CYP2C19遺伝子型による抗血小板療法の最適化:クロピドグレル併用療法の効果は遺伝的背景で変わる?(RCTの二次解析; INSPIRES試験; Stroke. 2025)

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CYP2C19遺伝子多型がクロピドグレル治療に及ぼす影響は?

急性期脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA)後の再発予防では、クロピドグレルとアスピリンなどの抗血小板薬の併用療法(DAPT)が重要な治療選択肢とされています。しかし、その効果は全ての患者に均一ではありません。

近年、CYP2C19遺伝子多型がクロピドグレルの活性化や治療効果に大きく関わることが明らかになり、遺伝子型に基づいた個別化医療の重要性が注目されています。

本記事では、INSPIRES試験のサブ解析(PMID: 40964718)をもとに、CYP2C19遺伝子多型とクロピドグレル・アスピリン併用療法の効果を解説し、さらに薬物代謝学的知見(PMID: 37264909)を踏まえた考察を行います。


試験結果から明らかになったことは?

◆研究概要

  • 試験名:INSPIRES trial(Intensive Statin and Antiplatelet Therapy for Acute High-Risk Intracranial or Extracranial Atherosclerosis)
  • デザイン:ランダム化比較試験の事前規定サブ解析
  • 対象:症状出現から24〜72時間以内に治療を開始した軽症脳卒中またはTIA患者
  • 遺伝子解析:CYP2C19*2, *3(機能低下アレル)および *17(機能亢進アレル)を評価
  • 主要評価項目:90日以内の新規脳卒中発症
  • 安全性評価項目:中等度〜重度出血イベント

◆方法

  • 患者は「CYP2C19機能低下アレル保有者(2または3)」と「非保有者」に分類
  • 両群でクロピドグレル+アスピリン併用療法とアスピリン単独療法を比較
  • Cox比例ハザードモデルで新規脳卒中発症および出血リスクを解析

◆結果(アウトカム別まとめ)

評価項目非保有者(LOF -)
ハザード比 HR(95%CI)
保有者(LOF +)
ハザード比 HR(95%CI)
新規脳卒中発症HR 0.67(0.49–0.91), P=0.01HR 0.96(0.73–1.25), P=0.74
中等度〜重度出血HR 2.07(0.62–6.88), P=0.23HR 1.83(0.68–4.95), P=0.23
治療×遺伝子型の交互作用P=0.09

👉 要点

  • 非保有者では併用療法が新規脳卒中リスクを有意に低下。
  • 保有者では効果が認められず、遺伝子型による治療効果の差が示唆されました。

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◆考察:代謝機構から読み解く治療効果の違い

クロピドグレルはプロドラッグとして投与され、肝臓のシトクロムP450(CYP)酵素による2段階の酸化反応を経て活性代謝物に変換されます。この代謝経路の主な特徴は次の通りです:

  • CYP2C19:活性化過程の約40〜55%を担う最も重要な酵素で、遺伝的な機能低下は活性代謝物の産生低下と治療効果減弱をもたらす。
  • CYP3A4/5:20〜30%を寄与し、補助的な役割を果たす。
  • CYP2B6・CYP1A2:それぞれ10%未満の寄与であり、患者転帰への臨床的影響は極めて小さい。

このため、CYP2C19の遺伝子多型が治療効果に大きく影響する一方、CYP2B6の臨床的寄与は限定的です。実際、CYP2B6多型による抗血小板効果や脳卒中再発率への有意な影響は報告されていません。
したがって、治療方針の個別化はCYP2C19遺伝子型を中心に検討した方が妥当性が高く、CYP2B6は治療判断の決定要素とはなりません。

本研究の結果もこの薬理学的背景を裏付けるものであり、CYP2C19非保有者では併用療法の効果が明確に現れた一方で、保有者では有意差が得られませんでした。これにより、遺伝子型を考慮した抗血小板薬選択の重要性が一層明確になったといえます。


◆研究の限界

  • 本解析は中国人集団を対象としており、他の人種・民族に対する一般化には慎重な解釈が必要です。
  • 解析期間が90日と比較的短期であり、長期的な再発抑制効果や出血リスクは不明です。
  • CYP2C19以外の代謝酵素や薬物相互作用の影響については十分に検討されていません。

