免疫チェックポイント阻害薬
免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitors:ICI)は、がん治療に革命をもたらしました。しかし、その効果はすべての患者に等しく現れるわけではありません。
腫瘍の免疫環境(tumour microenvironment:TME)が、治療反応性に大きく影響することが知られています。
2025年にNature誌で発表された論文(PMID: 41125896)は、これまで感染症予防に使われてきたCOVID-19 mRNAワクチンが、がん免疫療法の効果を増強する可能性を示した画期的な研究です。
本稿では、この研究を「免疫的に冷たい腫瘍(cold)」と「熱い腫瘍(hot)」の概念に基づいて解説します。
◆背景:Cold腫瘍とHot腫瘍 ― 免疫環境の違いがICI反応性を決める
Hot 腫瘍(immune-inflamed)
- 腫瘍内にCD8⁺ T細胞やNK細胞などの免疫担当細胞が多数浸潤。
- IFN-γ シグナル、PD-L1 発現、腫瘍変異負荷(TMB)が高く、免疫応答が既に「起動」している状態。
- 免疫チェックポイントを解除するICIが作用しやすく、治療反応率も高い傾向にあります。
Cold 腫瘍(immune-desert/immune-excluded)
- T細胞浸潤が乏しい(desert)か、腫瘍内部に侵入できず境界部で止まる(excluded)。
- 抗原提示欠損、血管構造や線維化によるバリア、Treg・MDSCなど免疫抑制性細胞の優勢が特徴。
- ICI単剤では効果が出にくい「免疫不応性(non-inflamed)」の代表的腫瘍環境です。
(出典:Wu B et al. Signal Transduct Target Ther. 2024 Oct 18;9(1):274., PMID: 39420203)
Cold → Hot転換を狙う新戦略
研究の潮流は、「いかにしてcold腫瘍をhot化させるか」に移りつつあります。
これまで試みられてきたのは:
- STING作動薬やTLRアゴニストによる自然免疫刺激
- 個別化mRNAがんワクチンによる抗原提示の強化
- 放射線療法・腫瘍溶解ウイルスによる局所炎症誘導
今回 Natureに報告された研究は、既存の感染症mRNAワクチン(SARS-CoV-2 スパイクmRNA)でも同様の“免疫再プログラム”が起こりうることを臨床・前臨床両面から示した点で新しい位置づけにあります。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究デザイン | 前臨床実験+多施設後ろ向き臨床研究 |
| 対象 | ICI治療を受けた肺がん(NSCLC)および悪性黒色腫患者 |
| 介入因子 | COVID-19 mRNAワクチン(BNT162b2 または mRNA-1273) |
| 評価項目 | 総生存期間(OS)、無増悪生存期間(PFS)、PD-L1発現、免疫活性化指標 |
| 解析ウィンドウ | ICI開始前後100 日以内のワクチン接種 vs 未接種 |
◆主な結果
非小細胞肺がん(NSCLC)コホート n=884
| 解析項目 | ICI + mRNA群 | ICI単独群 |
|---|---|---|
| 3年OS | 55.7 % | 30.8 % |
| 中央OS | 37.3 か月 | 20.6 か月 |
| 調整HR (95%CI) | 0.51 (0.37–0.71) | — |
| p値 | <0.0001 | — |
悪性黒色腫 n=210
| 解析項目 | ICI + mRNA群 | ICI単独群 |
|---|---|---|
| 36 か月 OS | 67.6 % | 44.1 % |
| HR (95 % CI) | 0.37 (0.18–0.74) | — |
| PFS | 10.3 か月 vs. 4.0 か月 (HR 0.63, p=0.038) | — |
➡ ワクチン接種がICI治療効果を増強し、生存率を改善。
免疫学的機構の解析
mRNAワクチン接種により、腫瘍微小環境では以下の免疫変化が観察されました。
- Type I IFN応答の亢進 → 樹状細胞の成熟と抗原提示強化
- CD8⁺ T細胞浸潤の増加 → cold 腫瘍が「hot 様」へ転換
- PD-L1発現の上昇 → ICI感受性の向上
- 抗腫瘍T細胞クローンの拡大 → 腫瘍特異的免疫の再誘導
