◆背景:うつと肥満、その関連性とは?
大うつ病性障害(Major depressive disorder, MDD)と肥満は、それぞれ世界的な健康課題とされており、併存する頻度も高いことが知られています。
近年では、炎症や代謝異常を介した両者の生物学的関連が注目されており「スタチン(脂質低下薬)」に抗うつ効果があるのではという仮説が動物実験や小規模臨床試験で提起されてきました。
しかし、実臨床における検証は充分に行われていません。
そこで今回は、肥満を伴うMDD患者を対象にシンバスタチンの有効性を検証した二重盲検ランダム化比較試験の結果をご紹介します。
◆研究の目的と方法
この研究では、肥満を伴う大うつ病性障害患者に対して、抗うつ薬エスシタロプラムにスタチン(シンバスタチン)を併用することで、うつ症状の改善が得られるかを検証しました。
- 研究デザイン:多施設共同・二重盲検・ランダム化プラセボ対照試験(RCT)
- 対象者:大うつ病性障害(MDD)かつ肥満(BMI≥30)を有する成人 160名(平均年齢 39歳、女性 79%)
- 介入内容:
- 全例にエスシタロプラム(10mgから開始 → 20mgへ増量)
- 併用薬として、シンバスタチン 40mg/日 vs. プラセボを12週間投与
試験結果から明らかになったことは?
◆うつ症状への効果は?
主要評価項目は「MADRSスコア(Montgomery–Åsberg Depression Rating Scale)の12週時点での変化量」です。
群 | MADRSスコア変化 | 有意差(p値) |
---|---|---|
シンバスタチン | 改善あり | 差はなし(p=0.71) |
プラセボ | 改善あり |
→ スタチン追加により、うつ症状改善効果はみられませんでした。
※日本の研究結果では、臨床上重要な差異の最小差(MCID)としてMADRSスコアで4.89〜4.94、
MADRS改善率で31.15〜35.10%が報告されている。
◆副次的な健康指標には変化が‥
うつ症状に直接的な改善は認められませんでしたが、以下のような心血管リスク因子には有意な改善が見られました:
- LDLコレステロール:−40.4mg/dL(vs. プラセボ −3.8) P<0.001 vs. プラセボ
- 総コレステロール:−39.1mg/dL(vs. プラセボ −4.9) P<0.001 vs. プラセボ
- CRP(炎症マーカー):−1.04mg/L(vs. プラセボ +0.57) P<0.003 vs. プラセボ
いずれも統計学的に有意。
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◆考察と臨床的インパクト
本研究の結果から、スタチンは抗炎症作用や代謝改善効果が期待できても、エスシタロプラムに追加してもうつ症状の改善にはつながらないことが示されました。
✏️ ポイント整理
- スタチンによる抗うつ効果は限定的と考えられる
- うつ病患者においても、脂質管理の必要性や心血管リスク低下には一定の意義あり
- 「抗うつ薬+スタチン」治療は、全例に推奨されるわけではない
◆限界と今後の展望
- 対象がドイツの9施設の患者に限られており、他人種や年齢層での再検証が必要
- 研究期間は12週間と中短期的であり、長期効果は未検証
- 主要評価はエスシタロプラム単剤反応の上乗せ効果であり、スタチン単独の抗うつ作用は評価されていない
◆まとめ
✅ 肥満とうつの併存患者において、シンバスタチンの併用はうつ症状を有意に改善しなかった
✅ しかし、LDLコレステロールや炎症マーカーの改善は認められ、心血管リスク管理としての意義は高い
✅ 「抗うつ+代謝管理」のアプローチは、今後も個別化医療の観点から検討が続けられそうです。
なお、スタチンの中でもシンバスタチンが選ばれれている背景についてですが、これはシンバスタチンが中枢作用を有している可能性が基礎研究や小規模な研究で示されているためです。
これまでもシンバスタチンと抑うつ症状についての検証がいくつか行われていますが、有望な結果は示されていません。サンプルサイズや患者背景、アウトカム設定などの研究デザインに課題が残るものの、現時点においてはシンバスタチンによる抑うつ症状改善が期待できません。
他のスタチンでも同様の結果が示されるのか、まずはコホート研究等での検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 二重盲検ランダム化比較試験の結果、MDDと肥満を併発する患者において、シンバスタチンをエスシタロプラムに追加投与した場合、心血管リスクプロファイルは改善したにもかかわらず、シンバスタチンは抗うつ効果を増強しないことが示された。
