退職と健康アウトカムとの関連性は?
多くの先進国では、財政的な理由から年金支給開始年齢の引き上げが進められています。これに伴い、退職年齢の遅延が避けられなくなっています。しかし、退職が健康や行動に与える影響については、これまで一貫した結論が得られていません。
そこで今回ご紹介するのは、35か国の大規模データを用いて、退職と健康アウトカムとの関連を検討した国際研究の結果です。
試験結果から明らかになったことは?
◆試験デザイン
- 対象データ:Health and Retirement Study(米国)およびその姉妹調査(35か国)
- 対象者:50~70歳の106,927人(観察回数:396,904、平均追跡期間:6.7年)
- 解析方法:各国の年金支給開始年齢を「退職の操作変数」とし、固定効果付き操作変数回帰を実施
- 評価項目:認知機能、身体的自立、自己申告健康度、身体活動、喫煙
◆主な結果
アウトカム | 女性 | 男性 | コメント |
---|---|---|---|
認知機能 | +0.100 SDの改善 | 有意な改善なし | 女性のみ効果あり |
身体的自立 | +3.8%ポイント向上 | 有意な改善なし | 女性で明確な改善 |
自己申告健康度 | 向上(効果量大きい) | 向上(効果量小さい) | 男女とも改善、女性で顕著 |
身体的不活動 | −4.3%ポイント(減少) | 効果なし | 女性のみ改善 |
喫煙 | −1.9%ポイント(減少) | 効果なし | 女性のみ改善 |
※国・教育水準・退職前の職業特性による異質性は認められなかった。
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この研究は、退職が健康に好影響を与える可能性を示しています。特に女性では、認知機能や身体的自立の改善、健康行動の改善(運動不足・喫煙の減少)が明確でした。男性でも自己申告による健康感の改善は確認されましたが、行動変容は限定的でした。
また、国や教育水準、職種による違いは認められず、退職の健康影響が比較的一貫していることも特徴です。
◆試験の限界
- 観察研究の枠組みであり、因果関係を完全に断定することはできない
- 健康アウトカムの一部は自己申告に依存しているため、バイアスの可能性あり
- 追跡期間は平均6.7年であり、より長期的な影響は不明
◆今後の検討課題
- 男女差のメカニズム解明:なぜ女性でより効果が強く表れるのか
- 退職後のライフスタイル因子(社会活動、家事、地域参加など)の詳細解析
- 制度的要因(年金制度や雇用慣行)が健康への影響を媒介する可能性の検証
◆まとめ
- 退職は特に女性において認知機能・身体的自立・健康行動を改善する傾向が示された。
- 男女ともに自己申告健康度は改善するが、男性では行動変化は乏しい。
- 国や教育、職種を超えて一貫した結果が得られており、退職の健康効果は広範に存在する可能性がある。
退職による健康への影響は、向上へシフトするようです。実臨床における効果量は決して大きくはないかもしれませんが、特に女性において顕著であることは注目に値します。
再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 35か国の国際研究の結果、退職は健康の向上に寄与する可能性が示された。退職後の健康行動における男女差は、退職と健康の関連の異質性に寄与している可能性がある。
根拠となった試験の抄録
背景・方法: 多くの先進国では、公的年金の受給年齢を引き上げ、それによって退職を遅らせています。しかし、退職が健康に与える影響に関する既存のエビデンスからは、一貫性のない結果が得られています。本研究は、健康と退職に関する調査と35か国での姉妹調査の調和されたデータセットを用いて、退職と健康および行動との異質な関連性を調査することを目的としています。
結果: データは、50~70歳の個人106,927人からの396,904の観察値で構成されています。平均して、参加者は6.7年間追跡され、そのうち50.5%が男性でした。本研究では、各国の公的年金受給年齢を退職の道具として用い、固定効果操作変数回帰を実施しました。女性では、退職は認知機能の0.100 SD上昇と身体的自立の3.8%ポイント上昇と関連していました。男女ともに、退職は自己評価による健康度の向上と関連しており、女性は男性よりも大きな点推定値を示しました。さらに、女性では退職は身体活動不足の4.3%ポイントの減少、喫煙の1.9%ポイントの減少と関連していたが、男性では同様の関連は見られなかった。国、教育水準、退職前の職業特性による異質性は認められなかった。
結論: 退職後の健康行動における男女差は、退職と健康の関連の異質性に寄与している可能性がある。
キーワード: 過度の飲酒、認知機能、身体活動不足、身体的自立、退職、自己評価による健康、喫煙
引用文献
Heterogeneous associations of retirement with health and behaviors: A longitudinal study in 35 countries
Koryu Sato et al. PMID: 40512649 DOI: 10.1093/aje/kwaf126
Am J Epidemiol. 2025 Jun 13:kwaf126. doi: 10.1093/aje/kwaf126. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40512649/
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