費用対効果に優れる血圧の管理目標値は?
降圧治療の大規模臨床試験(SPRINT試験など)では、収縮期血圧(SBP)の目標を120mmHg未満とする集中的な降圧管理が、140mmHg未満の従来目標に比べて有効であることが示されています。
さらに経済評価では、120mmHg未満を目指すことは高リスク患者において費用対効果に優れるとされてきました。しかし、実臨床では血圧測定誤差が避けられず、米国心臓病学会(ACC)・米国心臓協会(AHA)のガイドラインは「130mmHg未満」を推奨しています。
本研究では、この血圧測定誤差が費用対効果に及ぼす影響を解析しました。
試験結果から明らかになったことは?
- 解析手法:マイクロシミュレーションモデル
- 対象データ:SPRINT試験と既存文献
- 対象集団:心血管リスクが高い患者(糖尿病・脳卒中既往を除く)
- 介入:収縮期血圧目標を「120mmHg未満」、「130mmHg未満」、「140mmHg未満」の3群で比較
- アウトカム:増分費用効果比(ICER: Incremental Cost-Effectiveness Ratio)を算出
- 視点:ヘルスケアセクターの立場からの費用効果評価
- タイムホライズン:生涯
主な結果
測定条件 | 「120mmHg未満」vs「130mmHg未満」のICER | 費用対効果の評価 |
---|---|---|
研究グレード測定(誤差0mmHg) | 24,400ドル/QALY | 費用対効果あり |
通常の測定誤差(平均7.3mmHg) | 42,000ドル/QALY | 費用対効果あり |
高い測定誤差(平均≥14.6mmHg) | 100,000ドル/QALY超 | 費用対効果は低下 |
CVDリスク上昇の閾値が116mmHg以上 | 100,000ドル/QALY超 | 費用対効果は低下 |
降圧薬による不利益(disutility ≥0.003/QALY/薬剤) | 100,000ドル/QALY超 | 費用対効果は低下 |
表の見方
- ICER(増分費用効果比)は1QALY(質調整生存年)を得るために必要な追加コストを示す指標です。
- 一般的に米国では「50,000〜100,000ドル/QALY」が費用対効果の目安とされます(日本では500万円/QALY)。
- 本研究では、測定誤差が小さい状況では「120mmHg未満」の降圧目標が費用対効果に優れましたが、誤差が大きい場合や低血圧でリスクが上昇する場合には「130mmHg未満」が現実的な選択となりうることが示唆されました。
ベースケース解析
- 測定誤差なし(研究グレード、平均誤差0mmHg)
→ 「120mmHg未満」vs.「130mmHg未満」のICERは 24,400ドル/QALY - 通常の測定誤差あり(平均誤差7.3mmHg)
→ ICERは 42,000ドル/QALY に上昇
感度分析
- 誤差が大きい場合(平均誤差 ≥14.6mmHg)
→ ICERは 100,000ドル/QALY超 - 心血管リスク上昇の閾値が116mmHg以上の場合
→ 「120mmHg未満」は費用対効果が低下 - 降圧薬服用による不利益(disutility)が0.003/QALY以上の場合
→ 「120mmHg未満」の費用対効果は不利
制限事項
- 低血圧領域(<115mmHg)における心血管リスクの関係には不確実性が残る
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◆臨床的意義
- 血圧管理の目標設定は、測定精度と患者個別のリスクを踏まえて決定すべき。
- 血圧測定の標準化や、臨床現場での測定誤差低減が、費用対効果の観点からも重要である。
SPRINT適格の高リスク患者(糖尿病・脳卒中既往なし)では「120mmHg未満」の集中的な降圧目標は多くの状況で費用対効果が高いことが示されました。
ただし、測定誤差が大きい場合や低血圧域でのリスク上昇が顕著な場合には「130mmHg未満」が現実的な選択肢となる可能性があります。
日本でも同様の結果が示されるのか、再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ マイクロシュミレーションによる費用対効果分析の結果、糖尿病や脳卒中の既往がなく、心血管リスクが高いSPRINT試験の適応患者の場合、収縮期血圧測定の誤差を考慮すると、ほとんどの状況において120mmHg未満の目標血圧設定が費用対効果が高かった。収縮期血圧測定の誤差が大きく、低収縮期血圧でCVDリスクが増加するシナリオでは、130mmHg未満の目標血圧設定が費用対効果が高くなる可能性がある。
根拠となった試験の抄録
背景: 臨床試験の分析により、心血管疾患リスクの高い患者の場合、収縮期血圧(SBP)の目標値を120mmHg未満とすることは、140mmHg未満とすることと比較して費用対効果が高いことが示されています。しかし、米国心臓病学会(ACDC)および米国心臓協会(AHA)のガイドラインでは、日常診療における血圧測定の誤差を理由に、130mmHg未満を目標値とすることを推奨しています。
目的: 測定誤差が集中的な SBP 目標の費用対効果に与える影響を評価する。
設計: SBP測定誤差を変化させたマイクロシミュレーションモデル。
データソース: SPRINT(収縮期血圧介入試験)データおよび公開文献。
対象者: 心血管リスクの高い患者。
時間範囲: 生涯
視点: ヘルスケア分野
介入: SBP目標値は120mmHg未満、130mmHg未満、140mmHg未満。
成果指標: 増分費用対効果比 (ICER)。
ベースケース分析の結果: 研究グレードの収縮期血圧測定(平均誤差0mmHg)では、目標血圧120mmHg未満と130mmHg未満のICERは、質調整生存年(QALY)あたり24,400ドルでした。平均測定誤差(120mmHg未満の目標値で平均誤差7.3mmHg)では、ICERはQALYあたり42,000ドルに増加しました。
感度分析の結果: 120mmHg 未満の目標に対する ICER は、誤差が大きいシナリオ (120mmHg 未満の目標で平均誤差が14.6mmHg以上)、心血管疾患 (CVD) のリスク増加の変曲点が116mmHg以上、および降圧薬 1 錠あたりの服薬不効用が少なくとも0.003のシナリオでは、QALYあたり10万ドルを超えました。
研究の制限: 治療後の低いSBP (たとえば、<115mmHg) と心血管リスクの関係が不確実です。
結論: 糖尿病や脳卒中の既往がなく、心血管リスクが高いSPRINT試験の適応患者の場合、収縮期血圧測定の誤差を考慮すると、ほとんどの状況において120mmHg未満の目標血圧設定が費用対効果が高いと考えられる。収縮期血圧測定の誤差が大きく、低収縮期血圧でCVDリスクが増加するシナリオでは、130mmHg未満の目標血圧設定が費用対効果が高くなる可能性がある。
主な資金提供元: 米国国立科学財団および国立神経疾患・脳卒中研究所
引用文献
Effect of Systolic Blood Pressure Measurement Error on the Cost-Effectiveness of Intensive Blood Pressure Targets
Karen C Smith et al.
Ann Intern Med. 2025 Aug 19. doi: 10.7326/ANNALS-25-00560. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40825205/
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