さらに、ヒトボランティアでの解析では、mRNA-1273接種24 時間後にIFN-αが約280 倍上昇し、単球・樹状細胞で一過的なPD-L1発現上昇が確認されました。
これは、**自然免疫刺激を介して一時的に“腫瘍免疫を起動させる”**反応と一致します。
PD-L1発現の臨床的変化(NSCLC n=2,315)
| ワクチン接種タイミング | 平均PD-L1 TPS (%) | TPS≥50%割合 |
|---|---|---|
| 100日以内 | 31% | 36% |
| 未接種 | 25% | 28% |
| p値 | 0.045/0.0295 | — |
➡ mRNAワクチン接種がPD-L1発現を上昇させ、ICI適応範囲を拡大する可能性。
試験の限界
- 観察研究であり、因果関係を直接証明するものではない。
- 対象はICI治療群に限定。化学療法単独群では同効果を認めず。
- mRNA以外(例:不活化ワクチン)では同様の効果は確認されていない。
- 投与タイミングや免疫背景による個体差は今後の検討課題。
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◆まとめ
本研究は、感染症ワクチンとして設計されたCOVID-19 mRNAワクチンが、腫瘍免疫環境を再構築し、免疫チェックポイント阻害薬の効果を高め得ることを初めて体系的に示しました。
- Cold腫瘍の免疫環境にType I IFN応答を誘導
- PD-L1発現上昇 → ICI感受性改善
- 生存率・PFSの有意な延長
この成果は、感染症ワクチンが “がん免疫療法の補助的ブースター” として機能し得ることを示唆しており、今後は「cold → hot転換」を目的としたmRNA免疫調節戦略の開発が期待されます。
非常に有望な結果ですが、再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 腫瘍関連抗原を標的とする臨床的に利用可能なmRNAワクチンは、腫瘍をICIに感作させる強力な免疫調節因子である。
根拠となった試験の抄録
免疫チェックポイント阻害剤(ICI)は多くのがん患者の生存期間を延長させるが、既存の免疫のない患者には効果がない。パーソナライズされたmRNAがんワクチンは、事前に選択された抗原に対する免疫攻撃を誘導することで腫瘍をICIに対して感作させるが、パーソナライズされたワクチンは複雑で時間のかかる製造プロセスによって制限される。本研究では、SARS-CoV-2を標的とするmRNAワクチンも腫瘍をICIに対して感作させることを示す。前臨床モデルでは、SARS-CoV-2 mRNAワクチンによりI型インターフェロンが大幅に増加し、自然免疫細胞が腫瘍関連抗原を標的とするCD8+T細胞をプライミングすることが可能になった。免疫学的に低分子化された腫瘍ではPD-L1発現を増加させることで反応するため、ICIの同時投与が最大の効果を発揮するために必要である。ヒトにおいても、ワクチン接種反応と類似の相関関係が認められており、I型インターフェロンの増加、健康なボランティアにおける骨髄リンパ球活性化、腫瘍におけるPD-L1発現の増加などが挙げられる。さらに、複数の大規模後ろ向きコホート研究において、SARS-CoV-2 mRNAワクチンをICI開始後100日以内に接種すると、中央値および3年全生存率が有意に改善することが示されている。この効果は、免疫学的に低感受性の腫瘍患者においても同様の結果が得られている。これらの結果を総合すると、腫瘍関連抗原を標的とする臨床的に利用可能なmRNAワクチンは、腫瘍をICIに感作させる強力な免疫調節因子であることが示唆された。
引用文献
SARS-CoV-2 mRNA vaccines sensitize tumours to immune checkpoint blockade
Adam J Grippin et al. PMID: 41125896 DOI: 10.1038/s41586-025-09655-y
Nature. 2025 Oct 22. doi: 10.1038/s41586-025-09655-y. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41125896/

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