メラトニン
集中治療室(ICU)における患者では、内因性メラトニンの分泌が大きく乱れていることが知られています。これにより睡眠障害やせん妄(delirium)が悪化し、ICU滞在期間の延長や予後の悪化に関与する可能性があります。しかし、メラトニン補充療法の効果については充分に検証されていません。
今回ご紹介する論文は、ICU入室中の成人に対するメラトニン補充療法の効果を検討したシステマティックレビューおよびメタアナリシスです。
研究の概要
研究デザイン
- RCTに限定したメタアナリシス(32試験、合計3,895例)
- 対象:成人のICU入室患者
- 介入:メラトニン補充(ラメルテオン含む) vs 無投与またはプラセボ
- GRADEアプローチによるエビデンス評価を実施
試験結果から明らかになったことは?
■ 主なアウトカム(全て「低い」または「非常に低い」確実性)
評価項目 | 結果 | 信頼区間(95%CI) | エビデンスの確実性 |
---|---|---|---|
せん妄の発症率 | RR 0.72(28%減) | 0.58~0.89 | ★★☆☆(低) |
ICU滞在期間 | MD -0.57日 | −0.95 ~ −0.18日 | ★★☆☆(低) |
睡眠の主観的質 | SMD 0.54 | 0.01~1.07 | ★★☆☆(低) |
有害事象の頻度 | わずかに減少傾向 | – | ★★☆☆(低) |
睡眠覚醒頻度、PTSD、不安レベル、興奮 | 不確実 | – | ★☆☆☆(非常に低) |
ICU死亡率、ICU 退院後の機能状態 | 差は不明 | – | ★★☆☆(低) |
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◆臨床的意義
このメタ解析では、ICU入室中の成人に対してメラトニンを補充することで、せん妄の発症リスクをおよそ3割低下させる可能性が示されました。また、ICU滞在期間をわずかに短縮し、主観的な睡眠の質を改善する可能性も示唆されました。
一方で、死亡率や機能予後、PTSDの発症率といった長期アウトカムについての効果は不明であり、現時点では補助療法としての位置付けにとどまると考えられます。
◆試験の限界
- エビデンスの大半が「低〜非常に低い確実性(low to very low certainty)」にとどまっており、過信は禁物
- 研究間で投与量や投与期間、評価方法に大きなばらつきがある
- 主要アウトカムの一部は患者報告指標(PROs)や主観的指標に依存している
- バイアスリスクのある研究が多数含まれており、結果の一貫性も限定的
◆今後の検討課題
- 適切な用量、投与タイミング(就寝前かICU入室時か)に関するRCTの実施
- 重症度別(人工呼吸管理の有無など)や病態別(外科系・内科系)における層別解析
- 長期転帰(認知機能、機能予後、再入院率など)への影響を評価する研究
- ラメルテオン vs. 天然メラトニンの比較試験
メラトニン補充療法は、睡眠の質向上だけでなく、せん妄や興奮に対しても効果が期待されています。しかし、小規模な研究結果が多く、アウトカムもさまざまであることから、より確実性の高い方法論での検証が求められていました。
メタ解析の結果では、メラトニン補充療法のルーティン使用を否定するほどのエビデンスは示されていません。一方で、ルーティン使用を推奨するほどの結果も示されていません。
どのような患者で、メラトニン補充療法の効果が最大化し、恩恵を受けられるのか、更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 32件のランダム化比較試験を対象としたメタ解析の結果、重症患者におけるメラトニン投与が、副作用を増加させることなく、睡眠の質を改善し、せん妄を軽減する可能性が示唆された。ただし、エビデンスの質が低いことから更なる検証が求められる。
根拠となった試験の抄録
目的: メラトニンは、概日リズムの調節、細胞免疫および抗酸化活性の増強など、身体に幅広い影響を及ぼす。重症患者においては、内因性メラトニンが著しく乱れ、減少していることが示唆されている。そこで、本システマティックレビューおよびメタアナリシスの目的は、外因性メラトニン補充が患者中心のアウトカムを改善するかどうかを明らかにすることであった。
データソース: 5つの電子データベースを検索しました。
研究の選択: ICUに入院した成人を対象にメラトニンを投与した場合と投与しない場合を比較したランダム化臨床試験(RCT)を特定しました。
データ抽出: ランダム効果モデルを用いて、相対リスク、平均差(MD)、標準平均差(SMD)としてデータを集計した。各効果を裏付けるエビデンスは、グレーディング・レコメンデーション、アセスメント、開発、評価のアプローチを用いて確実性を評価しました。
データ統合: 合計32件のRCT(患者数 3,895名)が対象となった。メラトニンはせん妄を軽減する可能性があり(相対リスク[RR] 0.72、95%信頼区間[CI] 0.58~0.89、確実性は低い)、ICU在室期間をわずかに短縮する可能性があり(MD -0.57日、95%信頼区間[CI] -0.95 ~ -0.18日、確実性は低い)、睡眠の質を改善する可能性があることが示唆された(SMD 0.54、95%信頼区間[CI] 0.01~1.07、確実性は低い)。メラトニンは有害事象の頻度をわずかに低下させる可能性がある(確実性は低い)。睡眠中の覚醒頻度、不安レベル、興奮、心的外傷後ストレス障害の発症率(いずれも確実性が非常に低い)に関する証拠は不確実であり、ICU 死亡率および ICU 退院後の機能状態(いずれも確実性が低い)に関する証拠も不確実であった。
結論: 本研究の結果は、重症患者におけるメラトニン投与が、副作用を増加させることなく、睡眠の質を改善し、せん妄を軽減する可能性があることを示唆している。エビデンスの確実性は、バイアスのリスクと不一致によって悪影響を受けた。今後のRCTでは、最適な投与量、投与時期、睡眠アウトカムの測定方法の改善、そして対象集団の特定に重点を置くべきである。
キーワード: せん妄、集中治療室、メラトニン、メタ分析、ラメルテオン、睡眠
引用文献
Melatonin Use in the ICU: A Systematic Review and Meta-Analysis
Brian Hao Yuan Tang et al.
Crit Care Med. 2025 Jul 15. doi: 10.1097/CCM.0000000000006767. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40662882/
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