【雑記】”批難” と ”批判” はどう違う?

言葉ってややこしい?

久々に言葉について触れようと思う. 言葉の意味や定義,解釈,同じ言葉でも個々の捉え方や認識で少しズレたものになる. 言葉って “ややこしい” と思う人が多いかもしれない.しかし,おそらく言葉にややこしさはない.なぜなら物質や現象,そして言葉に意味を見出したがるのは “人” であるからだ.つまるところ,ややこしさとは私達の脳が作り出す認識にすぎない. 批難(非難)批判という言葉がある.普段生活していると,上記2つの言葉はしばしば同義として捉えられ,用いられているように感じる.しかし言葉としての本来の意味は異なる. 以下,デジタル大辞泉より引用.
ひ‐なん【非難/批難】 [名](スル)人の欠点や過失などを取り上げて責めること。「不実な態度を―する」   ひ‐はん【批判】 [名](スル) 物事に検討を加えて、判定・評価すること。「事の適否を批判する」「批判力を養う」 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。「周囲の批判を受ける」「政府を批判する」 哲学で、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすること。 →批評用法
如何だろうか?非難という言葉には,感情的な意味合いが多分に含まれている.一方で,批判という言葉には,より建設的な意味合いが含まれており,(正しいや善いの定義はおいといて)批判対象に対し改善へと導こうとする意味合いが強く含まれているように感じる. 言葉の定義を確認したところで,次に認識について考察してみる.

人は感情的な生き物ですか?

何か問題に直面したとき,人は事実より先に感情に心を支配されることが多いのではなかろうか.気持ちが整理され,落ち着いた後に問題の分析を行うのではなかろうか.少なくとも私はそうである.    問題発生 →問題に対する非難 →問題に対する批判 →問題解消   つまり,非難と批判をクリアカットに区別することは非常に困難であるということだ.感情を押し殺すことは難しく,感情を一旦発散させることで建設的な方向へと向かうことができるのではなかろうか.少なくとも私はそうである(2回目). ここまでで非難と批判がもつ言葉の意味と人(少なくとも私)の感情について考察してきた.非難と批判には一連の流れがあり,感情を制御することで事象に対する問題点の抽出と,これに対する解決策を立て,問題を解消することができるのではなかろうか.

結局何が言いたいの?

結局,何が言いたいのかよく分からなくなってきましたが,私が日々考えていることを言語化してみました.おそらく本当に言語化したいことはある言葉の持つ意味であり,普段は深く考えもせずに使用している言葉の定義について改めて触れてみるきっかけ作りをしたかったのだと思う.取り上げる言葉は何でも良かったのだと思う. 現実世界の何かで苦しんでいるかたの参考になれば幸いです.未来で起こるであろう不確実な事象や,事実と解釈の狭間で苦しむより,今一歩踏み出し現在を変えてみてはどうでしょうか. 他人は変えられませんが自分は今すぐにでも変えられます.言葉にとらわれず事実を目を向けてみるのは如何でしょうか.   本稿をとある後進に捧ぐ.      

-Evidence never tells you what to do-




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