認知症予防に効果的な薬剤は?
2型糖尿病治療薬として近年注目されているGLP-1受容体作動薬(GLP-1RAs)は、血糖コントロールや減量効果、心血管イベント予防など多面的なベネフィットが期待されています。一方で、「認知症の予防にもつながるのでは?」という期待も高まっています。しかし、充分に検証されていません。
そこで今回は、GLP-1RAsとDPP-4阻害薬(DPP4is)を比較し、認知症発症リスクへの影響を評価した研究結果をご紹介します。
観察研究にありがちなバイアスを回避するため、ターゲットトライアルエミュレーション(標的試験模倣研究、模擬ランダム化試験)という設計を採用しています。
試験結果から明らかになったことは?
研究デザイン
- ターゲットトライアルエミュレーション(Target Trial Emulation)
- 比較対象:GLP-1受容体作動薬 vs. DPP-4阻害薬(いずれもメトホルミン併用下の2次治療)
- データソース:アメリカ・Medicare(2016〜2020年)
- 平均年齢:71歳、女性55%
参加者条件
- 66歳以上の糖尿病患者
- 認知症の診断歴なし
- メトホルミンを使用中にGLP-1RAまたはDPP4iを新規開始した患者
アウトカム
- 主要評価項目:認知症の新規発症(診断日の1年前を発症時点と定義)
- フォローアップ:中央値1.9年(最大30か月)
試験結果から明らかになったことは?
■ 全体集団での結果(GLP-1RA vs DPP4i)
指標 | GLP-1RA群 | DPP4i群 | 30か月時点の 推定リスク差 | リスク比 RR |
---|---|---|---|---|
認知症発症率 | 96/2,418 | 217/4,836 | -0.93% (95%CI -2.33 ~ 0.23) | 0.83 (95%CI 0.61~1.05) |
→ 全体では統計的有意差なし。ただし、GLP-1RA群でややリスク低下傾向。
■ 年齢別のサブ解析
年齢群 | リスク比(RR) | 95%信頼区間 |
---|---|---|
75歳未満 | 0.64 | 0.46 ~ 0.93 |
75歳以上 | 1.22 | 0.74 ~ 1.66 |
→ 75歳未満ではGLP-1RAによる認知症リスクの低下が認められた一方、75歳以上では効果が確認されなかった。
コメント
◆臨床的意義
本研究は、GLP-1RAの「認知症予防効果」が注目される中、実臨床データに基づき、バイアスを最小化する設計で検証を行った意義ある研究です。
全体としては有意差が見られなかったものの、75歳未満の患者では、GLP-1RAがDPP4iよりも認知症発症リスクを約36%低下させる可能性が示されました。
これは、GLP-1RAの中枢神経への作用や抗炎症効果が関与している可能性を示唆しています。
◆試験の限界
- BMI・糖尿病罹病期間・血糖コントロール状態などの重要な交絡因子が不明(調整不能)
- 認知症診断の正確性に限界あり(医療記録ベース)
- 短期間(中央値1.9年)の追跡期間では、長期発症疾患である認知症の評価に不十分
- 使用薬剤の種類・用量・アドヒアランスに関する詳細が不明
◆今後の検討課題
- GLP-1RAの種類別(セマグルチド・リラグルチドなど)の効果比較
- 長期追跡(5年以上)による認知症発症の検証
- 糖尿病以外の集団(前糖尿病・肥満のみ)における神経保護効果の検証
- ランダム化比較試験(RCT)による因果関係の確定
そもそも認知機能低下リスクの低い患者でGLP-1受容体作動薬が選択された可能性があります。観察研究の場合、薬剤選択の背景も交絡因子となります。このため、ターゲットトライアルエミュレーションであっても、元となるデータが観察研究である場合、交絡因子を完全に調整できません。
更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 標的試験模倣研究の結果、糖尿病の高齢者において、GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)とDPP4阻害薬(DPP-4is)を服用している患者間で認知症の発症率に全体的な差があるという明確なエビデンスは得られなかった。
根拠となった試験の抄録
背景: グルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬(GLP-1RA)は、血糖値を低下させ、体重減少を促進し、心血管イベントを予防することが示されています。しかし、認知症への効果に関するエビデンスは限られています。しかしながら、近年の観察研究(一部には重大な方法論的限界がある)では、GLP-1RAと認知症の大幅な減少が示唆されていますが、必ずしも因果関係が完全には確立しているとは限りません。
目的: 高齢者の認知症リスクに対する、2 型糖尿病の第二選択治療としての GLP-1RA とジペプチジルペプチダーゼ 4 阻害剤 (DPP4is) の効果を比較する。
設計: ターゲットトライアルエミュレーション。
舞台: 2016年1月から2020年12月までの米国。
試験参加者: メトホルミンを使用し、ベースラインで認知症がなく、2017年1月から2018年12月の間にGLP-1RAまたはDPP4isを開始した、糖尿病を患う66歳以上のメディケア実費負担医療給付受給者。
測定: 認知症の発症は、新たに認知症と診断された日の1年前と定義しました。GLP-1RA群とDPP4i群を推定傾向スコアに基づき1:2の比率でマッチングさせ、30ヶ月時点でのリスクを算出し、比率と差異を用いて比較しました。
結果: GLP-1RAを開始した2,418例とDPP4iを開始した4,836例の平均年齢は71歳で、55%が女性であった。中央値1.9年の追跡期間中、GLP-1RA群では96例、DPP4i群では217例で転帰が認められた。30ヶ月時点での推定リスク差は-0.93(95%信頼区間-2.33~0.23)パーセントポイント、推定リスク比は0.83(95%信頼区間0.61~1.05)であった。75歳未満の患者と75歳以上の患者における推定リスク比はそれぞれ0.64(95%信頼区間 0.46~0.93)、1.22(95%信頼区間 0.74~1.66)であった。
制限事項: 潜在的な残留交絡因子 (BMI、血糖コントロール、糖尿病の持続期間に関するデータなし)、結果の誤分類、および追跡期間の短さ。
結論: 糖尿病の高齢者において、GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)とDPP4阻害薬(DPP-4is)を服用している患者間で認知症の発症率に全体的な差があるという明確なエビデンスは得られませんでした。従来の統計基準に基づくと、GLP-1RAによる認知症リスクの39%減少から5%増加という効果は、年齢によって推定値が異なるものの、データと高い整合性を示しました。GLP-1RAの認知症に対する効果を定量化するには、ランダム化比較試験が必要です。
主な資金提供元: Gregory Annenberg Weingarten、GRoW @ Annenberg
引用文献
Glucagon-Like Peptide-1 Receptor Agonists and Incidence of Dementia Among Older Adults With Type 2 Diabetes : A Target Trial Emulation
Kosuke Inoue et al. PMID: 40690769 DOI: 10.7326/ANNALS-24-02648
Ann Intern Med. 2025 Jul 22. doi: 10.7326/ANNALS-24-02648. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40690769/
コメント