大うつ病性障害患者に対するビデオゲームの効果は?
大うつ病性障害(MDD)の患者は、感情や気分の低下、記憶障害などの認知障害をしばしば経験します。MDDにはさまざまな治療法がありますが、その多くはMDDに伴う認知障害には対処していません。3Dビデオゲームをプレイすることは、健康な人の認知機能を改善することが明らかとなっているものの、MDD患者の抑うつ気分や意欲にどのような影響を与えるかは明らかとなっていません。
そこで今回は、MDD患者において、6週間のビデオゲーム介入が抑うつ気分、訓練意欲、視空間(ワーキング)記憶機能の改善につながるかどうかを検討した研究結果をご紹介します。
合計46例の臨床的うつ病患者が、ビデオゲームをプレイする実験的「3Dビデオゲーム」群(n=14)、コンピュータプログラム「CogPack」で訓練を行う能動的対照群(n=16)、心理療法や薬物療法を含む標準的な臨床治療を受ける通常治療群(n=16)の3群のいずれかにランダムに割り付けられました。試験参加者は、トレーニング介入前後に、抑うつ症状、トレーニング動機、視覚-空間(ワーキング)記憶機能を尋ねる自己報告式の質問紙を含む神経心理学的評価が行われました。
なお、3Dビデオゲームとして、ニンテンドースイッチ(Nintendo Switch)の「スーパーマリオ オデッセイ Super Mario Odyssey 」が採用されました。
試験結果から明らかになったことは?
PICO
P(Population):臨床的にうつ病(MDD)と診断された46例
I(Intervention):実験群は3Dビデオゲームをプレイ(14例)
C(Comparison):
能動的対照(アクティブコントロール)群は「CogPack」プログラムを使用(16例)、
通常治療(treatment-as-usual, TAU)群は標準治療(心理療法や薬物療法)を受けた(16例)
O(Outcome):抑うつ症状、トレーニング動機、視覚-空間(ワーキング)記憶機能を尋ねる自己報告式の質問紙を含む神経心理学的評価
T(Type):非盲検ランダム化比較試験、6週間の介入効果検証
L(limitation):小規模、非盲検、実験群の平均年齢が低い(有意差なし)、群間比較ではなく介入前後の比較
試験結果
抑うつ状態の割合
介入前 | 介入後 | 介入後の得点平均 | |
3Dビデオゲーム群 | 100 | 57 | 16.14 p=0.03 |
CogPackプログラム群 | 94 | 75 | 22.5 p=0.25 |
通常治療(TAU)群 | 75 | 63 | 19.44 p=0.13 |
抑うつ症状に関しては、Beck Depression Inventoryによって測定された臨床レベルの抑うつ症状を示す参加者の割合の有意な減少は、3Dビデオゲーム群でのみ認められました。
トレーニングの動機づけのレベル
動機づけの平均レベル | |
3Dビデオゲーム群 | M=5.39, SD=0.70 群間の有意差検定:F(3,25)=6.49, p=0.02, ηp2=0.20 |
CogPackプログラム群 | M=5.07, SD=0.71 |
訓練(トレーニング)を行う動機づけの平均レベルは、能動的対照群と比較して、3Dビデオゲーム群で有意に高いことが示されました。
視空間(作業)記憶
BVMTR変数 | WMSブロックタッピングテスト | |
3Dビデオゲーム群 | t(13)= -2.18、p=0.048、d=0.58 | t(13)= 1,43, p=0.18, d=0.38 |
CogPackプログラム群 | t(15)= -3.72、p=0.002、d=0.93 | t(15)= 3.64, p=0.002, d=0.90 |
通常治療(TAU)群 | t(15)= -1.01、p=0.33、d=0.25 | t(15)= 0.23, p=0.81, d=0.06 |
3Dビデオゲーム群が1つの視覚-空間記憶テストにおいてのみ有意に改善したのに対し、能動的対照(CogPackプログラム)群はすべての視覚-空間記憶機能において改善しました。3Dビデオゲーム群は、CogPack群やTAU群よりも有意な改善がみられませんでした。
コメント
3Dビデオゲームをプレイすることは、健康な人の認知機能を改善することが示されていますが、大うつ病性障害患者の抑うつ気分や意欲に対する効果について充分に検証されていません。
さて、非盲検ランダム化比較試験の結果、ビデオゲームを用いた認知トレーニングは、単体の認知トレーニングのほかに、主観的幸福感を高め、トレーニングの動機づけレベルを高め、大うつ病性障害における視覚-空間(ワーキング)記憶機能の改善につながる可能性が示唆されました。
ただし、今回の研究で明確に示されたのは、介入前後の抑うつ症状の改善のみです。また、小規模な研究結果であることと、抑うつ状態の評価においてベースラインのスコアに差があり、かつ群間比較ではない点は大きな制限であると考えられます。とはいえ、簡便にできる介入の結果としては非常に期待が持てると考えられます。
続報に期待。
✅まとめ✅ ビデオゲームを用いた認知トレーニングは、単体の認知トレーニングのほかに、主観的幸福感を高め、トレーニングの動機づけレベルを高め、大うつ病性障害における視覚-空間(ワーキング)記憶機能の改善につながる可能性が示唆された。
根拠となった試験の抄録
背景:大うつ病性障害(MDD)の患者は、感情や気分の低下、記憶障害などの認知障害をしばしば経験する。MDDにはさまざまな治療法があるが、その多くはMDDに伴う認知障害には対処していない。3Dビデオゲームをプレイすることは、健康な人の認知機能を改善することが分かっているが、MDDの人の抑うつ気分や意欲にどのような影響を与えるかは明らかではない。本研究の目的は、MDD患者において、6週間のビデオゲーム介入が抑うつ気分、訓練意欲、視空間(ワーキング)記憶機能の改善につながるかどうかを検討することである。
