インフルエンザウイルス感染症におけるバロキサビル vs. オセルタミビル
新たに開発されたキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬であるBaloxavir marboxil(BXM)は、入院患者および外来患者におけるインフルエンザウイルス感染症の治療に広く使用されています。
以前のメタ解析では、外来患者および臨床症状からインフルエンザウイルス感染が疑われる患者のみを対象としていましたが、入院患者に対してBXMとオセルタミビルのどちらがより安全で有効であるかについては、依然として議論の余地があります。
そこで今回は、インフルエンザウイルス感染症の入院患者を対象に、BXMとオセルタミビルの有効性と安全性を検証したシステマティックレビューとメタ解析の結果をご紹介します。
本解析では、Scopus、EMBASE、PubMed、Ichushi、CINAHLについて、各データベースから2023年1月までに発表された論文が系統的に検索されました。
アウトカムは、インフルエンザウイルス感染症患者における死亡率、入院期間、BXMまたはオセルタミビル関連の有害事象の発生率、罹病期間、ウイルス力価およびウイルスRNA量の変化でした。
試験結果から明らかになったことは?
外来患者1,624例を対象とした2件のランダム化比較試験と、入院患者874例を対象とした2件のレトロスペクティブ研究が登録されました。
(入院患者) | BXM | オセルタミビル | オッズ比 あるいは平均差 (95%CI) |
死亡率 | 3.3% (13/393) | 6.0% (29/481) | OR 0.53 (0.27〜1.04) I2=0%、p=0.06 研究数:2 |
入院期間 | 12.5日 | 25.8日 | 平均差 -13.3 (-23.05 ~ -3.55) p=0.008 研究数:1 |
BXMまたはオセルタミビルによる治療を受けた外来患者で死亡例は報告されませんでした。入院患者では、BXMはオセルタミビルと比較して死亡率を低下させ(p=0.06)、入院期間を有意に短縮しました(p=0.01)。
(外来患者) | BXM | オセルタミビル | リスク比 RR あるいは平均差 (95%CI) |
治療関連有害事象 | 5.2% (44/845) | 8.0% (62/779) | RR 0.67 (0.46~0.97) I2=25%、p=0.03 研究数:2 |
罹病期間 | – | – | 平均差 -9.16 (-25.6 ~ 7.28) I2=0%、p=0.27 研究数:2 |
インフルエンザウイルス力価 (ベースラインからDay 2) | – | – | 平均差 -1.65 (-1.94 ~ -1.36) I2=0%、p=0.00001 研究数:2 |
ウイルスRNA量 (ベースラインからDay 2) | – | – | 平均差 -0.34 (-0.50 ~ -0.18) I2=38%、p=0.0001 研究数:2 |
外来患者においては、BXMはオセルタミビルと比較して、有害事象の発現率が有意に低く(p=0.03)、インフルエンザウイルス力価(p<0.001)およびウイルスRNA量(p<0.001)が減少し、罹病期間が短い傾向にありました(p=0.27)。
論文の批判的吟味
論文のPICO
P(患者):インフルエンザウイルス感染症の入院患者 ※結果の項には外来患者も含まれている
I(介入):バロキサビル マルボキシル
C(比較対照):オセルタミビル
O(転帰):有効性・安全性
⇒具体的には、インフルエンザウイルス感染症患者における死亡率、入院期間、BXMまたはオセルタミビル関連の有害事象の発生率、罹病期間、ウイルス力価およびウイルスRNA量の変化
コクランレビューか?
No
GRADEアプローチが採用されているか?
不明
全ての研究を網羅的に集めようとしたか?
不明
⇒対象とした言語、検索式などが不明だが、データベースとしてはScopus、EMBASE、PubMed、Ichushi、CINAHLが採用され、対象研究に広く収集しようとしている。
集められた研究数は充分か?
不充分であり出版バイアスが残存している
⇒10件未満である。またランダム化比較試験2件、後向き研究2件と、バイアスが入り込みやすい組み合わせである。
集められた研究のバイアス評価はされているか?
不明
結果はどのように示されているのか?
