― ランダム化クロスオーバー試験から考える科学的エビデンス
試合前のマスターベーションは控えた方が良いのか?
「試合前の性行為は控えるべき」
この考え方は、スポーツ界で長年語り継がれてきた “常識” の一つです。しかし、その根拠は経験則や文化的背景に基づくものが多く、生理学的・臨床的エビデンスは限定的でした。
今回ご紹介する論文では、運動直前(30分前)のマスターベーションによるオルガズムが、運動パフォーマンスや生体指標にどのような影響を及ぼすかを、ランダム化クロスオーバー試験で検討しています。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究デザイン | ランダム化クロスオーバー試験 |
| 対象 | 健康な鍛錬された男性アスリート21名(22±1歳) |
| 介入 | ① マスターベーションによるオルガズム(試験30分前) ② 性的禁欲(対照) |
| 運動評価 | ・漸増式自転車エルゴメータ試験 ・等尺性握力試験 |
| 評価項目 | 運動持続時間、心拍数、握力 |
| 血液指標 | 筋障害(CK, LDH, Mb) 炎症(CRP, IL-6) ホルモン(テストステロン、コルチゾール、LH) |
◆試験結果
① 運動パフォーマンス
| 評価項目 | マスターベーション後 | 禁欲(対照) | 統計 |
|---|---|---|---|
| 運動持続時間 | +3.2% 延長 | ― | p<0.01 |
| 最大心拍数 | 有意に高値 | ― | p<0.001 |
| 握力(平均) | わずかに増加 | ― | p<0.05 |
👉 運動能力の低下は認められず、むしろ小幅な改善が観察されています。
② 筋障害・炎症マーカー
| 指標 | 結果 |
|---|---|
| LDH | 有意に低下(p<0.001) |
| CK | 有意差なし |
| ミオグロビン | 有意差なし |
| CRP | 有意差なし |
| IL-6 | 有意差なし |
👉 筋損傷や炎症の増悪は示されていません。
③ ホルモン変化
| ホルモン | 変化 |
|---|---|
| テストステロン | 有意に上昇(p<0.001) |
| コルチゾール | 有意に上昇(p<0.001) |
| LH | 有意な記載なし |
👉 交感神経・内分泌系の軽度活性化が示唆されます。
試験結果が示唆すること
- 運動30分前のマスターベーションは運動パフォーマンスを低下させなかった
- 筋損傷・炎症マーカーの悪化は認められなかった
- 軽度の交感神経・ホルモン活性化が生じたが、有害な影響は示されなかった
- 「試合前は禁欲すべき」という通念に疑問を投げかける結果
試験の限界
本研究の解釈にあたっては、以下の明確な限界を考慮する必要があります。
① 対象が限定的
- 若年・男性・鍛錬されたアスリートのみ
- 女性、一般人、高齢者、競技レベルの異なる集団には外挿できない
② サンプルサイズが小さい
- 被験者数は 21名
- 微小な効果や個人差を十分に検出できない可能性がある
③ 評価は「急性効果」のみ
- 性行為後 30分という短時間の影響のみを評価
- 試合当日全体、複数競技、連日競技への影響は不明
④ 性行為の種類が限定されている
- 対象はマスターベーションによるオルガズム
- パートナーとの性交、心理的要因の違いは評価されていない
⑤ 臨床的アウトカムではない
- 評価は運動試験・生理指標であり
実際の試合成績・勝敗・外傷リスクなどは検討されていない
試験結果の整理
本研究から言えるのは、
少なくとも「若年・鍛錬男性」において、運動直前のマスターベーションがパフォーマンスを低下させるという科学的根拠は示されなかった
という点です。
ただし、
- 一般論として推奨できるか
- 全競技・全選手に当てはまるか
については、現時点では結論できません。
コメント
◆まとめ
- 「試合前の性行為=悪」という考えは、科学的には支持されていない
- 少なくとも本研究条件下では、運動能力・筋障害・炎症に悪影響は認められなかった
- 一方で、研究対象・条件は極めて限定的
- 今後は、より大規模・多様な集団での検証が必要
再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ ランダム化クロスオーバー試験の結果、運動30分前のマスターベーションは、パフォーマンスや筋損傷に悪影響を与えることなく、軽度の交感神経およびホルモン活性化を引き起こした。
根拠となった試験の抄録
背景: 運動前の性行為が運動パフォーマンスに与える影響については、依然として議論が続いています。競技前の禁欲は一般的に推奨されていますが、その生理学的影響に関する科学的証拠は限られており、一貫性がありません
方法: 21名の訓練を受けた男性アスリート(年齢22±1歳)を対象に、ランダム化クロスオーバー試験を実施し、マスターベーション誘発性オーガズムと、試験30分前に性行為を控えた場合の急性効果を比較した。各参加者は、両方の条件下で、漸増性サイクリングテストと等尺性握力テストを実施した。血液サンプルは、筋損傷マーカー(CK、LDH、Mb)、炎症マーカー(CRP、IL-6)、およびホルモンマーカー(テストステロン、コルチゾール、LH)について分析された。
結果: 自慰行為後では、禁欲群と比較して、運動時間(+3.2%、p< 0.01)が長く、心拍数(p< 0.001)が高かった。また、平均握力(p< 0.05)もわずかに増加した。血漿LDH値の低下(p< 0.001)は、筋ストレスの減少を示唆した。テストステロンおよびコルチゾール濃度は有意に上昇した(いずれもp< 0.001)。一方、炎症マーカー(CRP、IL-6)には有意な変化は認められなかった。
結論: 運動30分前のマスターベーションは、パフォーマンスや筋損傷に悪影響を与えることなく、軽度の交感神経およびホルモン活性化を引き起こした。これらの知見は、運動前の性行為がトレーニングを受けた男性の運動能力を損なわないことを示唆しており、競技前の性行為は禁欲が必須であるという長年の通説に疑問を投げかけるものである。
キーワード: コルチゾール、運動パフォーマンス、筋肉損傷バイオマーカー、テストステロン
引用文献
Sexual activity before exercise influences physiological response and sports performance in high-level trained men athletes
Diego Fernández-Lázaro et al.
Physiol Behav. 2026 Apr 1:307:115203. doi: 10.1016/j.physbeh.2025.115203. Epub 2025 Dec 11.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41390043/

コメント