成人におけるインフルエンザ関連脳症リスクはどのくらいか?
インフルエンザ関連脳症(Influenza-associated encephalopathy:IAE)は、小児に多い重篤な中枢神経合併症として知られています。一方で、成人におけるIAEの実態は十分に整理されていないのが現状です。
本記事では、日本の感染症発生動向調査(NESID)データを用いて、2010~2015年に報告されたIAE症例を解析した研究を取り上げ、小児と成人の違い、特に成人における重症度と死亡率に焦点を当てて解説します。
試験結果から明らかになったことは?
◆背景
IAEは、インフルエンザ感染に関連して急性に意識障害、けいれんなどを呈する疾患群で、日本を含むアジア地域で多く報告されています。小児症例の研究は比較的蓄積されていますが、成人IAEは稀であるがゆえに臨床像が十分に共有されていません。
成人では他疾患との鑑別(ウイルス性脳炎、細菌性髄膜炎など)が問題となることも多く、疫学的特徴を把握することは臨床上重要です。
◆研究概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究デザイン | 全国サーベイランスデータを用いた記述疫学研究 |
| データソース | 日本・感染症発生動向調査(NESID) |
| 解析期間 | 2010年~2015年 |
| 対象 | インフルエンザ関連脳症(IAE)報告例 |
| 症例数 | 385例 |
| 解析方法 | 年齢階層別の記述統計 |
◆試験結果
年齢分布と発生頻度
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 診断時年齢(中央値) | 7歳(範囲:0–90歳) |
| 小児(<18歳) | 283例(74%) |
| 成人(≥18歳) | 102例(26%) |
| 年間発生率(小児) | 2.83 / 100万人 |
| 年間発生率(成人) | 0.19 / 100万人 |
年齢階層別の症例割合
| 年齢群 | 症例割合 |
|---|---|
| 5–12歳 | 38% |
| 2–4歳 | 21% |
| 18–49歳 | 11% |
| その他 | 残り |
臨床的特徴の違い
| 項目 | 小児 | 成人 |
|---|---|---|
| けいれん | 多い | 少ない |
| 髄液細胞増多 | 少ない | 多い |
| 髄液細胞増多(18–49歳) | ― | 17% |
| 髄液細胞増多(50–64歳) | ― | 19% |
※成人では小児に比べ、髄液細胞増多が有意に多かった(P<0.01)。
致命率(Case fatality proportion)
| 年齢群 | 致命率 |
|---|---|
| 40–64歳 | 17% |
| ≥65歳 | 20% |
| 小児 | – |
試験結果まとめ
- IAEの発生頻度は小児で高いが、死亡率は成人で高い
- 成人IAEでは、けいれんよりも炎症所見(髄液細胞増多)を伴う症例が多い
- インフルエンザA型の優勢サブタイプによるIAE発生頻度の差は認められなかった
試験の限界
本研究には以下の限界があります。
- 記述疫学研究であり、因果関係は評価できない
→ 年齢と重症度・死亡率の関連は示されているが、直接的な原因は不明。 - NESID報告例に依存している
→ 軽症例や診断に至らなかった症例は含まれていない可能性がある。 - 治療内容や基礎疾患の詳細が解析できない
→ 抗インフルエンザ薬の使用状況、集中治療の有無などは不明。 - 成人IAE症例数が相対的に少ない
→ 年齢階層別解析において、推定の不確実性が残る。 - 診断基準の均一性が保証されていない
→ 各医療機関でのIAE診断のばらつきが影響している可能性。
今後の検討課題
- 成人IAEに特化した前向き観察研究
- 基礎疾患・治療介入を含めたリスク因子解析
- 成人で致命率が高い理由(免疫応答、合併症)の検討
- 早期診断・重症化予測指標の確立
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◆まとめ
本研究は、日本の全国データを用いて成人と小児のIAEの違いを明確に示した貴重な疫学研究です。
- 発生頻度は小児で高いが、死亡率は成人で高い
- 成人IAEは稀だが、見逃すと致死的になりうる病態である
インフルエンザ流行期において、成人の意識障害や神経症状を軽視しないことが重要であり、医療従事者には年齢に応じたリスク認識が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 日本におけるインフルエンザ関連脳症の臨床的特徴は成人と小児で異なっていることが明らかになった。IAEの発症率は小児の方が高かったものの、死亡率は成人の方が高かった。
根拠となった試験の抄録
背景: インフルエンザ関連脳症(IAE)は、重篤な神経疾患を引き起こし、高い死亡率を伴うことがあります。世界中で報告されているIAE症例のほとんどは小児です。成人におけるIAEに関する理解は限られています。
方法: 2010年から2015年にかけて日本の感染症流行予測データベースを通じて報告されたIAE症例のデータを収集した。IAE症例は年齢カテゴリーごとに層別化され、特徴と結果の違いを評価するために記述統計を使用して分析された。
結果: 385例のIAE症例のうち、診断時年齢の中央値は7歳(範囲0~90歳)で、18歳未満は283例(74%)であった。小児および成人(18歳以上)におけるIAE症例の季節平均発生率は、人口100万人あたりそれぞれ2.83例および0.19例であった。IAE発生率は、主要なインフルエンザAウイルスのサブタイプによって差はなかった。IAE頻度は、学齢期(5~12歳)の小児(38%)で最も高く、次いで2~4歳の小児(21%)、18~49歳の成人(11%)の順であった。発作を伴う症例の割合は小児でより一般的であった。脳脊髄液細胞増多症の症例は、小児よりも成人で多く(P < .01)、特に18~49歳(17%)および50~64歳(19%)で多かった。致死率は40~64歳(17%)と65歳以上(20%)で最も高かった。
結論: 日本におけるIAEの臨床的特徴は成人と小児で異なっていることが明らかになった。IAEの発症率は小児の方が高かったものの、死亡率は成人の方が高かった。特に成人において、IAE患者の予防と生存率向上に向けた取り組みが必要である。
引用文献
Characteristics and Outcomes of Influenza-Associated Encephalopathy Cases Among Children and Adults in Japan, 2010-2015
Hideo Okuno et al. PMID: 29293894 PMCID: PMC5982813 DOI: 10.1093/cid/cix1126
Clin Infect Dis. 2018 Jun 1;66(12):1831-1837. doi: 10.1093/cid/cix1126.
― 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29293894/

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