮されていない
③ 残余交絡の可能性
- 抑うつ、不安、社会的支援、性格特性など
→ 完全には調整できていない
④ 日本人集団に限定
- 文化的背景(Ikigai概念)が強く影響
- 他国・他文化への一般化は慎重に解釈すべき
コメント
◆まとめ
- 生きがい(Ikigai)は、無職者において心血管死亡リスク低下と関連
- 特に男性で関連が強い傾向
- 就業者では有意な関連なし
- 因果関係は不明だが、
心理・社会的要因がCVD予後に影響する可能性を示す重要な疫学的エビデンス
⇒ 薬物療法だけでなく、
⇒ 生活背景・心理社会的側面を含めた包括的視点の重要性を示唆する研究といえます。
あくまでも傾向が示されたにすぎませんが、更なる研究の足掛かりになる結果と考えられます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 日本人大規模コホート研究の結果、特に失業中の男性と女性では、生きがいレベルが高いほどCVDによる死亡リスクが低いことが示された。
根拠となった試験の抄録
目的: 人生に目的を持つこと ( Ikigai ) が心血管疾患 (CVD) による死亡リスクと関連しているかどうか、またその関連が雇用状況によって異なるかどうかを調査する。
試験デザイン: 前向きコホート研究。
試験設定: 日本の45市町村の住民。
試験参加者: 1988年から1990年のベースラインでCVDおよび癌に罹患していない、40〜79歳の男性29,517人と女性41,984人。
主要評価項目: CVD 死亡率。
結果: 中央値19.1年の追跡期間中、CVDによる死亡は4,680件(男性2,393件、女性2,287件)観察された。生きがい度が高いほどCVD死亡リスクは低下し、この結果は女性よりも男性でより強かった。就労状況別に層別化すると、逆相関は失業者に限定された。失業者においては、中等度および高度の生きがい度の方が低度よりもCVD死亡リスクの多変量ハザード比が高かった。多変量ハザード比(95%信頼区間)は、男性ではそれぞれ0.74(0.57~0.97)、0.69(0.52~0.93)、傾向のP値<0.044、女性ではそれぞれ0.78(0.64~0.95)、0.77(0.61~0.97)、傾向のP値=0.039であった。男女ともに、パートタイム労働者、自営業者、主婦を含む就労者の間では関連は認められなかった。このような逆相関は、ベースライン調査から5年以内の早期死亡を除外した後でも維持された。
結論: 特に失業中の男性と女性では、生きがいレベルが高いほどCVDによる死亡リスクが低いことが示された。
キーワード: 冠状動脈疾患、疫学、職業医学および産業医学、社会医学、脳卒中医学
引用文献
Purpose in life (Ikigai) and employment status in relation to cardiovascular mortality: the Japan Collaborative Cohort Study
Junji Miyazaki et al. PMID: 36216422 PMCID: PMC9557793 DOI: 10.1136/bmjopen-2021-059725
BMJ Open. 2022 Oct 10;12(10):e059725. doi: 10.1136/bmjopen-2021-059725.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36216422/


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