血圧コントロールにおける機械学習の効果は?
医療では、高リスクの患者は治療により最も恩恵を受けるという暗黙の前提のもと、臨床医が個人を治療する ‘high-risk approach’(ハイリスクアプローチ)が用いられます。一方、新しい機械学習法を用いて最も高い利益を推定した個人を治療すること(’high-benefit approach’ ハイベネフィットアプローチ)は、集団の健康状態を改善する可能性があります。しかし、実臨床における検証は充分ではありません。
そこで今回は、機械学習によるCausal Forest*を適用し、3年後の心血管アウトカムの減少に対する集中的なSBPコントロールの個別化治療効果(ITE)の予測モデルを適用した試験の結果をご紹介します。
本研究では、2件のランダム化比較試験(Systolic Blood Pressure Intervention Trial、Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Blood Pressure)から、収縮期血圧(SBP)の目標を120mmHg未満(集中治療)または140mmHg未満(標準治療)にランダム化した10,672例が対象となりました。
ハイベネフィットアプローチ(ITE>0の人を治療する)とハイリスクアプローチ(SBP≧130mmHgの人を治療する)の性能が比較されました。また、transportability formulaが用いられ、National Health and Nutrition Examination Surveys(NHANES)1999-2018の米国成人14,575例を対象に、これらのアプローチの効果が推定されました。
*機械学習の手法を用いて複数の属性情報で条件付けた介入効果を予測し、その予測された介入効果を用いた分析。この効果を、条件付介入効果(Conditional Average Treatment Effect; CATE)や異質介入効果(Heterogeneous Treatment Effect; HTE)と呼ぶ。観察可能な多数の属性変数を用いて、その異質性を推定する手法をCausal tree/Causal forestと呼び、分析した集団の特徴や異質性を示す属性を推定する。これによりCATEを明らかにすることが、Causal forestの目的。Causal tree(因果木)を複数作成し、その結果を統合したものがCausal forest(因果森)。
試験結果から明らかになったことは?
SBP≧130mmHgの集団の78.9%がSBP集中コントロールの恩恵を受けていることが明らかとなりました。
ハイベネフィットアプローチ (機械学習法) | ハイリスクアプローチ | アプローチ間の差 | |
平均治療効果 (3年後の心血管アウトカム減少) | +9.36%ポイント (95%CI 8.33〜10.44) | +1.65%ポイント (95%CI 0.36〜2.84) | +7.71%ポイント (95%CI 6.79〜8.67) P<0.001 |
ハイベネフィットアプローチはハイリスクアプローチを上回ることが示されました[平均治療効果+9.36(95%CI 8.33〜10.44) vs. +1.65(95%CI 0.36〜2.84)、これら2つのアプローチ間の差 +7.71(95%CI 6.79〜8.67)%ポイント、P<0.001]。
この結果は、NHANESのデータに移植した場合でも一貫していました。
コメント
これまでの従来医療において、治療する対象集団を選定する際に心血管疾患や死亡などの発生率が高い「ハイリスク患者」の治療を優先してきました。ハイリスク患者に注力するという意味で、これをハイリスクアプローチと呼びます。一方で、近年急速な発展を遂げている機械学習を応用することで、個人レベルの治療効果を推定することができ、推定される治療効果の高い集団(ハイベネフィット患者)にターゲットを絞ったアプローチが可能となってきました。これをハイベネフィットアプローチと呼びますが、実臨床における効果については明らかとなっていませんでした。
さて、本試験結果によれば、2件のランダム化比較試験のデータを用いた推定により、機械学習ベースのハイベネフィットアプローチは、より大きな治療効果を有するハイリスクアプローチを凌駕することが示されました。その効果は約5倍となりました。さらに、米国の保健福祉省による全国健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey: NHANES)のデータにおいても、同様の結果が得られたようです。
機械学習データを用いたベネフィットアプローチを応用することで、厳格な降圧管理を受けるべき個人を効率的に同定し、介入によって得られる効果を最大化できる可能性が示唆されたことになります。
続報に期待。
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