急性期医療におけるVTE予防の最適な期間とは?
深部静脈血栓症(DVT)や肺血栓塞栓症(PE)を含む静脈血栓塞栓症(VTE)は、急性疾患で入院する患者にとって極めて重要な合併症です。VTEのリスクは入院中に限らず、退院後45~90日間にわたり持続することが知られており、入院中のみの抗凝固療法(standard-duration)に加え、退院後も継続する延長投与(extended-duration)の有用性が議論されてきました。しかし、根拠となるデータは限られており、エビデンスの統合が求められています。
そこで今回は、7件のランダム化比較試験(RCT)・総計約4万人を対象に、VTE予防における抗凝固薬の「標準期間 vs. 延長期間」の有効性と安全性を比較した、Cochraneによるシステマティックレビューとメタ解析の結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
概要
項目 | 内容 |
---|---|
試験数 | 7件のRCT |
総参加者数 | 40,846名 |
対象 | 急性疾患で入院した内科系成人患者 |
介入 | 標準期間 vs. 延長期間の抗凝固療法(VTE一次予防) |
主な短期アウトカム(高確実性エビデンス)
評価項目 | 相対リスク(RR) | 絶対リスク(/1000人) | NNT/NNTB* |
---|---|---|---|
有症状VTEの発症 | RR 0.60(95%CI 0.46–0.78) | 標準12 → 延長7(95%CI 6–10) | NNTB 204(136–409) |
重篤な出血 | RR 2.05(95%CI 1.51–2.79) | 標準3 → 延長6(95%CI 5–8) | NNTH 314(222–538) |
全死亡 | RR 0.97(95%CI 0.87–1.08) | 標準34 → 延長33(95%CI 30–37) | 差ほぼなし |
総VTE(症候性+無症候性) | RR 0.75(95%CI 0.67–0.85) | 標準37 → 延長28(95%CI 25–32) | NNTB 107(76–178) |
致死的/不可逆的血管イベント(例:MI、致死性PE、脳卒中) | RR 0.71(95%CI 0.56–0.91) | 標準41 → 延長29(95%CI 23–37) | NNTB 85(50–288) |
*NNTB: Number Needed to Treat for Benefit/NNTH: Number Needed to Treat for Harm
その他アウトカム
- 致死的出血:RR 2.28(95%CI 0.84–6.22)
→ 延長投与によるリスク上昇の可能性はあるが、確証なし(低確実性) - VTE関連死亡:RR 0.78(95%CI 0.58–1.05)
→ 延長投与により若干の減少傾向(中等度の確実性)
コメント
VTE予防における抗凝固薬の「標準期間 vs. 延長期間」の有効性・安全性については充分に検証されていません。
さて、コクランレビューの結果、延長抗凝固療法は、有症状VTE・総VTE・血管イベントの予防に有効である一方で、重篤な出血リスクを確実に上昇させることが示されました。特に、NNTBとNNTHの比較では、リスクとベネフィットが表裏一体であることがよくわかります。
また、延長療法は全死亡やVTE関連死亡の明確な改善にはつながっておらず、使用するか否かは患者のVTEリスク vs. 出血リスクの個別評価が不可欠といえるでしょう。
今後の課題は、どの患者が「延長投与の恩恵を最大限に受けるのか」を識別することです。
そのためには、リスクスコアによる層別化、DOACの種類ごとの比較、長期アウトカムの検証が待たれます。
続報に期待。

✅まとめ✅ コクランレビューの結果、延長抗凝固療法は、有症状VTE・総VTE・血管イベントの予防に有効である一方で、重篤な出血リスクを確実に上昇させることが示された。
根拠となった論文の抄録
背景:静脈血栓塞栓症(VTE)には、深部静脈血栓症(DVT)と肺血栓塞栓症(PE)という相互に関連する2つの病態が含まれる。リスク因子には、脱水、長期の不動、急性の内科疾患、外傷、凝固異常、既往の血栓症、表在性静脈血栓症を伴う静脈瘤、外因性ホルモン、悪性腫瘍、化学療法、感染、炎症、妊娠、肥満、喫煙、加齢が含まれる。入院患者はVTEを発症するリスクが外来患者の100倍と推定されており、外科入院患者と比較して内科入院患者ではより重篤なVTEとなることが多い。VTEは高い罹患率および死亡率を伴う。VTEリスクのある患者には、機械的手段や薬物療法を含む予防的戦略が推奨されている。薬物療法による予防は、禁忌がない限り、VTEのリスクがある急性期内科入院患者に対して標準的な治療と考えられている。入院患者におけるVTEのリスクは退院後最大90日間持続し、ほとんどのイベントは退院後45日以内に発生する。しかし、一次予防として抗凝固療法の延長投与が、追加的なリスクや有害性を伴わずに利益をもたらすかは明らかではない。
目的:急性期内科入院患者における一次VTE予防として、標準期間と延長期間の抗凝固療法の利益とリスクを評価すること。
