イリノテカン誘発性下痢に対してプロバイオティクスを使用しても問題ないのか?
イリノテカンは、結腸結腸がんの治療に使用される薬剤の一つですが、下痢の高い発生率が課題です。イリノテカン誘発性の下痢は使用患者全体の60〜90%に発生し、重度下痢は20〜40%であることが知られています。
イリノテカンによる下痢は、発生時期により、早期性下痢および遅発性下痢の2相に分けることができます。早発性下痢とは、イリノテカン投与24時間以内に生じる下痢であり、イリノテカンの薬理作用であるコリン作動性の腸管蠕動亢進が原因です。これにより、流涙や流涎、発汗、鼻汁、疝痛などのコリン症状も伴うことが知られています。そのため、この治療としては、抗コリン薬(ブチルスコポラミン臭化物など)の投与が挙げられます。遅発性下痢とは、イリノテカン投与4日~10日目をピークに生じる下痢で、イリノテカンの活性代謝物SN-38による消化管粘膜の直接障害が原因とされています。腸管粘膜の萎縮、脱落による防御機能の低下や好中球減少時期と重なることで、腸管感染を伴うことがあります。そのため、治療としては、ロペラミドなどの止瀉薬の投与が挙げられます。ただし、ロペラミドは腸管麻痺を引き起こすことがあるため、注意を要します。また、重篤な下痢の場合は、入院加療、抗菌薬の投与が必要となるケースもあります。そもそもイリノテカンの投与対象となる直腸がん術後患者では、軟便、頻便を呈していることもあるため、化学療法に伴う下痢と鑑別することが求められます。そのため、止瀉薬は漫然と投与せず、便秘の発現に注意する必要もあります。
イリノテカンによる下痢に対して、経験的に整腸薬であるプロバイオティクス製剤(乳酸菌やビフィズス菌など)が使用されることがあります。乳酸菌やビフィズス菌により腸管内で作り出された多量の乳酸は大腸の上行結腸や横行結腸で他の細菌による資化が盛んに進み、酢酸やプロピオン酸、酪酸に誘導され、特にプロピオン酸や酪酸などの短鎖脂肪酸の濃度が100mmol/L以上になるため、pHも5~6前後と低くなって有害細菌の生育が抑制されることが知られています(通常、腸管はpH7〜8の弱アルカリ性)。また、イリノテカンによる遅発性下痢の原因となるSN-38は構造中のラクトン環がpHによって可逆的に開閉し、腸管内が酸性下の場合、SN-38の非イオン型(ラクトン体)が生成しやすくなり、このラクトン体が毒性を示すと考えられます。そのため、プロバイオティクスにより腸管内が弱酸性から酸性に傾くことで、イリノテカンのラクトン体が生成しやすくなり下痢症状を悪化させる可能性が指摘されています。このため、イリノテカンによる治療中には、腸内を酸性化させる可能性がある乳酸菌製剤などの投与は、控えることが望ましいとされています。
しかし、これらはあくまでもin vitroをはじめとする基礎研究の結果に基づいた仮説です。そこで今回は、イリノテカンに基づく治療を新たに開始した大腸がん患者46例を対象に、プロバイオティクスまたはプラセボに1対1でランダムに割り付け、下痢の発生頻度を比較したランダム化比較試験の結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
23例の患者がプロバイオティクス群に、23例の患者がプラセボにランダムに割り付けられました。
プロバイオティクス群 | プラセボ群 | |
グレード3または4の重度の下痢の発生率 | 0% p=0.11 | 17.4% |
下痢全体の発生率 | 39.1% p=0.24 | 60.9% |
腸炎の発生率 | 0% | 8.7% |
プロバイオティクスを投与したところ、プラセボと比較して、グレード3または4の重度の下痢の発生率(プロバイオティクス群0% vs. プラセボ群17.4%、p=0.11)、下痢全体の発生率(プロバイオティクス群39.1% vs. プラセボ群60.9%、p=0.24)および腸炎の発生率が減少しました(プロバイオティクス群0% vs. プラセボ群8.7%)。
プロバイオティクス群の患者はプラセボ群に比べ、下痢止め薬の使用量が少ないことが示されました。また、プロバイオティクス株による感染症は記録されませんでした。
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イリノテカン治療に伴う下痢に対する治療戦略の確立が求められており、より副作用が少ない下痢の予防あるいは治療薬の開発が求められています。
さて、本試験結果によれば、イリノテカンベースの化学療法を受けた大腸がん患者へのプロバイオティクス投与は安全であり、消化管毒性の発生率と重症度の減少につながる可能性が示されました。ただし、いずれも有意な群間差は示されていませんので、イリノテカン誘発性下痢に対してプロバイオティクス製剤を推奨するほどの根拠とはなりません。
ただし、本試験は、220例の予定組入れ患者のうち46例が登録された時点で、登録が遅れたため、早期に終了されています。したがって、結果が過大評価(群間差の増加)あるいは過小評価(検出力の減少)されている可能性があります。また、どのような患者に対して、より下痢の発生が抑制されるのかについて検証する必要があります。
続報に期待。
✅まとめ✅ イリノテカンベースの化学療法を受けた大腸がん患者へのプロバイオティクス投与は安全であり、消化管毒性の発生率と重症度の減少につながる可能性がある。
根拠となった試験の抄録
目的:下痢はイリノテカンの用量制限毒性の一つである。SN-38はイリノテカンの主な代謝物で、グルクロン酸抱合体として腸内に排泄され、下痢を引き起こす。本研究では、腸内β-d-グルクロニダーゼ活性の低下によるイリノテカン誘発下痢の予防に対するプロバイオティクスの効果を検討することを目的とした。
方法:2011年1月から2013年12月の間に、イリノテカンに基づく治療を新たに開始した大腸がん患者46例を対象とした。患者は、プロバイオティクスまたはプラセボに1対1でランダムに割り付けられた。プロバイオティクス製剤であるColon Dophilus™は、10×109CFUの菌量を化学療法の12週間にわたり経口投与された。本試験は、220例の予定患者数のうち46例が登録された時点で、登録が遅れたため、早期に終了した。
結果:23例の患者がPROに、23例の患者がプラセボにランダムに割り付けられた。プラセボと比較してプロバイオティクスを投与したところ、グレード3または4の重度の下痢の発生率(プロバイオティクス群0% vs. プラセボ群17.4%、p=0.11)、下痢全体の発生率(プロバイオティクス群39.1% vs. プラセボ群60.9%、p=0.24)および腸炎の発生率が減少した(プロバイオティクス群0% vs. プラセボ群8.7%)。プロバイオティクス群の患者はプラセボ群に比べ、下痢止め薬の使用量が少なかった。プロバイオティクス株による感染症は記録されなかった。
結論:イリノテカンベースの化学療法を受けた大腸がん患者へのプロバイオティクス投与は安全であり、消化管毒性の発生率と重症度の減少につながる可能性がある。
キーワード:下痢、イリノテカン、予防、プロバイオティクス
引用文献
Prevention of irinotecan induced diarrhea by probiotics: A randomized double blind, placebo controlled pilot study
Michal Mego et al. PMID: 26051570 DOI: 10.1016/j.ctim.2015.03.008
Complement Ther Med. 2015 Jun;23(3):356-62. doi: 10.1016/j.ctim.2015.03.008. Epub 2015 Apr 4.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26051570/
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