SGLT2阻害薬の使用開始時に見られる “eGFR dip” とは?
ナトリウム・グルコース共輸送担体-2(SGLT2)阻害薬は、血糖降下薬として開発されましたが、2型糖尿病患者の心血管疾患、心不全および腎疾患に対する新しい治療選択肢となっています。SGLT2阻害薬の臨床試験において、心血管疾患および腎疾患の治療成績の改善が確認されています(PMID: 26378978、PMID: 27299675、PMID: 28605608、PMID: 30415602、PMID: 31196815、PMID: 30990260)。
SGLT2iは、その腎臓での作用機序により、投与開始直後に「eGFRディップ」とも呼ばれる推定糸球体濾過量(eGFR)の一過性の減少を伴います(PMID: 27299675、PMID: 26936519、PMID: 27539604)。この最初の「eGFR dip(ディップ)」は、血行力学的に大きく可逆的であると考えられていますが、臨床現場では、患者を急性腎障害(AKI)に導く可能性があるため、懸念されています。SGLT2阻害薬であるカナグリフロジンの市販後、AKIに関する有害事象(AE)の報告により、米国食品医薬品局は、SGLT2阻害薬をAKIリスクを有する患者に慎重に使用するよう警告を発しました(FDA)。しかし、臨床試験(PMID: 26378978、PMID: 28605608、PMID: 30415602、PMID: 30990260)や大規模観察コホート(PMID: 28827404、PMID: 30429124、PMID: 30955357、PMID: 32392523)のデータから、SGLT2阻害薬の投与によりAKIリスクが低下することが示されています。レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)阻害により、初期の「eGFRディップ」が報告されています(PMID: 10724055、PMID: 11565518)。
最近まで、RAAS阻害は腎臓病患者に対する唯一の腎保護治療法であり、現在も広く用いられています。しかしながら、RAAS阻害に伴う「eGFR ディップ」の心血管系および腎臓の予後に対する予測値については、依然として議論の余地があります(PMID: 21451458、PMID: 27927602、PMID: 30571562、PMID: 31395593)。RAAS阻害に加え、SGLT2阻害薬による最初の「eGFR ディップ」は、特にeGFR範囲内が低い患者において、その臨床使用を制限する可能性があります。したがって、その発生率と臨床的意味をよりよく理解する必要があります。
そこで今回は、eGFRの初期変化の程度が様々なEMPA-REG OUTCOME参加者を特徴付け、エンパグリフロジンで観察される初期の「eGFR ディップ」がベースライン特性によって影響を受けるか、安全性およびCVと腎臓の転帰に影響を与えるかを検討したEMPA-REG OUTCOME試験の事後解析の結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
エンパグリフロジン | プラセボ | オッズ比 OR (95%CI) | |
eGFR ディップの発生率 | 28.3% | 13.4% | 2.7 (2.3〜3.0) |
「eGFR intermediate」と「eGFR non-dipper」のベースライン特性は概ね同等でした。治療開始初期の「eGFR ディップ」は、エンパグリフロジン投与群28.3%、プラセボ投与群13.4%で認められました(オッズ比 2.7 [95% Confidence Interval 2.3〜3.0] ;以下同)。
多変量ロジスティック回帰では、ベースライン時の利尿剤の使用とKDIGOリスクカテゴリーの高さが、エンパグリフロジンとプラセボの間で「eGFR ディップ」の独立した予測因子でした。エンパグリフロジンの安全性と心血管および腎臓のアウトカムに対する有益な治療効果は、これらの予測因子に基づくサブグループ間で一貫していました。
治療開始初期に認められる「eGFR ディップ」は、その後の心血管死、心不全による入院、腎臓病の発症または悪化に対するエンパグリフロジンの治療効果に大きな影響を与えませんでした。
コメント
SGLT2阻害薬の使用開始初期に認められるeGFRディップは、エンパグリフロジンだけでなくクラスエフェクトとして報告されています。一時的な低下ではあるもののeGFRディップにより急性腎障害(AKI)に進展する可能性があることから、慎重に検証する必要があります。
さて、本試験結果によれば、あくまでもランダム化比較試験の事後解析であるものの、エンパグリフロ人使用によるeGFRディップは、腎アウトカムへの影響が認められませんでした。さらに心血管死、心不全による入院などの発症や増悪にも影響が認められませんでした。残る懸念点としては、やはりベースライン時のeGFR値が低い(30〜50mL/min/1.73m2など)患者集団におけるeGFRディップの影響であると考えられます。今後のエビデンス集積が待たれます。
続報に期待。
✅まとめ✅ 治療初期に認められる「eGFR ディップ」は、心血管および腎臓病の転帰へ影響しないかもしれない。
根拠となった試験の抄録
背景:ナトリウム・グルコース共輸送担体(SGLT)-2阻害剤による治療は、推定糸球体濾過量(eGFR)の初期 3〜5mL/min/1.73m2減少を引き起こす。このeGFR低下は血行動態に起因し、可逆的であると考えられているが、臨床現場ではこの「eGFRディップ」が懸念されており、その発生頻度と臨床的意味をより良く理解する必要性が高まっている。
方法:EMPA-REG OUTCOME試験のポストホック解析では、エンパグリフロジン10mg、25mgまたはプラセボにランダムに割り付けられ、ベースラインと4週目にeGFRが確認できた6,668例を、最初のeGFR変化量によって3群に分類した;10%以上低下(eGFR dipper)、0以上10%まで低下(eGFR intermediate)、低下なし(eGFR non-dipper)。
結果:「eGFR intermediate」と「eGFR non-dipper」のベースライン特性は概ね同等であった。最初の「eGFR ディップ」は、エンパグリフロジン投与群28.3%、プラセボ投与群13.4%で認められた(オッズ比 2.7 [95% Confidence Interval 2.3〜3.0] ;以下同)。多変量ロジスティック回帰では、ベースライン時の利尿剤の使用とKDIGOリスクカテゴリーの高さが、エンパグリフロジンとプラセボの間で「eGFR ディップ」の独立した予測因子であった。エンパグリフロジンの安全性と心血管および腎臓のアウトカムに対する有益な治療効果は、これらの予測因子に基づくサブグループ間で一貫していた。最初の「eGFR ディップ」は、その後の心血管死、心不全による入院、腎臓病の発症または悪化に対するエンパグリフロジンの治療効果に大きな影響を与えなかった。
結論:より進行した腎臓病および/または利尿剤治療中の2型糖尿病患者は、エンパグリフロジンにより10%を超える「eGFR ディップ」を経験する可能性が高かったが、心血管および腎臓病の転帰の減少は、そのような「eGFR ディップ」によって関連的に変更されることはなかった。
キーワード:急性腎障害、心血管疾患、糖尿病、推定糸球体濾過量、ナトリウム・グルコース共輸送体2阻害剤
引用文献
Characterization and implications of the initial estimated glomerular filtration rate ‘dip’ upon sodium-glucose cotransporter-2 inhibition with empagliflozin in the EMPA-REG OUTCOME trial
Bettina J Kraus et al. PMID: 33181154 DOI: 10.1016/j.kint.2020.10.031
Kidney Int. 2021 Mar;99(3):750-762. doi: 10.1016/j.kint.2020.10.031. Epub 2020 Nov 10.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33181154/
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