オッズ比
⇒リスク比を採用していない理由は不明だが、死亡リスクが比較的低いことを考慮すると違和感はない。
結果の統合は行われたか?
統合されている
⇒Fixed effect modelが採用されている。結果の異質性が低いための採用であると考えられる。
異質性の評価は?
Chi²(カイ二乗)検定、I2統計量、σ2(τ2)などが採用されている。
著者のCOIは?
論文では「None of the authors~」の記載あり
⇒ただし、著者の中には製薬企業から講演料等を受け取っている方もいます。
個人的な考えではありますが、COIがあるから問題なのではなく、適切な開示がなされていないことが問題と考えます。質の高い臨床試験ほど研究費用がかかることから、資金提供なくして研究の実施は困難です。資金提供がある場合はきちんと開示し、資金提供先との関係性、論文への影響度、結果や結論部分の記載・表現の妥当性について読者が広く思考できるようにするのが研究者の責務なのではないでしょうか。
※企業からの資金提供について、企業のホームページから検索できますが、お勧めしたい確認方法があります。特に学会誌の論文の場合には、より早く検索する方法として、学会ホームページの提言に関するページを参照するとより簡単に確認することができます。
(参考例)日本感染症学会_ガイドライン・提言
批判的吟味の結果を踏まえたコメント
2023年、日本感染症学会の学会誌である「Journal of Infection and Chemotherapy(J Infect Chemother)」に、オセルタミビルとバロキサビル マルボキシルとの有効性・安全性の比較試験がオンライン公表されました(正式掲載日:2024年3月30日)。
メタ解析の結果によれば、バロキサビル マルボキシルの方がオセルタミビルよりも優れているように受け取れますが、これは本当なのでしょうか?
さて、批判的吟味の結果を踏まえると、本メタ解析の結果からはバロキサビルが優れているとは結論付けられません。具体的には、対象となった試験数は4件と少なく、出版バイアスの影響が大きいと考えられます。また、4件のうちの入院患者を対象にしたのは観察研究の2件のみであり、この2件は後向きの観察研究であることからバイアスが入り込みやすく論文の内的妥当性が低いと考えられます。さらに、異なる試験の結果を統合する際に重要となる異質性の評価が充分ではありません。アウトカムによっては、1件の試験結果をそのまま採用しています。これは読者を誤認させます。
最もクリティカルな点としては、本解析における患者集団の年齢があげられます。バロキサビル群の方がより若く、そもそも重症化や死亡リスクが低い可能性が高いと考えられます。したがって、異質性の検証結果が低い(限りなく低い)と判断された場合においても、そもそも試験結果を統合するには不適切である可能性が高いと言えます。
どちらが優れているのかについては、治療コストも踏まえて、今後の更なる検証が待たれます。
一方、日本感染症学会の提言の内容を踏まえると、バロキサビルには以下の点で優れている可能性があります。ただし、治療コストの比較は行われていません。
1. ウイルス排出量の低減効果
- バロキサビルは、ウイルス排出量の低減においてオセルタミビルを含むノイラミニダーゼ阻害薬(NAI)よりも優れています。
- 投与後24時間および48時間の時点でのウイルス排出量の減少効果がバロキサビルで最も高いと報告されています。
2. B型インフルエンザへの効果
- バロキサビルはB型インフルエンザに対して、オセルタミビルよりも有意に症状改善時間を短縮します(中央値74.6時間 vs. 101.6時間)。
3. 合併症の発症抑制
- バロキサビルは副鼻腔炎や気管支炎といった合併症の発生を抑制する効果があることが示されています。
- 特にハイリスク群におけるこれらの合併症抑制が顕著です。
4. 曝露後予防効果
- 同居家族内での曝露後予防効果において、バロキサビルは発症割合を1.9%に抑え、プラセボ群(13.6%)に比べて86%の発症防止効果を示しました。
- この点で家族内伝播を効果的に抑制することが確認されています。
5. 投与回数の利便性
- バロキサビルは1回投与で治療が完結するため、服薬アドヒアランスが向上する可能性があります。
- オセルタミビルは通常5日間の複数回投与が必要であるため、この点で患者負担を軽減します。
ただし、アナフィラキシーなどが認められた場合に、治療変更を行うことができず、患者にとって不利益となる可能性があります。
6. 有害事象の頻度の低さ