◆まとめ

  • クロピドグレル・アスピリン併用療法の効果はCYP2C19遺伝子型に大きく依存し、非保有者で明確な再発予防効果が示されました。
  • 将来的には、遺伝子型情報を用いた個別化抗血小板療法が脳卒中予防戦略の標準となる可能性があります。

今回の対象となったのは中国人であり、日本人にも同様の結果が示されるのかについては不明です。

日本人ではCYP2C19のPMは15~20%であることが報告されています。このため5人に1人はPMである可能性があり、クロピドグレル使用において慎重に判断した方が良いのかもしれません。とはいえ、実臨床で遺伝子多型のルーティン検査は行われておらず、遺伝子多型が患者転帰に及ぼす影響を過小評価している可能性があります。

再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。

続報に期待。

personalized medicine is a new way to treat patients

✅まとめ✅ INSPIRES試験の二次解析の結果、CYP2C19機能喪失型非保因者において、脳卒中発症後24~72時間以内にクロピドグレルとアスピリンの併用療法を投与した場合、新規脳卒中リスクの低減においてアスピリンよりも高い効果が示された。

根拠となった試験の抄録

背景: 本研究の目的は、CYP2C19機能喪失対立遺伝子状態によって分類された軽度脳卒中または一過性脳虚血発作患者において、症状発現から 24 ~ 72 時間以内に開始されたクロピドグレル・アスピリン療法の臨床結果を調査することであった。

方法: 本研究は、2018年9月から2022年10月にかけて中国の222施設で実施されたランダム化臨床試験であるINSPIRES試験(急性高リスク頭蓋内または頭蓋外アテローム性動脈硬化症に対する強力なスタチンおよび抗血小板療法)の事前に規定された二次解析であった。INSPIRES試験では、2つの機能喪失型アレル( CYP2C19*2CYP2C19*3)と1つの機能獲得型アレル(CYP2C19*17)の遺伝子型が解析された。CYP2C19機能喪失型アレルキャリア患者は、CYP2C19*2またはCYP2C19*3のいずれかの患者であった。全参加者はクロピドグレル・アスピリン併用療法またはアスピリン療法に無作為に割り付けられ、症状発現から24時間から72時間以内に治療を開始した参加者が本研究に含まれました。主要有効性アウトカムは90日以内の新規脳卒中でした。主要安全性アウトカムは中等度から重度の出血でした。主要アウトカムにおける治療割り当てとCYP2C19機能喪失アレルの状態との相互作用を推定するため、Cox比例ハザードモデルを使用しました。

結果: 5003例中、2911例(58.2%)が機能喪失型保因者であり、2092例(41.8%)が非保因者であった。アスピリン単独と比較して、クロピドグレル・アスピリン併用療法は非保因者における新規脳卒中発症率を低下させた(ハザード比 0.67、95%信頼区間 0.49-0.91、P=0.01)が、保因者では低下させなかった(ハザード比 0.96、95%信頼区間 0.73-1.25、P=0.74、交互作用のP=0.09)。安全性の結果については、中等度から重度の出血は保因者(ハザード比 1.83、95%CI 0.68-4.95、P=0.23)と非保因者(ハザード比 2.07、95%CI 0.62-6.88、P=0.23、交互作用のP=0.88)間で有意差はありませんでした。

結論: CYP2C19機能喪失型非保因者において、脳卒中発症後24~72時間以内にクロピドグレルとアスピリンの併用療法を投与した場合、新規脳卒中リスクの低減においてアスピリンよりも高い効果が示された。これらの知見は、治療期間を72時間に延長した抗血小板療法の選択において、 CYP2C19遺伝子の遺伝子型解析の必要性を裏付けた。

登録: URL – https://www.clinicaltrials.gov; NCT03635749

キーワード: 対立遺伝子、クロピドグレル、ヒト、脳卒中、一過性虚血性脳卒中

引用文献

CYP2C19 Genotype and Efficacy of Clopidogrel Initiated Between 24 to 72 Hours for Ischemic Stroke
Yun Chen et al. PMID: 40964718 DOI: 10.1161/STROKEAHA.125.052167
Stroke. 2025 Sep 18. doi: 10.1161/STROKEAHA.125.052167. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40964718/

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