厳格な血圧コントロールのリスクベネフィット
降圧治療において、より低い血圧目標(<120mmHgや<130mmHg)を目指す「強化降圧治療」が推奨される場面が増えています。しかし、その一方で副作用や腎関連イベントの増加も報告されており、本当に「強めの降圧」が患者全体にとって有益なのかは議論の余地が残されています。
そこで今回は、200症例以上のランダム化比較試験6件の参加者データを用いて、強化降圧群と標準降圧群との
試験結果から明らかになったことは?
- 対象試験:ACCORD BP、SPRINT、ESPRIT、BPROAD、STEP、CRHCP の6試験
- 解析対象者:80,220人
- 強化降圧群:40,503人
- 標準降圧群:39,717人
- 追跡期間:中央値3.2年
- 主要アウトカム
- ベネフィット:心筋梗塞、脳卒中、心不全、心血管死の複合アウトカム
- ハーム:低血圧、失神、腎関連有害事象など
統計解析はベイズ階層モデルを用いて実施されました。
◆主な結果(アウトカム別整理)
アウトカム | 強化降圧群 | 標準降圧群 | 効果量(95%CrI) |
---|---|---|---|
主要心血管イベント | 2158例(5.3%) | 2811例(7.1%) | HR 0.76(0.72–0.81) p<0.0001 |
絶対リスク減少 | – | – | 1.73%(NNT=58) |
有害事象(低血圧・失神など) 絶対リスク増加 | – | – | 1.82%(NNH=55) |
腎関連イベントを含む解析 ネットベネフィット | – | – | 1.13(1.01–1.24) |
◆考察
- 利益:強化降圧により主要心血管イベント(心筋梗塞・脳卒中・心不全・心血管死)が有意に減少。
- リスク:低血圧や腎関連イベントなどの有害事象は有意に増加。
- バランス:NNT(58人治療で1人の心血管イベント予防)とNNH(55人治療で1人が有害事象発現)が近接している点が重要。ただし、総合的な解析では「利益がリスクを上回る」と評価された。
◆試験の限界
- 各RCTの対象患者背景が異なる(糖尿病患者中心 vs. 高齢者中心など)。
- 有害事象の定義や報告方法に試験間の違いがある。
- 中長期的な腎機能低下リスクは十分に評価されていない。
◆今後の課題
- 患者背景に応じた適応(高齢者や腎疾患患者にどこまで強化降圧が許容されるか)。
- 個別化医療の実現:リスクの高い患者を層別化し、誰に強化降圧が最も有益かを明らかにする。
- リアルワールドデータでの検証:臨床試験環境外での適用可能性を確認する必要がある。
◆まとめ
強化降圧治療は、心血管イベントの抑制に確かな効果を示す一方で、有害事象のリスクも増加させます。今回の解析では、全体としては「利益がリスクを上回る」ことが示されました。ただし、すべての患者に一律で適応すべきではなく、患者ごとの背景や合併症を考慮した個別化治療が求められます。
高血圧管理・治療ガイドライン2025において、年齢別の管理目標値が撤廃され、以下のような記載となりました。
病院:<130/80mmHg
家庭:<125/75mmHg
とはいえ、診療ガイドラインであることから、6~7割の患者への適用できる基準値であり、すべての患者に当てはまるわけではありません。
個々の患者に合う治療方法・管理目標値の設定が求められます。日本人においても同様の結果が示されるのか、再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 大規模研究の個人別データを用いたメタ解析の結果、標準的な血圧管理と比較して、強化血圧管理では、心血管イベントの減少と腎臓イベントを含む有害イベントの増加の間で純利益がもたらされることが示された。
根拠となった試験の抄録
背景: 主要なガイドラインでは強化血圧コントロールが推奨されているものの、その全体的なベネフィットとデメリットのバランスは依然として不明確である。特に、目標血圧値や患者背景によって、臨床的ベネフィットがどのように変化するかは不明である。本研究では、強化血圧コントロールと標準的な血圧コントロールのベネフィットとデメリットのトレードオフを定量化することを目的とした。
