潜在的に不適切な処方が患者転帰に及ぼす影響とは?
高齢者医療においては、潜在的に不適切な処方(PIP:Potentially Inappropriate Prescribing) が大きな課題です。
- PIMs(Potentially Inappropriate Medications):高齢者に処方すべきでない、または注意が必要な薬
- PPOs(Prescribing Omissions):本来必要な薬が処方されていない状態
これらは有害事象や生活の質低下と関連することが知られていますが、死亡率への影響については十分なエビデンスがありませんでした。
そこで今回は、地域在住の高齢者を対象に、PIPと死亡リスクとの関連性について検証した 縦断的前向きコホート研究の結果についてご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究方法
- 対象者:1999〜2007年の第3回追跡調査に参加した 1,210人の地域在住高齢者
- 追跡期間:2022年3月まで(最長23年)
- 評価基準:
- Beers基準(2023年版)
- STOPP/START v3基準
- 解析方法:Cox比例ハザードモデルおよびFine-Grayモデルで、全死亡および非がん死亡との関連を検討
◆結果(アウトカム別整理)
要因 | 結果 | ハザード比(HR)・影響 |
---|---|---|
PIM(Beers基準・≥2薬) | 全死亡リスク増加 | HR 1.31(95%CI 1.04–1.69) |
PIM(STOPP基準・≥2薬) | 全死亡リスク増加 | HR 1.25(95%CI 1.00–1.55) |
PIM × 健康状態 | 健康状態「良好」群で影響が大きい | 交互作用 p=0.030 |
PIM(≥2薬) | 非がん死亡リスク増加 | 約1.4倍 |
PPO(≥2件) | 全死亡リスク増加 | HR 1.84(95%CI 1.24–2.72) |
PPO(1件または≥2件) | 非がん死亡リスク増加 | 1.3倍および2.0倍 |
PPO × 性別 | 男性で影響が大きい | 交互作用 p=0.012 |
◆結果の解釈
- PIMsの多剤処方(2剤以上) は、全死亡・非がん死亡リスクの増加と関連。
- 特に健康状態が良好な高齢者ほど、PIMの悪影響が顕著に表れる可能性。
- PPO(必要薬の未処方) も死亡リスクを高め、男性で強い関連が見られた。
- 高齢者の薬物療法では「不要な薬を減らす」ことと「必要な薬をきちんと処方する」ことの両方が重要であることを示唆。
◆研究の限界
- 観察研究であるため、因果関係を断定できない。
- 地域在住の高齢者を対象としており、施設入所高齢者や重症患者には必ずしも当てはまらない可能性。
- PIMs・PPOの定義はBeers基準とSTOPP/START基準に依存しており、基準間の違いが影響する可能性がある。
◆まとめ
- 高齢者の不適切処方(PIM・PPO)は長期的な死亡リスク増加と関連。
- 特に「健康に見える高齢者」にも影響が及ぶ点は重要であり、医師・薬剤師が注意した方が良いポイント。
- 今後は、性別や健康状態に応じた処方最適化ガイドラインが必要と考えられます。
日本人でも同様に求められるのか更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ コホート研究の結果、潜在的に不適切な処方は蔓延しており、地域在住高齢者の長期死亡率の上昇と関連しているようであった。
根拠となった試験の抄録
背景: 潜在的に不適切な処方(Potentially inappropriate prescribing, PIP)は、潜在的に不適切な投薬(potentially inappropriate medications, PIMs)と処方漏れ(prescribing omissions, PPOs)を含み、高齢者に広く見られ、一貫して健康状態の悪化と関連している。しかし、その死亡率への影響に関するエビデンスは依然として限られている。本研究では、地域在住高齢者コホートにおいて、PIMsとPPOと長期死亡率との関連性を検討した。
方法: 縦断的前向きコホート研究の第3回追跡調査(1999~2007年)に参加した1,210人の死亡率を2022年3月まで追跡調査した。PIMs(潜在的に不適切な処方)とPPO(処方漏れ)は、2023 BeersおよびSTOPP/START(高齢者の潜在的に不適切な処方のスクリーニングツール/医師に適切な治療を勧告するスクリーニングツール)v3基準を用いて特定した。Cox比例ハザードモデルとFine-Grayサブ分布ハザードモデルを用いて、PIPと全死亡率および非がん性死亡率との関連をそれぞれ評価し、社会人口統計学的因子、ライフスタイル因子、および健康関連因子を調整した。
結果: 参加者の81.2%が1つ以上の問題に曝露しており、そのうち52.6%がBeers基準、45.0%がSTOPP基準に基づくPIMs、59.3%がPPOに曝露していた。多変量解析では、2つ以上のPIMsへの曝露は、Beers基準(HR 1.31、95%CI 1.04-1.69)およびSTOPP基準(HR 1.25、95%CI 1.00-1.55)において全死亡率の上昇と関連していた。PIMs(Beers基準)と自己評価健康度(SRH)の交互作用は、ベースラインSRHが「非常に良好/良好」であった参加者の方が、「不良/非常に不良」であった参加者よりも強い関連を示した(交互作用のp=0.030)。 2種類以上のPIMsの使用は、両ツールにおいて非がん死亡リスクの1.4倍の上昇と関連していた。2種類以上のPPOへの曝露は、全死亡リスクの1.8倍の上昇と関連していた(HR 1.84、95%CI 1.24-2.72)。この関連は男性でより強かった(交互作用のp値=0.012)。1種類または2種類以上のPPOへの曝露は、それぞれ非がん死亡リスクの1.3倍および2.0倍の上昇と関連していた。
結論: PIPは蔓延しており、地域在住高齢者の長期死亡率の上昇と関連している。より健康な高齢者におけるPIMsへの対処とPPOの削減は、臨床現場で極めて重要である。性別に応じた薬事ガイドラインの策定が求められる。
キーワード: Beers 基準、START 基準、STOPP 基準、不適切な処方、死亡率、高齢者
引用文献
A Prospective Study on Potentially Inappropriate Drug Use and All-Cause Mortality in Community-Dwelling Older Adults
Liat Orenstein et al. PMID: 40785370 DOI: 10.1111/jgs.70002
J Am Geriatr Soc. 2025 Aug 11. doi: 10.1111/jgs.70002. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40785370/
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