高齢2型糖尿病患者におけるエンパグリフロジンとリラグルチドまたはシタグリプチンの有効性比較を検討した後向きコホート研究の結果は?
高齢の2型糖尿病(T2D)では、T2Dでない人と比較して心血管疾患(CVD)のリスクが高いことが明らかとなっています(PMID: 26151266)。専門学会では、2種類の血糖降下薬、ナトリウムグルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬およびグルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬(GLP-1RA)を心臓保護作用の観点から推奨していますが(PMID: 30291106、PMID: 34964831)、これらの薬剤の心血管系への効果は、患者群によって異なることが示唆されており、日常診療におけるルーチンケアへの導入は依然として課題となっています。
特に、SGLT2阻害薬およびGLP-1RAによる心血管イベント抑制効果は、動脈硬化性心疾患(ASCVD)または心不全(HF)を有する患者においてより顕著でしたが、心不全による入院(HHF)に対する効果はベースラインのCVD状態による差がありませんでした(PMID: 32993654、PMID: 30424892)。年齢もまた、SGLT2阻害剤およびGLP-1RAの心血管系への影響を修飾する可能性があります。例えば、SGLT2阻害剤であるエンパグリフロジンは、65歳以上の患者においてのみ心血管死およびMACEリスクを低減することが判明しています(PMID: 26378978、PMID: 31579904)。また、GLP-1RA系薬剤で初めて心保護作用が報告されたリラグルチドは、75歳以上の患者において、75歳未満の患者さんと比較してより大きくMACEのリスクを減少させました(PMID: 30508430)。
現在、エンパグリフロジンとリラグルチド(またはGLP-1RAクラス)の直接比較については、臨床試験に登録された患者よりも日常臨床でより幅広い範囲のASCVDおよび/またはHFリスクを有し、平均年齢が高い非選択患者において、限られたエビデンスしか得られていません(PMID: 34032121、PMID: 30714309)。日常診療の様々なサブグループにおけるこのエビデンスは、薬物療法が最も有益な患者に合わせた治療を行うことで、治療の意思決定の指針となりえます。
そこで、近年使用が増加しているエンパグリフロジン(PMID: 32041899)について、GLP-1RAの中で最も使用頻度が高く、心血管系への有用性が認められているリラグルチド(PMID: 27295427)と心血管系への有用性を比較検討した後向きコホート研究の結果をご紹介します。また本試験では、別の血糖降下薬(ジペプチジルペプチダーゼ-4[DPP-4]阻害薬)の中で最も使用頻度が高く、全体および心腎疾患患者のサブグループ内で心血管系への影響がないとされているシタグリプチン(PMID: 26052984)と比較検討もされました。
試験結果から明らかになったことは?
コホート1:エンパグリフロジン vs. リラグルチド
コホート1の患者45,788例の平均(SD)年齢は71.9(5.1)歳、女性23,396例(51.1%)、男性22,392例(48.9%)、白人38,049例(83.1%)でした。
(コホート1) | エンパグリフロジン vs. リラグルチド |
修正MACEリスク | HR 0.90(95%CI 0.79〜1.03) |
HHFリスク | HR 0.66(95%CI 0.52〜0.82) |
エンパグリフロジンを開始した患者は、リラグルチドを開始した患者と比較して、修正MACEアウトカムのリスクが同等であり(HR 0.90、95%CI 0.79〜1.03)、心不全による入院(HHF)のリスクが減少しました(HR 0.66、95%CI 0.52〜0.82)。
(コホート1) エンパグリフロジン vs. リラグルチド | ASCVD既往 | HF既往 |
修正MACEリスク | HR 0.83(95%CI 0.71〜0.98) | HR 0.77(95%CI 0.60〜1.00) |
HHFリスク | HR 0.66(95%CI 0.51〜0.85) | HR 0.66(95%CI 0.49〜0.88) |
サブグループ全体では、エンパグリフロジンは、ASCVD(HR 0.83、95%CI 0.71〜0.98)およびHF(HR 0.77、95%CI 0.60〜1.00)の既往を有する患者の修正MACEアウトカムのリスク低下と関連しており、リラグルチドと比較し、性別によって推定値に潜在的な異質性が認められました(男性:HR 0.85、95%CI 0.71〜1.01、女性:HR 1.16、95%CI 0.94〜1.42; 均質性のP=0.02)。しかし、ほとんどのサブグループでHHFリスクの減少が観察されました(例:ASCVD既往のHR 0.66、95%CI 0.51〜0.85、HF既往のHR 0.66、95%CI 0.49〜0.88)。
