家事頻度と認知機能との関連性は?
認知機能(認知症を含む)の加齢性低下は多くの高齢者で問題となります。運動習慣や社会活動といった可変要因が認知機能に影響する可能性が指摘されてきましたが、日常的な家事(housework)の頻度変化と認知機能との関係を10年にわたって追跡した研究は限られていました。
今回ご紹介する研究では、アメリカの高齢者データを用い、家事頻度の変化(増加・減少・維持)がその後の認知機能推移にどのように関連するかを検討しています。
試験結果から明らかになったことは?
◆背景
- 既存研究では、家事を含む日常活動は認知機能と正の関連を持つことが報告されており、横断研究では高齢者の家事頻度が高いほど認知機能スコアが高い傾向があるという報告もあります。たとえば、BMJ Open誌掲載(BMJ Open)の研究では、家事と記憶・注意機能の関連が見られたことが報告されています。
- しかし、これらは主に横断的観察研究が中心であり「家事頻度が減った/増えた」という変化を含めて縦断的に分析した研究は少ない状況でした。
このような背景から、Wangらの研究は家事の変化トラジェクトリー(軌道)を評価し、認知低下速度との関連を検証したものとして注目されます。
◆研究概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象データ | 米国の Health and Retirement Study (HRS) に登録された 65歳以上の成人 |
| 対象被験者数 | 8,141名 |
| ベース時期・家事頻度評価 | 2008–2010年の2年間での家事頻度変化をもとにグループ分け |
| 家事頻度変化カテゴリ | 「一貫して高頻度(consistently high)」 「低 → 高(low to high)」 「高 → 低(high to low)」 「一貫して低頻度(consistently low)」 |
| 認知機能評価 | 2010~2018年:複合認知スコア(範囲 0–35)による追跡 |
| 統計モデル | 混合効果線形回帰モデル(mixed-effects linear regression) |
| 調整項目 | 年齢、性別、基礎特徴、他の共変量など |
◆主な結果(表形式で整理)
| グループ | 認知低下の上乗せ (β:年あたり) | 95%信頼区間 (CI) | 比較対象 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| High → Low(高 → 低頻度) | −0.079 | (−0.117 ~ −0.042) | Consistently High | 家事頻度が減少した群は、一貫して高頻度群に比べて追加の認知機能低下を示した |
| Consistently Low(一貫して低頻度) | −0.090 | (−0.126 ~ −0.054) | Consistently High | 家事頻度が低い状態を持続した群も追加の認知機能低下を示した |
| Low → High(低 → 高頻度) | −0.027 | (−0.074 ~ 0.019) | Consistently High | 統計的有意差なし(p=0.252) |
- 「Low → High」群では、一貫して高頻度群との差異は有意ではありませんでした。
- 性別・年齢階層(65–79歳 vs. ≥80歳)による効果修飾は認められなかったとの報告もありました(性別の交互作用p=0.765, 年齢の交互作用p=0.069)。
◆解釈・考察のポイント
- 家事頻度の維持・減少の違いが認知低下に関係
家事頻度が高い状態を維持する(または高 → 低へ減少しない)ことは、他の群と比較して認知機能の低下を抑える傾向があると示唆されます。 - 頻度増加(Low → High)は明確な改善を示さなかった
ただし、低頻度から高頻度への転換が「追加的な認知機能の低下回避」を達成できるかどうかは、この研究では統計的に支持されませんでした。 - 効果量の解釈
β=–0.079や–0.090年あたりという数値は、1年あたりのスコア低下の追加分を示します。ただし、これが認知臨床上どの程度意味を持つか(例えば認知症発症リスクへの影響など)はこの研究からは直接判断できません。 - 感度解析の結果
著者らは様々な感度解析を実施しており、基準認知機能上位半分のサブ群や居住条件変化を考慮したモデルでも、主結果との整合性が確認されたと報告しています(逆因果性を除外する可能性を高める工夫)。
◆試験の限界と注意点
