オキサリプラチンで頻繁に認められる末梢神経障害に対するスタチンの効果は?
化学療法誘発末梢神経障害(CIPN)、とくにオキサリプラチン誘発末梢神経障害(OIPN)は、治療中止や減量の主要因であり、治療後もQOL低下が長く続く厄介な有害事象です。コレステロール降下薬のスタチンには多面的(pleiotropic)作用があり、前臨床研究や小規模研究から神経保護効果が示唆されてきました。
しかし、実臨床における大規模データでの検証は限られていました。
そこで今回ご紹介するのは、オキサリプラチン系レジメンを受けた患者において、スタチン使用がOIPN発症に与える影響を多施設後ろ向きコホートで評価したものです。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究デザイン
- 対象:2009年4月〜2019年12月に、13施設でオキサリプラチン含有化学療法を受けた日本人 2,657例
- スタチン使用:治療開始前から継続使用していた患者を「スタチン群」と定義(全体の14%=368例)
- 主評価:Grade≧2の慢性OIPN(症状が≥1週間持続)発症率
- 統計:傾向スコアマッチング(PSM;年齢、BMI、eGFR、糖尿病、ARB/ACE阻害薬、Ca拮抗薬などで補正)
- サブ解析:大腸癌(CRC)症例での効果を重点評価
スタチン内訳(全体):アトルバスタチン(31.7%)、ロスバスタチン(31.7%)、ピタバスタチン(16.8%)、プラバスタチン(16.3%)、フルバスタチン(1.9%)、シンバスタチン(1.4%)。
◆主な結果(アウトカム別)
1) 全対象(n=2,657)
アウトカム | スタチンなし | スタチンあり | P値 | 備考 |
---|---|---|---|---|
Grade≧2 OIPN | 25.0% | 23.0% | 0.469 | 有意差なし |
Grade≧3 OIPN | 3.1% | 4.3% | 0.203 | 有意差なし |
用量減量 | 15.6% | 11.4% | 0.041 | スタチン群で減量少 |
中止(神経障害による) | 15.2% | 11.7% | 0.081 | 有意差なし |
◆PSM後(n=361 vs. 361)
アウトカム | スタチンなし | スタチンあり | P値 |
---|---|---|---|
Grade≧2 OIPN | 24.9% | 22.0% | 0.425 |
Grade≧3 OIPN | 2.5% | 4.4% | 0.221 |
全対象・PSM後ともに、全体集団ではスタチンによるOIPN抑制の有意差は確認されず。
2) 大腸癌(CRC)集団
◆CRC全体(n=1,866;スタチン264例)
アウトカム | スタチンなし | スタチンあり | P値 |
---|---|---|---|
Grade≧2 OIPN | 25.1% | 21.5% | 0.244 |
Grade≧3 OIPN | 3.2% | 3.8% | 0.771 |
◆CRC・PSM後(n=255 vs. 255)
アウトカム | スタチンなし | スタチンあり | P値 | 備考 |
---|---|---|---|---|
Grade≧2 OIPN | 28.3% | 19.8% | 0.029 | 有意に低下 |
Grade≧3 OIPN | 2.0% | 3.9% | 0.294 | 有意差なし |
用量減量 | 16.9% | 10.2% | 0.038 | スタチン群で減量少 |
CRCのPSM後解析では、スタチン使用がGrade≧2 OIPNの発症を有意に減少。Kaplan–Meier解析では「低減傾向」も、統計学的有意差はつかず。
◆結果の解釈(臨床的含意)
- 全体集団では一貫した有意差は示せず。一方、CRCのPSM後ではGrade≧2 OIPNが減少し、用量減量の頻度も低いことから、CRCでのスタチン併用はOIPN抑制に寄与する可能性が示唆されます。
- スタチンの種類間差は明確でなく、クラス効果の可能性が議論されています(本文:脂溶性/親水性、LDL低下強度での明確な差は示さず)。
- 想定機序(仮説):抗酸化作用、GST(グルタチオンS-トランスフェラーゼ)経路の活性化、炎症・内皮機能の調整などの多面的作用による神経保護(本文の引用・動物/細胞実験の示唆)。
◆研究の限界
- 後ろ向き観察研究:Grade判定は診療録ベース。Grade 1は信頼性の限界から除外、Grade≧2を主要アウトカムとした。
- 交絡の残存可能性:PSMで主要背景因子は均衡化したが、未測定交絡(例:Performance Statusなど)の影響は否定できない。
- 民族性の限定:日本人コホート。遺伝的背景・人種差の影響は検証未了。
- がん種横断の検討はデータ不足:CRC以外のがん種での効果は症例数の制約で明確にできず。
- スタチン用量差の解析なし:用量反応関係は不明。
◆まとめ
- 全患者集団では、スタチン使用とOIPN発症の有意な関連は示されず。
- CRCのPSM後サブ集団では、スタチン使用でGrade≧2 OIPNが有意に減少(19.8% vs. 28.3%)し、用量減量も少ない。
- スタチンはCRCにおけるOIPN予防の候補となり得る一方、前向き試験での再検証が必須。
あくまでも仮説生成的な結果であり、再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。可能であれば既存薬であるメコバラミンや牛車腎気丸、プレガバリンなどと比較するランダム化比較試験の実施が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 日本の後方視的コホート研究の結果、スタチンの使用と大腸癌患者におけるオキサリプラチン誘発末梢神経障害の予防との関連性が示唆された。
根拠となった試験の抄録
背景: オキサリプラチン誘発性末梢神経障害(OIPN)を含む化学療法誘発性末梢神経障害は、化学療法中止後、数か月から数年間にわたって患者の生活の質に悪影響を及ぼす可能性があります。スタチンはコレステロールを下げるために一般的に使用されますが、スタチンには複数の多面的効果があることが示されています。スタチンはOIPNに対して神経保護作用を発揮すると期待されていますが、実際の臨床現場では大規模な調査は実施されていません。私たちの調査は、スタチンがOIPNを予防するかどうかを明らかにすることを目的としました。
方法: この多施設共同後ろ向き研究では、2009年4月から2019年12月の間にオキサリプラチンを含む化学療法を受けた大腸癌(CRC)患者を含む日本人癌患者を登録しました。群間の傾向スコアマッチングを行い、OIPNの発現とスタチンの使用との関係を評価しました。
結果: 調査対象となったオキサリプラチンを投与された2,657人の患者のうち、24.7%がグレード2以上のOIPNでした。傾向スコアマッチング後も、スタチン群と非スタチン群のOIPN発生率に有意差は認められなかった。しかし、マッチングされた大腸癌患者(n = 510)においては、スタチン使用群はスタチン非使用群と比較して、グレード2以上のOIPN発生率が有意に低かった(それぞれ19.8% vs. 28.3%、p = 0.029)。
結論: 本研究の結果は、スタチンが大腸癌患者におけるOIPNを予防する可能性があることを示唆している。
キーワード: がん、大腸がん、オキサリプラチン、末梢神経障害、スタチン
引用文献
Effectiveness of Statins for Oxaliplatin-Induced Peripheral Neuropathy: A Multicenter Retrospective Observational Study
Kenshi Takechi et al.
Clin Transl Sci. 2025 Oct;18(10):e70318. doi: 10.1111/cts.70318.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41021349/
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