コホート2:エンパグリフロジン vs. シタグリプチン
コホート2の45,624例の平均年齢(SD)は72.1(5.1)歳、女性21,418例(46.9%)、男性24,206例(53.1%)、白人37,814例(82.9%)でした。
(コホート2) | エンパグリフロジン vs. シタグリプチン |
修正MACEリスク | HR 0.68(95%CI 0.60〜0.77) |
HHFリスク | HR 0.45(95%CI 0.36〜0.56) |
エンパグリフロジンは、シタグリプチンと比較して、修正MACEアウトカム(HR 0.68、95%CI 0.60〜0.77)およびHHF(HR 0.45、95%CI 0.36〜0.56)のリスク低減と関連しており、これはすべてのサブグループ間で一貫していました。
(コホート2) エンパグリフロジン vs. シタグリプチン | ASCVD既往 | HF既往 | CKD既往 |
修正MACEリスク | RD -17.6 (95%CI -24.9 ~ -10.4) | RD -41.1 (95%CI -59.9 ~ -22.6) | RD -26.7 (95%CI -41.3 ~ -12.3) |
HHFリスク | RD -16.7 (95%CI -21.7 ~ -11.9) | RD -50.4 (95%CI -67.5 ~ -33.9) | RD -31.9 (95%CI -43.5 ~ -20.8) |
以下の疾患の既往を有する患者において、エンパグリフロジンはシタグリプチンと比較して絶対的なベネフィットはより大きいことが示されました。
・ASCVDの既往
修正MACEリスク:RD -17.6、95%CI -24.9 ~ -10.4
HHFリスク:RD -16.7、95%CI -21.7 ~ -11.9
・HFの既往
修正MACEリスク:RD -41.1、95%CI -59.9 ~ -22.6
HHFリスク:RD -50.4、95%CI -67.5 ~ -33.9
・CKD既往
修正MACEリスク:RD -26.7、95%CI -41.3 ~ -12.3
HHFリスク:RD -31.9、95%CI -43.5 ~ -20.8
コメント
血糖降下薬としてSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬の使用量が増加しています。特に広い適応を有するSGLT2阻害薬の使用量の増加は著しく、その有効性・安全性に関するエビデンスが集積しています。しかし、他の血糖降下薬と比較したデータは充分ではありません。
さて、本試験結果によれば、高齢2型糖尿病患者の心不全による入院リスクにおいて、エンパグリフロジンがリラグルチドまたはシタグリプチンよりも有益であり、MACEリスクにおいて、エンパグリフロジンは、心血管疾患の既往がある患者においてのみリラグルチドよりも好ましく、すべての患者サブグループにおいてシタグリプチンよりも好ましい可能性が示唆されました。
あくまでも後向きコホート研究の結果であることから、相関関係が示されたに過ぎませんが、これまでに報告されている前向きのランダム化比較試験を対象としたメタ解析の結果と矛盾はありません。
どのような患者でエンパグリフロジンの有効性・安全性が最大化するのか気になるところです。
続報に期待。
✅まとめ✅ 高齢2型糖尿病患者の心不全による入院リスクにおいて、エンパグリフロジンがリラグルチドまたはシタグリプチンよりも有益であり、MACEリスクにおいて、エンパグリフロジンは、心血管疾患の既往がある患者においてのみリラグルチドよりも好ましく、すべての患者サブグループにおいてシタグリプチンよりも好ましい可能性が示唆された。
根拠となった試験の抄録
試験の重要性:日常診療を受けている幅広い心腎リスクを有する2型糖尿病(T2D)患者におけるエンパグリフロジンと他の2次血糖降下薬の比較有効性については、限られたエビデンスしか得られていない。
目的:年齢、性別、ベースラインの動脈硬化性心疾患(ASCVD)、心不全(HF)、慢性腎臓病(CKD)で層別化し、リラグルチドおよびシタグリプチンに対するエンパグリフロジンの心血管アウトカムとの関連を評価すること。
試験デザイン、設定、参加者:このレトロスペクティブな比較効果コホート研究では、2014年8月1日から2018年9月30日までの非識別化メディケア請求データを用い、薬剤開始から治療変更、死亡、またはメディケア登録のギャップ(30日以上)までのフォローアップを実施した。データ解析は、2021年10月1日から2022年4月30日まで実施した。65歳以上のT2Dを有するメディケア有料サービス受益者を対象とした。