- 家事頻度は自己申告によるものであり、主観・回答バイアスの影響が残る可能性があります。
- 家事「頻度」の変化は定性的(高/低)グループ化されており、家事の種類や強度、エネルギー消費量などは考慮されていません。
- 低頻度→高頻度群で有効性が検出されなかった点は、転換後期間の短さや他の介入要因(運動・社会活動など)との重複影響を排除できない可能性があります。
- 認知スコア低下と実際の認知症発症や日常生活機能低下との関連まではこの研究からは直接評価できません。
- データはアメリカ成人を対象としており、他国(日本など)への外挿には注意が必要です。
◆臨床・健康支援への示唆
- 高齢者にとって、日常的な家事活動を維持することは、認知機能低下を遅らせる有用な生活要因の一つとなる可能性があります。
- 家事頻度が減少傾向にある場合には、軽い家事を徐々に取り戻す形での介入を検討する価値があるかもしれません。
- ただし、認知機能低下を防ぐ目的で家事を強制するのではなく、個人の体力・活動性・興味を勘案しながら無理のない範囲で継続可能な活動を支援することが重要です。
- 将来的には、家事活動を含む日常運動習慣の整備を認知症予防プログラムに取り入れる検討も期待されます。
◆まとめ
この研究は、高齢者における家事頻度変化と認知機能低下の関係を10年にわたって追跡したもので「家事頻度を高く維持すること」、「頻度を低下させないこと」が認知機能の低下を抑える可能性を示唆しています。ただし、頻度を上げることの効果は明確には示されず、因果性を確定するにはさらなる研究が必要です。
続報に期待。

✅まとめ✅ 米国のデータベース研究の結果、老年期に家事への関与を一貫して高いレベルに維持することは、性別や年齢に関係なく、認知機能の低下を遅らせることに関連していた。
根拠となった試験の抄録
はじめに: 身体活動レベルは、アルツハイマー病および関連認知症の発症リスクを低下させる役割を果たしています。しかし、65歳以上の米国成人において、家事の変化が認知機能にどのような影響を与えるかについてはほとんど分かっていません。本研究では、10年間にわたる家事頻度の変化と認知機能との相関関係を調査します。
方法: 健康と退職に関する調査に参加した65歳以上の成人8141名のデータを分析し、2008年から2010年までの家事頻度の変化を「一貫して高い」、「低いから高い」、「高いから低い」、「一貫して低い」に分類した。認知機能は2010年から2018年まで複合スコア(範囲 0~35)を使用して測定し、混合効果線形回帰モデルを適合させた。
結果: 8141名の参加者(年齢中央値 75歳 [SD 6.6]、女性 59.3%)のうち、家事頻度が高から低へ、または一貫して低い状態へ変化したと回答した人は、家事頻度が一貫して高い状態を維持した人と比較して、それぞれ0.079(95%信頼区間 -0.117 ~ -0.042)、0.090(95%信頼区間 -0.126 ~ -0.054)の追加認知機能低下と関連していた。家事頻度が低い状態から高い状態へ変化したと回答した成人と、一貫して高い状態を維持した人を比較した場合、統計的に有意な追加認知機能低下は認められなかった(β=-0.027、95%信頼区間 -0.074 ~ 0.019、P=0.252)。この関連性は、女性と男性の間でも同様であり(交互作用P=0.765)、80歳以上の成人と65〜79歳の成人の間でも同様であった(交互作用P=0.069)。
結論: 老年期に家事への関与を低いレベルから高いレベルに移行するか、一貫して高いレベルに維持することは、性別や年齢に関係なく、認知機能の低下を遅らせることに関連していた。
キーワード: 軌跡、家事頻度の変化、認知機能の低下、疫学
引用文献
Changes in Housework Frequency and Subsequent Cognitive Function and Rate of Decline Among Adults Aged ≥ 65 in the United States, 2008-2018
Nan Wang et al. PMID: 40928238 DOI: 10.7812/TPP/24.173
Perm J. 2025 Sep 10:1-10. doi: 10.7812/TPP/24.173. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40928238/

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