日本の2型糖尿病患者における第一選択薬はどの薬剤か?
国際糖尿病連合によれば、2019年の世界の糖尿病有病率は約9.3%(4億6,300万人)で、これが2030年には10.2%(5億7,800万人)、2045年には10.9%(7億人)に増加すると予測しています(PMID: 31518657)。2型糖尿病は、微小血管合併症(網膜症や腎症など)を伴い、生命を脅かす合併症(心血管疾患 CVDなど)のリスクを著しく高めます(Clin Diabetes 2008)。また、これらの合併症は、生活の質を悪化させ(PMID: 16176200)、医療・社会保障制度に大きな負担をかけます(PMID: 23468086)。そのため、糖尿病治療においては、血糖値の目標値を達成し、それを維持することが不可欠であり、過去20年の間に多くの抗糖尿病薬が開発されてきました。日本では、ジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)阻害薬が2009年、グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬が2010年、ナトリウム-グルコースコトランスポーター2(SGLT2)阻害薬が2014年から発売されています。
抗糖尿病薬の初期選択については、米国糖尿病学会および欧州糖尿病学会は、低コストで高い有効性を持ち、心血管イベントや死亡を減少させる可能性があることから、2006年以降、2型糖尿病治療の第一選択薬としてメトホルミンを推奨しています。この10年間で、心血管アウトカム試験により、CVD8-12のリスクを有する、またはリスクが高い2型糖尿病患者に対するGLP-1受容体作動薬およびSGLT2阻害薬の使用を支持するエビデンスが蓄積されました(PMID: 18784090)。その後、米国糖尿病学会および欧州糖尿病学会は、CVDおよび慢性腎臓病(CKD)のリスクを低減するためのこれらの薬剤の有用性を明らかにしました(PMID: 31857443、PMID: 31853556)。
一方、日本人の2型糖尿病患者は、欧米の2型糖尿病患者に比べて、インスリン分泌障害に弱く、肥満度が低く、心血管合併症の有病率が低いこと(PMID: 23551121、PMID: 18307700)、また、日本人と欧米人では糖尿病発症の遺伝的背景が異なること(PMID: 30718926)などが指摘されています。そのため、日本糖尿病学会(JDS)では、メトホルミンなどを第一選択薬とは位置付けず、テーラーメイド治療を重視しています(PMID: 30603347)。このような糖尿病管理の現状を踏まえると、ア米国・欧州と日本では、抗糖尿病薬の処方に違いがあると推測されます。これまでにいくつかの研究で、日本における抗糖尿病薬の傾向が報告され、効果や薬剤費の比較が行われています(PMID: 23676369、PMID: 31161662)が、これらは集団ベースの研究ではなく、一般的な日本の2型糖尿病患者を代表していない可能性があります(PMID: 23676369、PMID: 31161662、PMID: 23344728)。さらに、これらの研究はサンプルサイズが比較的小さいために制限されており19-21、高年齢層のデータが不足していた(PMID: 23676369、PMID: 23344728)。そのため、日本における抗糖尿病薬の処方パターンは充分に理解されておらず、全国規模の人口ベースの研究でしっかりとした証拠を示す必要があります。
そこで今回は、日本の人口ベース研究として、日本全国の健康保険請求・特定健診データベース(NDB)を用い、2014年度から2017年度までの2型糖尿病治療におけるインスリンを除く初期抗糖尿病薬の全国的な動向、初期抗糖尿病薬投与後1年間の総医療費について調査した試験の結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
処方率(%) | |
DPP-4阻害薬 | 65.1 |
ビグアナイド系薬 | 15.9 |
SGLT-2阻害薬 | 7.6 |
α-GI | 4.9 |
SU系薬 | 4.1 |
チアゾリジン系薬 | 1.6 |
グリニド系薬 | 0.7 |
GLP-1アゴニスト (※注射のみ) | 0.2 |
抗糖尿病薬の新規使用者1,136,723例のうち、最も処方されたのはジペプチジルペプチダーゼ-4阻害薬(65.1%)で、次いでビグアナイド系薬(15.9%)、SGLT2阻害薬(7.6%)でした。
2014年から2017年にかけて、SGLT2阻害剤とビグアナイド系薬の使用量が増加し(それぞれ2.2%から11.4%、13.7%から17.2%)、他は減少しました。
ビグアナイド系薬は、日本糖尿病学会非認定施設の38.2%で全く処方されていませんでした。TMCはビグアナイド系薬剤を開始した集団において最も低いことが明らかとなりました。年度、年齢、性別、施設、ベッド数、併存疾患が薬剤選択とTMCに関連していました。薬剤選択には大きな地域差が認められましたが、TMCには認められませんでした。
