成人における胸腺摘出による健康への影響は?(データベース研究; N Engl J Med. 2023)

doctor operating a patient 08_炎症・免疫・アレルギー系
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成人における胸腺摘出が患者予後に及ぼす影響は?

未熟なリンパ球前駆細胞は胸腺でT細胞となり増殖し、このうち自己抗原と強く反応するものが排除され、自己抗原を認識しないかまたは弱く反応する、かつ外来抗原とは強く反応するT細胞が血中に送り出されます。

T細胞は、生後まもないヒトにおいて相対的に他の臓器と比較して大きく、思春期までに成長を続けていきます。しかし、思春期に最大となった後は急速に退縮し、脂肪だらけの小さな組織になることが報告されています。従って、成人になった後、何等かの理由で胸腺を切除しても患者予後に影響しないものと考えられてきました。そのため様々な外科手術で日常的に胸腺の摘出が行われています。

しかし、成人以降に胸腺摘出をおこなった場合と、摘出しなかった場合の予後比較は行われていません。そこで今回は、成人の胸腺は免疫能力と全身の健康を維持するために必要であるという仮説のもと実施されたデータベース研究の結果をご紹介します。

本試験では、胸腺摘出を受けた成人患者における死亡、がん、自己免疫疾患のリスクを、胸腺摘出を受けずに同様の心臓胸部手術を受けた人口統計学的にマッチした対照群と比較して評価されました。T細胞産生および血漿中サイトカインレベルも患者のサブグループで比較されました。

試験結果から明らかになったことは?

除外基準を満たした患者を除外した結果、胸腺摘出術を受けた患者1,420例と対照6,021例が研究に組み入れられました。胸腺摘出術を受けた患者のうち1,146例はマッチした対照があり、主要コホートに組み入れられました。

(術後5年)胸腺摘出群対照群相対リスク
(95%信頼区間[CI])
全死亡率8.1%2.8%相対リスク 2.9
1.7~4.8
がん発生率7.4%3.7%相対リスク 2.0
1.3~3.2

術後5年では、全死亡率は胸腺摘出群で対照群より高く(8.1% vs. 2.8%;相対リスク 2.9、95%信頼区間[CI] 1.7~4.8)、がんのリスクも高かいことが明らかとなりました(7.4% vs. 3.7%;相対リスク 2.0、95%CI 1.3~3.2)。

自己免疫疾患リスク相対リスク
(95%CI)
主要コホート全体相対リスク 1.1
0.8~1.4
術前に感染症、がん、自己免疫疾患を有していた患者を解析から除外相対リスク 1.5
1.02~2.2

自己免疫疾患のリスクは、主要コホート全体では群間で大きな差はありませんでしたが(相対リスク 1.1、95%CI 0.8~1.4)、術前に感染症、がん、自己免疫疾患を有していた患者を解析から除外すると差が認められました(12.3% vs. 7.9%、相対リスク 1.5、95%CI 1.02~2.2)。

5年以上追跡した全患者を含む解析(マッチさせた対照の有無にかかわらず)では、全死因死亡率は胸腺摘出群で一般米国集団より高く(9.0% vs. 5.2%)、がんによる死亡率も高かいことが示されました(2.3% vs. 1.5%)。

T細胞産生および血漿中サイトカインレベルが測定された患者のサブグループ(胸腺摘出群22例、対照群19例、術後の平均追跡期間14.2年)、胸腺摘出術を受けた患者では、CD4+およびCD8+リンパ球の新規産生が対照群より少なく(平均CD4+シグナル接合T細胞受容体切除円[sjTREC]数、DNA1マイクログラムあたり1,451 vs. 526[P=0.009];平均CD8+sjTREC数、DNA1マイクログラムあたり1,466 vs. 447[P<0.001])、血中の炎症性サイトカインレベルが高いことが明らかとなりました。

