チルゼパチドの費用対効果はどのくらいなのか?
2型糖尿病(T2D)と肥満の両方を抱える患者に対し、チルゼパチド(tirzepatide, 以下TZP)は体重と血糖コントロールの両面で効果が期待される薬剤です。しかし、費用対効果について充分に評価されていません。
そこで今回は、アメリカで行われたチルゼパチドの費用対効果分析(cost-effectiveness analysis)に関する最新の研究結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?:BRAVOモデルを用いた長期シミュレーション
この研究では、糖尿病の健康経済モデリングとして確立されているBRAVO Diabetes Modelを用いて、TZP 10mgおよび15mg(週1回皮下注)をプラセボと比較した場合の費用対効果を評価しました。
- 対象者:2型糖尿病と肥満を併発する米国在住者
- データ出典:SURMOUNT-2試験(RCT)
- 評価期間:30年間(治療効果は5年間持続すると仮定)
- 費用評価:GoodRxによる薬剤費 + 合併症管理費
- 評価指標:QALY(質調整生存年)、ICER(増分費用効果比)
- WTP(支払い意思額):1QALYあたり10万ドル
試験結果から明らかになったことは?
比較対象 | 獲得QALY | 延命年数 | 総費用の差 | ICER(1QALYあたり) |
---|---|---|---|---|
TZP 15mg vs. プラセボ | +0.69 | +0.58年 | −1,409ドル | ―(費用削減) |
TZP 10mg vs. プラセボ | +0.60 | +0.49年 | +1,855ドル | 3,092ドル |
- ICERが1QALYあたり10万ドル以下である場合、一般的に「費用対効果あり」と評価されます。
- 両用量とも高確率(15mg: 98.9%、10mg: 98.5%)で費用対効果ありと判定されました。
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【高用量のほうがコスト効率に優れる?】
この研究の重要なポイントは以下の通りです。
- 15mgはコストを下げつつ効果も大きい → ドミナント戦略
- 10mgはわずかにコストが増えるが効果も良好 → 高い費用対効果
- 米国の保険制度を前提にしているため、日本国内での価格・適応には再評価が必要
注意点・限界
- 効果は5年間持続と仮定:実臨床での持続性は不明
- 薬価はGoodRx基準:地域差や交渉価格は反映されない
- BRAVOモデルの前提に基づく予測であり、実データではない
- 医療制度が異なる他国への一般化は困難
まとめ
本研究により、チルゼパチド(10mg・15mg)はいずれも費用対効果の高い治療選択肢であることが示されました。特に15mgは医療費削減と健康アウトカムの両立が期待される点で注目されます。今後は、日本でのコスト評価や実臨床での長期データの蓄積が求められます。
続報に期待。
✅ BRAVO Diabetes Modelとは?
BRAVO(Building, Relating, Assessing, and Validating Outcomes)モデルは、2型糖尿病患者における長期の健康アウトカムとコストを予測するための患者レベルの離散時間マイクロシミュレーションモデルです 。
📊 主な特徴
項目 | 内容 |
---|---|
推論対象 | 2型糖尿病患者にみられる微小血管・大血管合併症(心筋梗塞、脳卒中、心不全、失明、腎不全など) |
個別化予測 | 年齢・HbA1c・BMIなど個人の臨床情報を基に将来の病変リスクや死亡率を予測 |
費用・効用評価 | 合併症の費用、QALY(Quality‑Adjusted Life Year)を導入して費用対効果分析が可能 |
外部妥当性 | EXSCEL試験など複数臨床データで外部検証されており、高い予測性能が評価されています |
🧠 モデルの適用例
- ICERによる評価:チルゼパチドやセマグルチドの経済性モデルにも使用されています。
- 費用対効果分析:チルゼパチドの30年シミュレーションに応用され、臨床成果だけでなく医療費への影響も精緻に評価されました

✅まとめ✅ 米国の費用対効果分析の結果、プラセボと比較して、チルゼパチド15mgおよび10mg QWはどちらも、2型糖尿病および併存肥満の患者にとって費用対効果の高い選択肢です。
根拠となった試験の抄録
目的: 本研究では、米国 (US) における2型糖尿病 (T2D) および肥満を併存する患者を対象に、プラセボと比較して、チルゼパチド (TZP) 10mgおよび15mgを週1回(QW)投与した場合の費用対効果を評価します。
研究デザインと方法: 米国の医療の観点から、2型糖尿病および併存肥満患者における2種類のTZP投与量の費用対効果を30年間の期間で評価するために、BRAVO(Building, Relating, Assessing and Validating Outcomes)糖尿病モデルが用いられた。治療効果はSURMOUNT-2試験から得られ、5年間持続すると仮定された。費用推定は試験データとGoodRxの薬剤価格に基づいて行われた。糖尿病関連合併症の健康効用は既存文献から得た。頑健性を検証するために、一元配置感度分析と確率感度分析(PSA)を実施した。支払意思額(WTP)の閾値は、質調整生存年(QALY)増加あたり10万ドルに設定された。
結果: プラセボと比較して、TZP 15mg QWはQALYを0.69、生存年を0.58、費用を1,409ドル節約しました。TZP 10mg QWはQALYを0.60、生存年を0.49、費用を1,855ドル増加させ、増分費用対効果比(ICER)はQALYあたり3,092ドルとなりました。感度分析により、結果の堅牢性が確認されました。費用対効果の確率は、TZP 15mg QWで98.9%、TZP 10mg QWで98.5%でした。
結論: プラセボと比較して、TZP 15mgおよび10mg QWはどちらも、2型糖尿病および併存肥満の患者にとって費用対効果の高い選択肢です。
キーワード: BRAVOモデル、費用対効果、肥満、チルゼパタイド、2型糖尿病
引用文献
Long-term cost-effectiveness of tirzepatide for individuals with type 2 diabetes and comorbid obesity
Man Tang et al. PMID: 40452343 DOI: 10.1111/dom.16466
Diabetes Obes Metab. 2025 Jun 2. doi: 10.1111/dom.16466. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40452343/
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