検索方法:Cochrane Vascular情報スペシャリストが、Cochrane Vascular Specialized Register、CENTRAL、MEDLINE、Embase、CINAHL、Web of Scienceのデータベース、ならびにWHO国際臨床試験登録プラットフォームおよびClinicalTrials.govを2023年3月27日まで検索した。また、すべての対象研究の参考文献リストを確認し、直近5年間の米国血液学会(ASH)の学会要旨も検索した。
選定基準:急性期内科入院患者(成人)において、一次VTE予防のために、標準期間と延長期間の抗凝固療法を比較したランダム化比較試験(RCT)を対象とした。
データ収集と分析:Cochraneの標準的手法を使用した。少なくとも2名の著者がタイトルと抄録の選定を独立して行い、データ抽出も実施した。2名の著者がCochrane RoB 2ツールを用いてバイアスリスクを独立に評価した。アウトカムのデータは、リスク比(RR)および95%信頼区間(CI)を用いて解析した。各アウトカムのエビデンスの確実性評価にはGRADEアプローチを用いた。関心のあるアウトカムは、短期(治療期間中および入院から45日以内)と長期(入院後45日以降)で評価された。
主要アウトカムは、有症状VTE、重篤な出血、および全死亡であった。副次アウトカムは、総VTE、致死性および不可逆的血管イベントの複合アウトカム(心筋梗塞、非致死性PE、心肺死、脳卒中など)、致死性出血、およびVTE関連死亡であった。
主な結果:合計7件のRCT(計40,846名の参加者)が選定基準を満たした。アウトカムに寄与したすべての研究は、すべての領域でバイアスリスクが低いと評価された。ほとんどの研究は短期アウトカムを報告していた。延長抗凝固療法は、標準抗凝固療法と比較して、有症状VTEの短期リスクを低下させた(RR 0.60、95%CI 0.46~0.78;標準群:1000人あたり12例、延長群:1000人あたり7例[95%CI 6~10];追加的な利益を得るための治療必要数[NNTB]= 204、95%CI 136~409;4研究、24,773人;高確実性エビデンス)。
しかしこの利益は、短期の重篤な出血のリスク増加によって相殺された(RR 2.05、95%CI 1.51~2.79;標準群:1000人あたり3例、延長群:1000人あたり6例[95%CI 5~8];害を1件追加的に生じさせる治療必要数[NNTH]= 314、95%CI 538~222;7研究、40,374人;高確実性エビデンス)。
延長抗凝固療法は、短期の全死亡に関してはほとんど差がなかった(RR 0.97、95% CI 0.87~1.08;標準群:1000人あたり34例、延長群:1000人あたり33例[95% CI 30~37];5研究、38,080人;高確実性エビデンス)。また、短期の総VTEのリスクを減少させた(RR 0.75、95% CI 0.67~0.85;標準群:1000人あたり37例、延長群:1000人あたり28例[95%CI 25~32];NNTB = 107、95%CI 76~178;5研究、33,819人;高確実性エビデンス)。さらに、致死的および不可逆的血管イベントの短期複合アウトカムを減少させた(RR 0.71、95%CI 0.56~0.91;標準群:1000人あたり41例、延長群:1000人あたり29例[95%CI 23~37];NNTB = 85、95%CI 50~288;1研究、7513人;高確実性エビデンス)。
延長抗凝固療法は、短期の致死性出血においてはほとんど差がない可能性がある(RR 2.28、95%CI 0.84~6.22;標準群:1000人あたり0例、延長群:1000人あたり0例[95%CI 0~1];7研究、40,374人;低確実性エビデンス)。また、VTE関連死亡の短期リスクに関しても、差はほとんどない可能性が高い(RR 0.78、95%CI 0.58~1.05;標準群:1000人あたり5例、延長群:1000人あたり4例[95%CI 3~6];6研究、36,170人;中等度確実性エビデンス)。
著者の結論:急性期内科入院患者における一次VTE予防において、標準抗凝固療法と比較した延長抗凝固療法は、短期的な有症状VTEのリスクを減少させたが、重篤な出血のリスクを増加させた。全死亡のリスクにはほとんど差がなかった。延長抗凝固療法は、総VTEおよび致死的・不可逆的な血管イベントの複合アウトカムを減少させたが、致死性出血およびVTE関連死亡にはほとんど差がない可能性がある。今後の研究では、最適な薬剤および治療期間を特定するために、より長期的なフォローアップが必要である。
引用文献
Standard- versus extended-duration anticoagulation for primary venous thromboembolism prophylaxis in acutely ill medical patients
Ahmed A Kolkailah et al. PMID: 39629741 DOI: 10.1002/14651858.CD014541.pub2
Cochrane Database Syst Rev. 2024 Dec 4;12(12):CD014541.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39629741/
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