― 実際には個人作業より効率が落ちる「グループ生産性の錯覚」を科学的に解説 ―
ブレインストーミングや会議で「みんなで意見を出し合ったほうが生産性が高い」と感じる経験は、多くの人が持っています。しかし心理学の研究では “個人で作業した方がアイデア数も質も高くなる” ことが一貫して示されてきました。
では、なぜ ”実態と感覚がズレる” のでしょうか?
そこで今回は、Nijstadらの2006年の論文「The illusion of group productivity(グループ生産性の錯覚)」をご紹介します。
本研究は「錯覚」が生じる理由を “認知的失敗(アイデアが出ない瞬間)” に着目して解明しようとした点が特徴です。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究背景:なぜ人は「グループの方が効率的」と信じるのか
過去50年の研究では、
- 個人で発想 → 後でまとめる(nominal group)
- グループで発話しながら発想(interactive group)
を比較すると、ほぼすべての実験で個人作業が勝つことが示されています。
22研究中18研究で、グループは個人より生産性が低かった(Diehl & Stroebe, 1987)
しかし実際の企業では、ブレインストーミングや会議形式が根強く支持され、
- 「グループの方がアイデアが多く出るはず」
- 「みんなと話すと刺激になる」
- 「達成感がある」
と信じられています。このギャップを 0“グループ生産性の錯覚” と呼びます。
◆本研究の新しい視点:「認知的失敗(cognitive failures)」とは?
著者らが注目したのは、発想時に起こる “失敗” です。
ここでいう失敗とは、
- 新しいアイデアが浮かばない
- 過去に出たアイデアしか思い出せない
といったアイデア産生の停滞を指します。
● なぜグループだと失敗が減るのか?
- 発話の順番待ち(production blocking)で “検索回数” が減る
個人作業では常に自分一人で考え続けるため “検索” が連続し、失敗が起きやすい。
グループでは順番待ち時間があり、検索回数が減り、失敗も減る。 - 他者のアイデアが刺激となり、次のアイデアを思いつきやすい
過去研究でも、他者の発言がアイデア生成を刺激することが確認されている。
👉つまり、グループの方が「行き詰まった感覚」が起きにくいため、満足度が高くなると考えられます。
◆研究デザイン:3つの実験で検証
本論文は以下の3研究から成り立っています。
● Study 1
個人、2人、4人、6人の4条件でブレインストーミングし、
- 個人の方が失敗が多く、満足度が低い
- 失敗の数が、満足度の違いを“媒介”していた(mediation)
が示されました。
● Study 2
「簡単なテーマ」と「難しいテーマ」を比較すると、
- 難しいテーマは失敗が多く → 満足度が低下
- その効果は “失敗数” が媒介
という結果で、仮説を強化しました。
● Study 3
個人・通常の2人組・「異なるテーマで話し合う2人組(mixed dyad)」を比較。
- 難しいテーマでは、個人とmixed dyadで失敗が増え満足度が低くなる
- 易しいテーマでは差がつきにくい
- 通常の2人組では、社会的比較の影響も加わり満足度が高まりやすい
という複合的な結果が得られました。
◆結論:満足度の高さ ≠ 実際の生産性
本研究の総合的な結論は以下の通りです。
✔ グループは “実際の生産性” では個人より劣る
✔ しかし “認知的失敗が少ないため” 生産的に感じやすい
✔ その結果、グループの方が優れているという「錯覚」が生じる
◆医療現場・ビジネス現場への応用
(1)会議は「満足度が高い=生産性が高い」と誤解しやすい
グループで話すと、実際よりも「短時間で成果が出た感」を覚えやすい。
(2)アイデア出しは「まず個人→後で共有」が合理的
研究の蓄積では、アイデアの質・量ともに個人作業のほうが優秀。
(3)グループでの “刺激効果” は重要
ただし他者の発言は、モチベーションや探索の方向性を広げる効果がある。
個人作業と組み合わせることで効果が最大化される。
◆試験の限界
本論文には以下の限界があります:
- 大学生を対象とした実験であり、企業や医療現場とは条件が異なる
- ブレインストーミング課題での成果(アイデア数)をアウトカムとしたため、臨床判断や複雑な意思決定には一般化しにくい
- 満足度・失敗感は自己申告尺度であり、主観的バイアスの影響を受ける可能性がある
- 10〜30分程度の短期タスクでの検証であり、長期的なチームワークには適用範囲が不明
このため、結果は「一般的な作業・会議の心理メカニズム」を示唆するものであり、
すべてのグループ活動の効果を否定するものではありません。
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◆まとめ
- グループは実際の生産性が低くても「うまくいった感覚」を得やすい
- その理由は 認知的失敗が減り、刺激が得られ、達成感が生まれるため
- アイデア出しは個人作業と組み合わせることでより効果的
- グループの満足度だけで効率を判断するのは危険
ただし、2006年の研究結果であることから、再現性を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ アイデア出しの効果を最大限発揮するためには個人作業と組み合わせるとよいのかもしれない。
根拠となった試験の抄録
グループで作業するよりも、一人で作業する方がアイデアを生み出すことが一貫して示されています。しかしながら、一般的にはグループでのブレインストーミングの方が個人でのブレインストーミングよりも効果的だと考えられています。さらに、グループのメンバーは個人よりも自分のパフォーマンスに満足しているにもかかわらず、生み出されるアイデアは少ないのです。私たちは、この「グループ生産性の錯覚」は、グループ環境における認知的失敗(アイデアを生み出せない事例)の減少に一部起因していると考えています。この説明を裏付ける3つの研究は、(1) グループでの相互作用は失敗経験の減少につながり、失敗は環境設定が満足度に与える影響を媒介する、(2) 失敗に影響を与える操作は満足度評価にも影響を与える、ということを示しています。グループワークへの示唆についても議論します。
引用文献
The illusion of group productivity: A reduction of failures explanation.
Nijstad, B. A., Stroebe, W., & Lodewijkx, H. F. M.
European Journal of Social Psychology 2006, 36(1), 31–48.
ー 続きを読む https://doi.org/10.1002/ejsp.295

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