血液透析患者における魚油の効果はどのくらいなのか?
慢性腎不全に対する維持血液透析患者では、心血管疾患(CVD)が死亡原因の約半数を占めるとされます。
一方で、一般集団では n-3系多価不飽和脂肪酸(EPA・DHA) の摂取が心血管イベントを減らす可能性が報告されています。
しかし、透析患者においては代謝・炎症環境が異なるため、同様の効果が得られるかは明らかでありません。
この課題に対して、PISCES試験では、維持透析患者における魚油補充療法が重大心血管イベントを減らすかを検証しました。
試験結果から明らかになったことは?
◆背景
透析患者では、動脈硬化進行、酸化ストレス、血小板活性化、脂質異常、慢性炎症が複合的に心血管リスクを高めます。
n-3系脂肪酸(EPA・DHA)は、
- 抗炎症作用(トロンボキサン・ロイコトリエン産生抑制)
- 抗血小板作用
- 抗不整脈作用
などを通じて心血管保護に働くとされますが、透析患者ではデータが乏しく、明確な推奨には至っていませんでした。
◆研究概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 試験名 | PISCES試験(ISRCTN00691795) |
| デザイン | 多施設二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験(RCT) |
| 実施国 | カナダ・オーストラリア(26施設) |
| 対象 | 維持血液透析を受けている成人患者 |
| 介入群 | 魚油4g/日(EPA 1.6g + DHA 0.8g 含有) |
| 対照群 | コーン油プラセボ |
| 主要評価項目 | 重大心血管イベント(心臓死・心筋梗塞・脳卒中・末梢動脈疾患による切断など)の複合 |
| 追跡期間 | 3.5年間 |
| 登録数 | 1,228例(魚油群610例、プラセボ群618例) |
◆試験結果
| 評価項目 | 魚油群 | プラセボ群 | HR (95% CI) | p値 |
|---|---|---|---|---|
| 主要複合エンドポイント(重大CVDイベント) | 0.31/1000患者日 | 0.61/1000患者日 | 0.57 (0.47–0.70) | <0.001 |
| 拡大主要評価項目(非心臓死含む) | — | — | 0.77 (0.65–0.90) | — |
| 心臓死 | — | — | 0.55 (0.40–0.75) | — |
| 心筋梗塞(致死+非致死) | — | — | 0.56 (0.40–0.80) | — |
| 末梢動脈疾患による切断 | — | — | 0.57 (0.38–0.86) | — |
| 脳卒中(致死+非致死) | — | — | 0.37 (0.18–0.76) | — |
| 初回CVDイベントまたは全死亡 | — | — | 0.73 (0.61–0.87) | — |
| 重篤有害事象 | 群間差なし | 群間差なし | — | — |
➡ 魚油群では、重大心血管イベント発生率が約43%低下(HR 0.57)と有意に改善。
主要な全ての個別項目(心筋梗塞、脳卒中、切断など)でも一貫してリスク低下が見られました。
◆試験の限界
- 対象はカナダ・オーストラリアの透析患者に限られ、一般化には慎重な解釈が必要。
- 魚油摂取量は高用量(EPA+DHA 2.4g/日)であり、通常の市販製品より多い。
- イベント評価は研究者報告ベースであり、盲検性維持の限界がある可能性。
- 長期的な脂質プロファイルや炎症マーカー変化は解析されていない。
- 背景治療(スタチン使用率など)のばらつきも考慮が必要。
◆今後の展望
- n-3系脂肪酸の至適用量と血中EPA/DHA濃度の目標値を明確化する研究が求められる。
- 透析患者特有の栄養状態・炎症マーカー(CRP, IL-6)との関連分析。
- 他の脂質修飾療法(スタチン、PCSK9阻害薬など)との併用効果の検証。
- コスト・アドヒアランス・食事由来の摂取量など、実臨床での実装可能性の評価。
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◆まとめ
PISCES試験は、維持透析患者における魚油(EPA+DHA 4g/日)補充が重大心血管イベントを有意に抑制することを示した初の大規模RCTです。
- 主要複合エンドポイントは43%低下(HR 0.57, p<0.001)
- 個別イベント(心筋梗塞・脳卒中・末梢動脈疾患)も一貫して有意に減少
- 有害事象・アドヒアランスは良好
これらの結果は、透析患者における心血管予防の新たな選択肢として、魚油補充の有用性を強く示唆しています。今後は、臨床応用を見据えた投与量・対象選択・コスト評価が課題となるでしょう。
日本人においても同様の効果が示されるのか、再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 二重盲検ランダム化比較試験の結果、維持血液透析を受けている参加者における重篤な心血管イベントの発生率は、n-3脂肪酸の毎日の補給によりプラセボよりも低下した。
根拠となった試験の抄録
背景: 心血管疾患は血液透析患者の死亡原因の第一位であるが、効果的な予防法は依然として限られている。n-3系多価不飽和脂肪酸、特にエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)の補給は、一般集団においては心血管疾患に有益な可能性があるが、血液透析患者における有効性は不明である。
方法: カナダとオーストラリアの26施設で実施された二重盲検ランダム化プラセボ対照試験において、維持血液透析を受けている成人患者を、魚油(n-3系多価不飽和脂肪酸4g[EPA 1.6gおよびDHA 0.8g])を毎日補給する群とコーン油プラセボを投与する群に割り付けた。主要評価項目は、突然死および非突然死の心臓死、致死性および非致死性の心筋梗塞、切断に至る末梢血管疾患、致死性および非致死性の脳卒中を含む、すべての重篤な心血管イベントの複合であった。副次的評価項目は、主要評価項目を拡張して非心臓死因を含む死因、主要評価項目の個々の構成要素、および初回の心血管イベントまたは全死因死亡とした。
結果: 2013年11月28日から2019年7月22日までの間に、合計1,228人がランダム化され、610人が魚油群、618人がプラセボ群に割り付けられた。3.5年間の追跡調査中、重篤な心血管イベントの発生率は、魚油群がプラセボ群よりも有意に低かった(1,000患者日あたり0.31 vs. 0.61、ハザード比0.57、95%信頼区間[CI]0.47~0.70、P<0.001)。非心臓死因を含む拡張主要評価項目の発生率は、魚油群の方がプラセボ群よりも低いようで、ハザード比0.77(95%信頼区間[CI]0.65~0.90)であった。心臓死のハザード比は0.55(95%信頼区間0.40~0.75)、致死性および非致死性心筋梗塞のハザード比は0.56(95%信頼区間0.40~0.80)、切断に至る末梢血管疾患のハザード比は0.57(95%信頼区間0.38~0.86)、致死性および非致死性脳卒中のハザード比は0.37(95%信頼区間0.18~0.76)、初回の心血管イベントまたはあらゆる原因による死亡のハザード比は0.73(95%信頼区間0.61~0.87)であった。試験レジメンの遵守および有害事象の発現率には、群間で有意な差は認められなかった。
結論: 維持血液透析を受けている参加者における重篤な心血管イベントの発生率は、n-3脂肪酸の毎日の補給によりプラセボよりも低下した。
資金提供: カナダ心臓・脳卒中財団およびその他の支援
試験登録番号: ClinicalTrials.gov番号、ISRCTN00691795
引用文献
Fish-Oil Supplementation and Cardiovascular Events in Patients Receiving Hemodialysis
Charmaine E Lok et al. PMID: 41201837 DOI: 10.1056/NEJMoa2513032
N Engl J Med. 2025 Nov 7. doi: 10.1056/NEJMoa2513032. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41201837/

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