根拠となった試験の抄録
試験の重要性: 大うつ病性障害(MDD)と肥満は、大きな疾患負担を伴う一般的な非感染性疾患であり、しばしば併存します。興味深いことに、動物モデル、遺伝学的研究、観察研究から得られたエビデンスが収束し、肥満、メタボリックシンドローム、うつ病の間に生物学的な関連性があることが示唆されています。いくつかの小規模ランダム化臨床試験(RCT)では、スタチンの抗うつ効果が示唆されています。
目的: エシタロプラムにシンバスタチンを追加した場合、プラセボを追加した場合と比較してうつ病症状の改善に効果があるかどうかを調べる。
試験デザイン、設定、および参加者: 本研究は、検証的、二重盲検、プラセボ対照、多施設ランダム化比較試験であった。ドイツの9つの三次医療機関において、MDDおよび併存肥満を有する成人が本解析に登録された。データは2024年7月から10月まで解析された。
介入: シンバスタチン(1日40mg)またはプラセボをエスシタロプラム(最初の2週間は10mg、その後研究終了時まで20mgに増量)に追加して、12週間にわたり二重盲検法で投与した。
主要評価項目と評価基準: 主要評価項目は、ベースライン(第0週)から第12週までのMontgomery-Åsbergうつ病評価尺度(MADRS)スコアの変化でした。
結果: 2020年8月21日から2024年6月6日までに、ドイツの9施設で合計161人の患者が登録され、そのうち160人の患者が治療意図解析に含まれた(プラセボ:n=79、シンバスタチン:n=81、平均年齢、39.0[SD 11.0]歳、女性126人[79%])。試験への継続率は良好(95.6%)で、盲検化は効果的に維持された。重篤な有害事象は4件あったが群間差はなかった。治療意図サンプルの主要評価項目解析では、MADRSスコアにおいてシンバスタチン追加による有意な治療効果は示されなかった(繰り返し測定の混合モデル、最小二乗平均差 0.47ポイント、95%CI -2.08~3.02、P=0.71)。精神衛生関連の副次的エンドポイントのいずれにおいても、シンバスタチン治療の効果は観察されませんでした。しかし、シンバスタチン治療により、低密度リポタンパク質コレステロール(シンバスタチン -40.37mg/dL; 95%CI -47.41 ~ -33.33mg/dL、プラセボ -3.78mg/dL; 95%CI -11.18~3.62mg/dL、P<0.001)、総コレステロール(シンバスタチン -39.07mg/dL; 95%CI -49.42 ~ -28.73mg/dL、プラセボ -4.89mg/dL; 95%CI -15.64~5.87mg/dL、P<0.001)、C反応性タンパク質(シンバスタチン -1.04mg/L; 95%CI -1.89 ~ -0.20mg/L、プラセボ 0.57mg/L、95%CI -0.28~1.42mg/L、P=0.003)が有意に改善した。
結論と関連性: 本研究は主要評価項目を達成できなかった。これは、MDDと肥満を併発する患者において、シンバスタチンをエスシタロプラムに追加投与した場合、心血管リスクプロファイルは改善したにもかかわらず、シンバスタチンは抗うつ効果を増強しなかったことを示している。
試験登録: ClinicalTrials.gov 識別子: NCT04301271。
🔍 引用文献
Simvastatin as Add-On Treatment to Escitalopram in Patients With Major Depression and Obesity: A Randomized Clinical Trial
Christian Otte et al. PMID: 40465256 PMCID: PMC12138799 DOI: 10.1001/jamapsychiatry.2025.0801
JAMA Psychiatry. 2025 Jun 4:e250801. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2025.0801. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40465256/
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