方法: 6件のランダム化比較試験(ACCORD BP、SPRINT、ESPRIT、BPROAD、STEP、CRHCP)を対象に、事後的に参加者レベルの統合解析を実施した。試験の選択は、共同研究の枠組みであるBlood Pressure Reduction Union-Landmark Evidenceと、以下の5つの事前定義された包含基準に基づいた文献検索に基づいて行った。(1) 強化収縮期血圧目標(<120 mmHgまたは<130 mmHg)と標準治療の比較、(2) 複合主要心血管アウトカムの報告、(3) 2000名以上の参加者登録、(4) 治療関連有害事象の標準化された報告、(5) 個々の参加者データの入手可能性。
また、PubMedデータベース開始から2025年6月15日までに発表された研究を言語制限なしに検索するシステマティックレビューも実施した。心血管アウトカム、高血圧、集中的な血圧降下療法、ランダム化試験に関連する検索用語を使用した。研究のスクリーニングとデータ抽出は10名のレビュアーが2人1組で独立して実施し、不一致は討議または裁定により解決した。6件の試験の参加者は、試験デザインに応じて、集中的な血圧治療(収縮期血圧目標値120 mmHg未満または130 mmHg未満)または標準治療(収縮期血圧目標値140 mmHg未満、高齢者では150 mmHg未満、または通常ケア)に無作為に割り付けられた。
主要なベネフィットアウトカムは、心筋梗塞、脳卒中、心不全、および心血管疾患による死亡の複合であった。主要な有害事象アウトカムは、関心のある有害事象(例:低血圧および失神)および腎関連事象であった。統計解析は、ベイズ階層モデルを用いて治療意図に基づいて実施した。
結果: 初期データセットには80,676人の参加者が含まれており、そのうち80,220人が解析対象となった(強化血圧管理群 n=40,503、標準血圧管理群 n=39,717)。年齢の中央値は64.0歳(IQR 59.0-70.0)で、男性は39,043人(48.7%)、女性は41,177人(51.3%)であった。参加者の大部分はアジア人(66,290人 [82.6%])または白人(8,097人 [10.1%])であった。中央値3.2年の追跡調査(IQR 3.0-3.5)中に、複合心血管疾患アウトカムは、強化血圧管理群の参加者2158人(5.3%)、標準血圧管理群の参加者2811人(7.1%)に発生した(ハザード比 0.76、95%信頼区間[CrI] 0.72-0.81、p<0.0001)。標準血圧管理と比較して、強化血圧管理は、心血管疾患(治療必要数58人[95%CrI 55-61])の絶対リスク1.73%減少(95%CrI 1.65-1.81)、および注目の有害事象(有害事象発生必要数55人[95%CrI 49-61])の絶対リスク1.82%増加(95%CrI 1.63-2.01)と関連していた。全体として、強化血圧コントロールは良好なベネフィット・有害事象プロファイルを示し、判定重み付けを用いた純ベネフィットは1.14(95%CrI 1.03-1.25)であった。腎関連の有害事象を考慮しても、純ベネフィットは依然としてプラスであった(1.13 [95%CrI 1.01-1.24])。
解釈: 標準的な血圧管理と比較して、強化血圧管理では、心血管イベントの減少と腎臓イベントを含む有害イベントの増加の間で純利益がもたらされます。
資金提供: 中国科学技術部の国家重点研究開発計画、国家科学技術重点プロジェクト、中国国家自然科学基金、中国中国医学科学院医学イノベーション基金、遼寧省科学技術計画。
引用文献
Benefit-harm trade-offs of intensive blood pressure control versus standard blood pressure control on cardiovascular and renal outcomes: an individual participant data analysis of randomised controlled trials
Xiaofan Guo et al. PMID: 40902616 DOI: 10.1016/S0140-6736(25)01391-1
Lancet. 2025 Aug 28:S0140-6736(25)01391-1. doi: 10.1016/S0140-6736(25)01391-1. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40902616/
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