最初の抗糖尿病薬の選択において、性差による影響は認められませんでしたが、年齢が強く影響していました。DPP4阻害剤の処方は年齢とともに顕著に増加し、逆にビグアナイド、SGLT2阻害剤の処方は年齢とともに顕著に減少しました。スルホニル尿素(SU)系薬とグリニド系薬は予想外に年齢とともに処方が増加しました。
保険の種類による初期選択では、健康保険組合、社会保険組合、共済組合に加入している患者は、国民健康保険(NHI)に加入している患者よりもビグアナイド系薬剤の処方率が高いことが示されました。一方、DPP4阻害薬の処方率は、健康保険組合、社会健康保険組合、共済組合のいずれかに加入している人の方が、日医に加入している人よりも低いことが明らかになりました。
ビグアナイド系薬剤は、JDS認定施設で他の施設よりも多く処方されており、病床数とビグアナイド系薬の処方との間には正の相関が認められました。ビグアナイド系薬とは対照的に、DPP-4阻害剤、SGLT2阻害剤、SU系薬剤は、JDS認定施設において他の施設に比べ処方量が少いことが示されました。調査期間中の処方傾向については、施設の特徴による違いは見られませんでした。地域要因では、ビグアナイド系薬とDPP-4阻害薬の処方が都道府県によって著しく異なり、ビグアナイド系薬では最大33.3%(沖縄)、最小8.7%(香川)、DPP4阻害薬では最大71.9%(福井)、最小47.2%(沖縄)でした。
コメント
本研究は、日本全国の健康保険請求・特定健診データベース(NDB)を用いた初期抗糖尿病薬の全国的な処方動向を調査した貴重な報告です。
結果としては、予想通りではありましたが、日本においてはDPP-4阻害薬の使用が多いようです。特に日本は超高齢化社会であることから、年齢が上がるにつれてDPP-4阻害薬の処方率が増加していました。一方で、ビグアナイド系薬、SGLT2阻害薬は、加齢につれて処方率が低下していました。これはeGFRやCcrなど腎機能の低下が加齢により認められることから、予測できる結果ではあります。
これまで何となく肌感覚として捉えていた抗糖尿病薬の使用率が定量的に示されたことから、本試験は非常に重要な結果であると考えられます。
✅まとめ✅ 日本の2型糖尿病患者における第一選択薬としては、ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-4阻害薬が最も多く処方されているが、施設タイプや都道府県によって薬剤選択に大きな違いがみられた。
根拠となった試験の抄録
目的・序論:日本人の2型糖尿病患者における第一選択薬である非インスリン系抗糖尿病薬の処方の全国的な傾向と、同薬処方後の総医療費(total medical costs, TMC)を調査する。
材料と方法:日本人のほぼ全人口をカバーする「日本全国健康保険請求・特定健診データベース」を用いて、2014年から2017年までの各抗糖尿病薬の割合を算出し、薬剤選択に関連する要因を明らかにした。また、薬剤開始後1年間のTMCを算出し、費用に関連する要因を明らかにした。
結果:抗糖尿病薬の新規使用者1,136,723例のうち、最も処方されたのはジペプチジルペプチダーゼ-4阻害薬(65.1%)で、次いでビグアナイド系薬剤(15.9%)、ナトリウム-グルコースコトランスポーター2阻害薬(7.6%)であった。
2014年から2017年にかけて、ナトリウム-グルコースコトランスポーター2阻害剤とビグアナイド系薬剤の使用量が増加し(それぞれ2.2%から11.4%、13.7%から17.2%)、他は減少した。
ビグアナイド系薬剤は、日本糖尿病学会非認定施設の38.2%で全く処方されていなかった。TMCはビグアナイド系薬剤を開始した集団において最も低かった。年度、年齢、性別、施設、ベッド数、併存疾患が薬剤選択とTMCに関連していた。薬剤選択には大きな地域差があったが、TMCにはなかった。
結論:欧米と異なり、日本では2型糖尿病患者の第一選択薬としてジペプチジルペプチダーゼ-4阻害薬が最も多く処方されているが、施設タイプや都道府県によって薬剤選択に大きな違いが見られた。
キーワード:抗糖尿病薬、第一選択薬、2型糖尿病
引用文献
Retrospective nationwide study on the trends in first-line antidiabetic medication for patients with type 2 diabetes in Japan
Ryotaro Bouchi et al. PMID: 34309213 DOI: 10.1111/jdi.13636
J Diabetes Investig. 2021 Jul 26. doi: 10.1111/jdi.13636. Online ahead of print.
— 続きを読む pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34309213/
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