コメント

成人における胸腺の役割については明らかにされていませんでした。基本的には患者予後に影響しないと考えられ、躊躇なく摘出が行われてきました。

さて、胸腺摘出を受けた患者では対照群よりも全死因死亡率およびがんのリスクが高かいことが明らかとなりました。また、術前に感染症、がん、自己免疫疾患を有する患者を解析から除外すると、胸腺摘出術は自己免疫疾患のリスク増加とも関連しているようでした。ただし、本試験はデータベースを基にしたコホート研究であり、そもそも死亡/がんリスクの高い患者が胸腺摘出を受けていた可能性があります。重症筋無力症患者では胸腺腫の有無に関わらず、胸腺摘出されることがあります。元論文において、重症筋無力症や胸腺腫などの患者背景を調整していたのかについては不明です。

胸腺を摘出することで患者予後に影響する可能性が示されましたが、追試が求められます。

続報に期待。

female doctor in blue scrub suit

✅まとめ✅ 胸腺摘出を受けた患者では対照群よりも全死因死亡率およびがんのリスクが高かった。また、術前に感染症、がん、自己免疫疾患のあった患者を解析から除外すると、胸腺摘出術は自己免疫疾患のリスク増加とも関連しているようであった。

根拠となった試験の抄録

背景:ヒト成人における胸腺の機能は不明であり、様々な外科手術で日常的に胸腺の摘出が行われている。我々は、成人の胸腺は免疫能力と全身の健康を維持するために必要であるという仮説を立てた。

方法:胸腺摘出を受けた成人患者における死亡、がん、自己免疫疾患のリスクを、胸腺摘出を受けずに同様の心臓胸部手術を受けた人口統計学的にマッチした対照群と比較して評価した。T細胞産生および血漿中サイトカインレベルも患者のサブグループで比較した。

結果:除外基準を満たした患者を除外した結果、胸腺摘出術を受けた患者1,420例と対照6,021例が研究に組み入れられた。胸腺摘出術を受けた患者のうち1,146例はマッチした対照があり、主要コホートに組み入れられた。術後5年では、全死亡率は胸腺摘出群で対照群より高く(8.1% vs. 2.8%;相対リスク 2.9、95%信頼区間[CI] 1.7~4.8)、がんのリスクも高かった(7.4% vs. 3.7%;相対リスク 2.0、95%CI 1.3~3.2)。自己免疫疾患のリスクは、主要コホート全体では群間で大きな差はなかったが(相対リスク 1.1、95%CI 0.8~1.4)、術前に感染症、がん、自己免疫疾患を有していた患者を解析から除外すると差が認められた(12.3% vs. 7.9%、相対リスク 1.5、95%CI 1.02~2.2)。5年以上追跡した全患者を含む解析(マッチさせた対照の有無にかかわらず)では、全死因死亡率は胸腺摘出群で一般米国集団より高く(9.0% vs. 5.2%)、がんによる死亡率も高かった(2.3% vs. 1.5%)。T細胞産生および血漿中サイトカインレベルが測定された患者のサブグループ(胸腺摘出群22例、対照群19例、術後の平均追跡期間14.2年)、胸腺摘出術を受けた患者では、CD4+およびCD8+リンパ球の新規産生が対照群より少なく(平均CD4+シグナル接合T細胞受容体切除円[sjTREC]数、DNA1マイクログラムあたり1,451 vs. 526[P=0.009];平均CD8+sjTREC数、DNA1マイクログラムあたり1,466 vs. 447[P<0.001])、血中の炎症性サイトカインレベルが高かった。

結論:この研究では、胸腺摘出を受けた患者では対照群よりも全死因死亡率およびがんのリスクが高かった。また、術前に感染症、がん、自己免疫疾患のあった患者を解析から除外すると、胸腺摘出術は自己免疫疾患のリスク増加とも関連しているようであった。

資金提供:Tracey and Craig A. Huff Harvard Stem Cell Institute Research Support Fund 他

引用文献

Health Consequences of Thymus Removal in Adults
Kameron A Kooshesh et al. PMID: 37530823 DOI: 10.1056/NEJMoa2302892
N Engl J Med. 2023 Aug 3;389(5):406-417. doi: 10.1056/NEJMoa2302892.
— 読み進める www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2302892

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