方法:合計46例の臨床的うつ病患者を、ビデオゲームをプレイする実験的「3Dビデオゲーム」群(n=14)、コンピュータプログラム「CogPack」で訓練を行う能動的対照群(n=16)、心理療法や薬物療法を含む標準的な臨床治療を受ける通常治療群(n=16)の3群のいずれかにランダムに割り付けた。参加者は、トレーニング介入前後に、抑うつ症状、トレーニング動機、視覚-空間(ワーキング)記憶機能を尋ねる自己報告式の質問紙を含む神経心理学的評価を行った。
結果:抑うつ症状に関しては、Beck Depression Inventoryによって測定された臨床レベルの抑うつ症状を示す参加者の割合の有意な減少は、3Dビデオゲーム群でのみ認められた。さらに、訓練を行う動機づけの平均レベルは、能動的対照群と比較して、3Dビデオゲーム群で有意に高かった。さらに、3Dビデオゲーム群が1つの視覚-空間記憶テストにおいてのみ有意に改善したのに対し、能動的対照群はすべての視覚-空間記憶機能において改善した。3Dビデオゲーム群は、CogPack群やTAU群よりも有意な改善はみられなかった。
3.2.1. 抑うつ状態の割合 McNemar検定により、抑うつ症状(BDI-II≧13)を有する参加者の割合について、3Dビデオゲーム群のみ介入前と介入後で統計的に有意な差が認められた(測定前の抑うつ状態の参加者の割合=100、測定後の抑うつ状態の参加者の割合=57、 p=0.03、介入後の生得点平均=16.14)であったが、CogPack群(測定前のうつ病参加者の割合=94、測定後のうつ病参加者の割合=75、p=0.25、介入後の生スコア平均=22.5)やTAU群(測定前のうつ病参加者の割合=75、測定後のうつ病参加者の割合=63、p=0.13、介入後の生スコア平均=19.44)。 このスコアは、Bonferroni-Holm法を用いて多重比較の補正を行った場合、有意ではできなかった。それでもなお、3Dビデオゲーム群では抑うつ症状に対する認知トレーニングの効果がなかったという帰無仮説に対する証拠を発見し、3Dビデオゲーム群においてのみ、抑うつ症状を有する患者の割合が経時的に有意に減少したと結論づけた。
3.2.2. トレーニングの動機づけのレベル ANCOVAを用いて、6週間のトレーニング期間中、2つの介入群間の平均動機づけレベルを比較した。年齢(p=0.03)と性別(p = 0.049)の影響をコントロールしたところ、グループの有意な効果[F(3,25)=6.49, p=0.02, ηp2=0.20]が認められ、3Dビデオゲーム群(M=5.39, SD=0.70)では、CogPack群(M=5.07, SD=0.71)と比較して、トレーニングを実施するモチベーションが高いことが示された。したがって、2つの介入群間で動機づけスコアに差がないという帰無仮説を棄却し、認知トレーニングを実施する全体的な動機づけは、CogPack群と比較して3Dビデオゲーム群で高かったと結論づけた。
3.2.3. 視空間(作業)記憶 BVMT-RとWMSブロックタッピングテストで年齢と性別の影響を調整したところ、群×時間の交互作用は統計的に有意なレベルには達しなかった(BVMT-R: F(2,41) = 2.87, p = 0.07, ηp2 = 0.12; WMSブロックタッピング: F(2,41) = 1.89, p = 0.16, ηp2 = 0.08)。しかし、BVMT-R[F(2,41) = 16.88, p = 0.00]とWMSブロックタッピングテスト[F(2,41) = 8.88, p = 0.005。] 介入前と介入後の成績を比較した対のt検定では、3Dビデオゲーム群[t(13)= -2.18、p=0.048、d=0.58]とCogPack群[t(15)= -3.72、p=0.002、d=0.93]ではBVMTR変数の経時的な有意な改善が示されたが、TAU群[t(15)= -1.01、p=0.33、d=0.25]では示されなかった。WMSブロックタッピングテストでは、CogPack群でのみ有意な経時的改善がみられたが[t(15)= 3.64, p=0.002, d=0.90]、3Dビデオゲーム群[t(13)= 1,43, p=0.18, d=0.38]やTAU群[t(15)= 0.23, p=0.81, d=0.06]ではみられなかった。多重検定のためのボンフェローニ・ホルム補正を適用した結果、CogPack群のp値だけ有意だった。
結論:今回の所見から、ビデオゲームを用いた認知トレーニングは、単体の認知トレーニングのほかに、主観的幸福感を高め、トレーニングの動機づけレベルを高め、大うつ病性障害における視覚-空間(ワーキング)記憶機能の改善につながる可能性が示唆される。しかし、この研究は混合研究であり、非盲検であることから、結果の解釈には注意が必要である。より大規模なサンプルと追跡調査による更なる研究が必要である。
キーワード:認知トレーニング、抑うつ症状、大うつ病性障害、トレーニング動機、ビデオゲーム、視空間記憶
引用文献
Effects of a video game intervention on symptoms, training motivation, and visuo-spatial memory in depression
Moritz Bergmann et al. PMID: 37692312 PMCID: PMC10484510 DOI: 10.3389/fpsyt.2023.1173652
Front Psychiatry. 2023 Aug 24:14:1173652. doi: 10.3389/fpsyt.2023.1173652. eCollection 2023.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37692312/
コメント