環境を整えるだけでも睡眠障害、せん妄、再入院リスクは低減するのか?
病棟での療養環境は、患者の回復や満足度に直結します。その中でも「騒音(noise)」は見過ごされがちな要因ですが、近年の研究では睡眠障害、せん妄、再入院リスクとの関連が指摘されています。
今回ご紹介するのは、2024年に発表されたスコーピングレビューで、入院患者における環境音の影響を包括的に整理したものです。
本研究は、看護師を中心とした医療スタッフが音環境調整の重要性を再認識するための基礎資料となる内容です。
試験結果から明らかになったことは?
◆背景
入院環境における騒音は、医療機器のアラーム、スタッフの会話、廊下の移動音など、さまざまな要因で発生します。世界保健機関(WHO)は病室内騒音の基準を昼間35 dB、夜間30 dB以下としていますが、実際の病棟では50〜70 dBを超えることも珍しくありません。
これまでにも騒音によるストレスや睡眠障害が報告されてきましたが、多様な患者転帰(アウトカム)に対して体系的に整理した総説は存在しませんでした。本研究はその空白を埋める形で実施されました。
◆研究概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究デザイン | スコーピングレビュー |
| ガイドライン準拠 | Joanna Briggs Institute(JBI)手法および PRISMA-ScR ガイドライン |
| データベース | PubMed, CINAHL Plus, Cochrane Library |
| 検索時期 | 2024年1月までに公開された論文 |
| 対象 | 入院患者(集中治療室[ICU]および一般病棟) |
| 主要アウトカム | 睡眠、心理状態、生理指標、満足度・幸福感、せん妄、疼痛、再入院率 |
◆結果の概要
1. 対象研究の特徴
| 指標 | 結果 |
|---|---|
| 対象論文数 | 28件 |
| ICU対象 | 21件(75.0%) |
| 研究デザイン | 横断研究が25件(89.3%) |
| 交絡因子を調整した多変量解析あり | 13件(46.4%) |
2. 騒音と患者アウトカムの関連(多変量解析を行った13件の結果)
| 項目 | 騒音の影響 |
|---|---|
| 睡眠の量・質 | ICU・一般病棟ともに減少(睡眠時間短縮・覚醒増加) |
| せん妄(delirium) | ICU患者で発症リスク増加 |
| 再入院(30日・90日) | 騒音レベルが高い病棟で有意に増加 |
| 生理学的変化 | 心拍数・呼吸数の上昇(交感神経刺激反応) |
| 心理的影響 | ICU患者で不安(anxiety)の上昇 |
| 疼痛・満足度 | 一部で疼痛悪化・満足度低下が報告されるが、結果は一貫せず |
◆試験の限界
- 観察研究(横断研究)が大半であり、因果関係の確立には不十分。
- 騒音測定法(dB基準・時間帯・位置など)が研究間で統一されていない。
- 心理的アウトカムの定義や評価尺度のばらつきが大きい。
- 多変量解析を行った研究は46%に留まり、交絡因子の影響を十分に除外できていない。
◆今後の課題と実践的示唆
本レビューの知見は、看護師や薬剤師を含む医療従事者に以下の示唆を与えます:
- 夜間のアラーム音・スタッフ間の会話を最小化する環境調整が重要。
- ICUでは騒音モニタリング機器の活用や静穏時間(quiet hours)の導入が有効。
- 入院後の睡眠量・せん妄発症率・再入院率を継続的に評価し、音環境との関連を可視化する仕組みが求められる。
- 医療チーム全体で「音のマネジメント」をケアプロセスに組み込むことが、患者アウトカム改善につながる可能性がある。
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◆まとめ
- 騒音は、入院患者の睡眠障害・せん妄・再入院リスク・不安増大と関連する。
- ICU患者を中心にエビデンスが蓄積しているが、一般病棟でも同様の傾向が報告されている。
- 今後は、多施設前向き研究や介入試験によって、騒音低減が実際に臨床アウトカムを改善するかを検証する必要がある。
国や地域による違いがあるのか、同様の結果が示されるのか、再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ スコーピングレビューの結果、入院患者の転帰に対する騒音の影響に関する看護師の包括的な理解と、病院環境における騒音低減への取り組みを促進するものと考えられる。
根拠となった試験の抄録
背景: 音環境の調整において重要な役割を担う看護師にとって、環境騒音が患者の転帰に及ぼす影響を包括的に理解することは極めて重要です。しかしながら、入院患者におけるこれらの影響を包括的に検討したレビューは存在しません。
目的: 入院患者の転帰に対する騒音の影響に関する証拠を統合し、包括的な見解を提供する。
方法: 本スコーピングレビューは、ジョアンナ・ブリッグス研究所のスコーピングレビュー方法論およびシステマティックレビューおよびメタアナリシス拡張版のガイドライン「スコーピングレビューにおける推奨報告項目」に従って実施しました。PubMed、CINAHL Plus、およびコクラン・ライブラリから2024年1月に発表された論文を検索しました。
結果: 適格な論文28件を特定した。28件の論文において、最も一般的な患者アウトカムは睡眠であり、次いで心理状態、生理状態、満足度と健康状態、せん妄、疼痛、予定外の再入院であった。さらに、21件(75.0%)の論文は集中治療室(ICU)患者のみを対象とし、25件(89.3%)は横断的解析を用い、交絡因子を調整した多変量解析を行ったのはわずか13件(46.4%)であった。多変量解析を用いた13件の論文では、騒音はICU患者と病棟患者の両方で睡眠量と質の低下、ICU患者のせん妄リスクの上昇、退院後30日および90日以内の再入院リスクの上昇、ICU患者の心拍数と呼吸数の上昇、ICU患者の不安の増加と関連していた。
エビデンスと行動の連携: 看護師は、騒音が入院患者の転帰に及ぼす悪影響に、より一層注意を払う必要があります。本研究の結果は、入院患者の転帰に対する騒音の影響に関する看護師の包括的な理解と、病院環境における騒音低減への取り組みを促進するものと考えられます。
キーワード: 環境、騒音、患者、レビュー、音
引用文献
Impact of Environmental Noise on Inpatient Outcomes: A Scoping Review
Nao Sonoda et al. PMID: 40590832 DOI: 10.1111/wvn.70056
Worldviews Evid Based Nurs. 2025 Aug;22(4):e70056. doi: 10.1111/wvn.70056.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40590832/

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