コホート1には合計45,788例(エンパグリフロジンまたはリラグルチドのいずれかで治療を開始した傾向スコア適合ペア22,894組)、コホート2には45,624例(エンパグリフロジンまたはシタグリプチンのいずれかで治療を開始した傾向スコア適合ペア22,812組)が組み入れられた。
曝露:エンパグリフロジン vs. リラグルチド(コホート1)またはエンパグリフロジン vs. シタグリプチン(コホート2)。
主要アウトカムと測定方法:主要アウトカムは(1)心筋梗塞、脳卒中、全死亡の複合を含む修正主要有害心血管イベント(MACEs)、(2)心不全による入院(HHF)。
1:1の傾向スコアマッチングを用いて143のベースライン共変量を調整し、1,000人・年当たりのハザード比(HR)および率差(RD)を推定した。
結果:コホート1の患者45,788例の平均(SD)年齢は71.9(5.1)歳、女性23,396例(51.1%)、男性22,392例(48.9%)、白人38,049例(83.1%)であった。コホート2の45,624例の平均年齢(SD)は72.1(5.1)歳、女性21,418例(46.9%)、男性24,206例(53.1%)、白人37,814例(82.9%)であった。リラグルチドを開始した患者と比較して、エンパグリフロジンを開始した患者は、修正MACEアウトカムのリスクが同等であり(HR 0.90、95%CI 0.79〜1.03)、HHFのリスクが減少していた(HR 0.66、95%CI 0.52〜0.82)。
サブグループ全体では、エンパグリフロジンは、ASCVD(HR 0.83、95%CI 0.71〜0.98)およびHF(HR 0.77、95%CI 0.60〜1.00)の既往がある患者の修正MACEアウトカムのリスク低下と関連しており、リラグルチドと比較し、性別によって推定値に潜在的な異質性が認められた(男性:HR 0.85、95%CI 0.71〜1.01、女性:HR 1.16、95%CI 0.94〜1.42; 均質性のP=0.02)。しかし、ほとんどのサブグループでHHFリスクの減少が観察された(例:ASCVDのHR 0.66、95%CI 0.51〜0.85、HFのHR 0.66、95%CI 0.49〜0.88)。シタグリプチンと比較して、エンパグリフロジンは、修正MACEアウトカム(HR 0.68、95%CI 0.60〜0.77)およびHHF(HR 0.45、95%CI 0.36〜0.56)のリスク低減と関連しており、これはすべてのサブグループ間で一貫していた。
以下の疾患の既往を有する患者において、エンパグリフロジンとシタグリプチンの絶対的なベネフィットはより大きかった。
・ASCVDの既往
修正MACE:RD -17.6、95%CI -24.9 ~ -10.4
HHF:RD -16.7、95%CI -21.7 ~ -11.9
・HFの既往
修正MACE:RD -41.1、95%CI -59.9 ~ -22.6
HHF:RD -50.4、95%CI -67.5 ~ -33.9
・CKD
修正MACE:RD -26.7、95%CI -41.3 ~ -12.3
HHF:RD -31.9、95%CI -43.5 ~ -20.8
結論と関連性:高齢者を対象とした本有効性比較試験において、エンパグリフロジンは、HHFのリスク(リラグルチドおよびシタグリプチン両方と比較して)および修正MACEアウトカム(シタグリプチンとの比較)と関連し、心腎疾患が確立した患者ではより絶対的ベネフィットが大きかった。これらの知見は、高齢のT2D患者では、HHFのリスクに関して、エンパグリフロジンがリラグルチドまたはシタグリプチンよりも有益であり、MACEのリスクに関しては、エンパグリフロジンは、心血管疾患の既往がある患者においてのみリラグルチドよりも好ましく、すべての患者サブグループにおいてシタグリプチンよりも好ましい可能性が示唆された。
引用文献
Comparative Effectiveness of Empagliflozin vs Liraglutide or Sitagliptin in Older Adults With Diverse Patient Characteristics
Phyo T Htoo et al. PMID: 36264574 DOI: 10.1001/jamanetworkopen.2022.37606
JAMA Netw Open. 2022 Oct 3;5(10):e2237606. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2022.37606.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36264574/
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