- 青年・成人層において、バロキサビル群では有害事象がオセルタミビル群に比べて有意に低い(オッズ比 0.82、95%CI 0.69~0.98)ことが報告されています。
注意点
ただし、バロキサビルはPA/I38X変異を誘発する可能性があり、この変異がウイルス排出期間の延長や初期症状の改善の遅れを引き起こすことがあります。このため、使用にあたっては慎重な判断が必要です。さらには、上記の変異ウイルスのヒト-ヒト間感染が報告されています。
以上の点を総合すると、ハイリスク患者やB型インフルエンザ患者、かつ短期間の治療を望む患者においてはバロキサビルの使用を考慮する意義がありそうです。一方、耐性ウイルスの出現、治療コスト、有効性・安全性データの蓄積を踏まえると、インフルエンザウイルス感染症における基本的治療は「オセルタミビル」であることに変わりはありません。
新薬と聞くと、従来薬よりも優れていそうな印象を受けがちですが、どのような臨床試験の結果に基づいて承認されているのか、治療コストは妥当か、この2点だけを踏まえるだけでも新薬を盲信してしまうことを避けられるためオススメです。
✅まとめ✅ 恣意的なメタ解析の結果であることから、本論文の結論をうのみにするのは危険である。抄録にP値のみを記載する論文、メタ解析の結果であるにもかかわらず異質性に関する結果が抄録に示されていない、対象となった試験数が少ない、COIの適切な開示がない等の点に着目すると盲信を避けられる。
根拠となった試験の抄録
はじめに:新たに開発されたキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬であるBaloxavir marboxil(BXM)は、入院患者および外来患者におけるインフルエンザウイルス感染症の治療に広く使用されている。以前のメタ解析では、外来患者および臨床症状からインフルエンザウイルス感染が疑われる患者のみを対象としていた。しかし、入院患者に対してBXMとオセルタミビルのどちらがより安全で有効であるかについては、依然として議論の余地がある。そこで、インフルエンザウイルス感染症の入院患者を対象に、BXMとオセルタミビルの有効性と安全性を検証するシステマティックレビューとメタ解析を行った。
方法:Scopus、EMBASE、PubMed、Ichushi、CINAHLの各データベースから、2023年1月までに発表された論文を系統的に検索した。
アウトカムは、インフルエンザウイルス感染症患者における死亡率、入院期間、BXMまたはオセルタミビル関連の有害事象の発生率、罹病期間、ウイルス力価およびウイルスRNA量の変化とした。
結果:外来患者1,624例を対象とした2件のランダム化比較試験と、入院患者874例を対象とした2件のレトロスペクティブ研究が登録された。BXMまたはオセルタミビルによる治療を受けた外来患者で死亡例はなかった。入院患者では、BXMはオセルタミビルと比較して死亡率を低下させ(p=0.06)、入院期間を有意に短縮した(p=0.01)。外来患者においては、BXMはオセルタミビルと比較して、有害事象の発現率が有意に低く(p=0.03)、インフルエンザウイルス力価(p<0.001)およびウイルスRNA量(p<0.001)が減少し、罹病期間が短い傾向にあった(p=0.27)。
結論:メタ解析の結果、BXMはオセルタミビルよりも安全かつ有効であることが示された。したがって、インフルエンザウイルス感染が証明された患者の初期治療にBXMを使用することが支持される。
キーワード:バロキサビル マルボキシル;インフルエンザウイルス;メタアナリシス;オセルタミビル
引用文献
Comparison of clinical efficacy and safety of baloxavir marboxil versus oseltamivir as the treatment for influenza virus infections: A systematic review and meta-analysis
Chihiro Shiraishi et al. PMID: 37866622 DOI: 10.1016/j.jiac.2023.10.017
J Infect Chemother. 2024 Mar;30(3):242-249. doi: 10.1016/j.jiac.2023.10.017. Epub 2023 Oct 20.
— 読み進める pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37866622/
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